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二度目のチャイム

二度目のチャイム

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 古びた鐘のメロディーが、どこからともなく、境内に流れてくる。
 どうやら夕方を告げるチャイムのようだけど。

「あれ? 夕方のチャイムって、さっき鳴らなかったっけ?」
「オレも神明山で聞いた気がする」

 顔を見合わせた二人は、一緒に空を見上げた。

 リーン、ロン、リン、ロン、リン、ロン、ローン。

 まったりと流れる雲に合わせて、間延びした鐘の音色が神社内に響き、独特の物悲しさを醸し出す。

 優太君が「これ童謡の『ちょうちょ』だ」と、ほたるを見た。
「あ、本当だ」

 『ちょうちょ』は、わりと楽しい曲調のはずなのに、夕方のチャイムで聞くと、物悲し気に聞こえて、全然別の曲みたいに聴こえる。
 それで、すぐにはこれが『ちょうちょ』の曲だと、気づけなかったのだ。

「夕方のチャイムって、なんでこんなに寂しい音色なんだろうね。うちの地元のチャイムもそうだけど、このチャラーンって独特の音聞くと、ああ、今日も終わっちゃうな~って、憂鬱な気分になるんだよね」

 言ってるそばから、せつない気分になって、ほたるはため息を吐いた。

「それな。たぶんさ、公園とか市役所とかの電柱の上についてるスピーカーの音質が悪いせいじゃないかなぁ。ほら、公園に設置してるスピーカーってかなり古いだろ? あれ、社会の教科書についてる昭和とか平成初期とかの電化製品に雰囲気似てんだよな。あのスピーカーのせいでメランコリックな音になるのかも」

「メランコリックなんて言葉、その年でよく知ってるね。てゆーか、さすが名門私立の小学生。分析力がスゴすぎ」

 感心するほたるに「別に」と、優太君の顔がちょっと赤くなった。あれ、照れてる?

「テキトーに言っただけだから真相はわかんねーし。それより、このチャイムって結局何時のチャイム? 五時? 六時?」
「ちょっと待ってね。今スマホで時間見てみる。ん?」
 トートバッグからスマホを取り出したほたるは困惑した。

「なに? 充電切れ?」と優太君が覗き込む。
「充電はあるんだけど、ほら」
 スマホの電源を押して、優太君に差し出す。

「スマホが圏外なのは、山の中だしあり得るとして、時計機能まで狂ってるの。なんで?」
 時計は、零時零分。

「いや、オレに聞かれても。つか」
 優太君がハッと、空を見上げた。

「なんかいきなり暗くなってきてね?」
「あ、本当だ」

 ほんの数分前まで、蝶が舞い、太陽が燦々と輝く昼間の世界だった神社が、今や濃いオレンジ色の夕暮れに染まりつつあった。
 夕暮れ時の空の中、『チョウチョ』のチャイムは相変わらずの物悲しさで流れていく。

 さくらのはなの~ 
 はなからはなへ~
 なのはに、あいたら~


「理科の授業で見た、空の早回し動画みたいだ」と、空を見上げながら優太君がまたまた分析。
 確かにぴったりな表現だ。
 ぐるぐると、早回しで空が夜へと変化していく。

 ターラーリーロー リンリンリーーーン……
(さくらに、とまれ~~)

 ぶつん、と、放送が切れる。
 『ちょうちょ』のチャイムが終わると同時に、神明神社に夜の帳が下りた。

 しっとり湿度のある群青色の夜空と、妙に赤く大きな満月。そこから漏れる、もんわりと赤い月光。

(この光景、どっかで見たような)


「あの人、遅くね?」
 優太君が真顔で神社のお社の方を見つめた。
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