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二度目のチャイム

巨大羽扇

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「これさ、前に、ザマスさまの目を盗んで神明山に登った時に見つけたんだ。古い小さな祠に一個だけぶら下がってて、オレ、オオゴマダラの蛹、生まれて初めて見たから、つい興奮して、ちょんって指で触ったんだ。そしたら、ぽろっと取れちゃったて。そんなに強く触ったつもりはなかったんだけど」
 優太君は、拝殿のひさしを見上げた。

「このオオゴマダラの蛹がぶら下がってた祠の屋根の位置と、拝殿の屋根の、オオゴマダラの蛹がついていない場所が、同じ気がする」
「へえ~」
 御簾の奥で、狩衣を着た人が感心したよう相槌を打って、ちょっと身を乗り出した。

「して、取れた蛹はどうなった?」
「……中から、金色の煙みたいなのがもやもやーって出てきて、それが、赤とか青とか紫とかに段々色づいてきたんです。それ見てたらオレ、ちょっとぼおっとしちゃて。で、気が付いたら、手のひらに透明になった蛹の抜け殻が乗っていました。オレ、ああ、最初っから抜けてんだなって、妙に納得して、そのまま持ち帰ったんですけど」
「なるほどねー」
 今度は現代風の相槌を打って、御簾の奥の狩衣の人は、持っていた扇子をぱさりと開いた。

 ぶわん、と、あり得ない大きさに広がった扇子に、ほたるは目を丸くした。
 どうやら和紙を張った日本の扇子とは違うみたい。御簾の隙間からでも、もふもふしているのがわかる。まるで真っ白な雪ウサギの毛で作ったような巨大扇子。
 あれ、これもどっかで。

「すげぇ。あれ、羽扇(うせん)だ」
「羽扇?」
「三国志の諸葛良孔明も使ってた羽毛でできた大きな扇子だよ。孔明の羽扇は怪鳥で作られてたって話だぜ。もしかしたら孔明の羽扇よりもでかいかも」

「ほほう。この扇子がそんなに珍しいか? それならもっと良いものを見せよう」

 ふっふっふと、怪しい笑い声を立てて御簾の奥の狩衣の人が、巨大羽扇を下から上に向かってぶわんと、仰いだ。

 刹那、むせかえるような濃い森の風が、御簾をはためかせ、ほたるたちの頬を一気に撫でて通り過ぎる。

「あ」と、優太君が目を丸くする。

「蛹が……」
 優太君の手のひらから、オオゴマダラの蛹の抜け殻がふわりと浮き上がった。小さな竜巻のような風が、抜け殻をクルクルと上昇させ、拝殿の屋根のひさしの方へひゅるりと向かっていく。
 そうして、欠けていた部分にぶら下がった抜け殻は、他のオオゴマダラの蛹のように、何度か金色に光りかけたが、結局透明に戻ってしまった。

「やっぱり遅かったかー」と、様子を見守っていた御簾の奥の狩衣の人が、がっかりしたようなため息を吐いた。
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