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見習いほたるの初仕事
ドラゴンフライ
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(あ)
甘茶を注がれた青空色のマグカップが、透き通った金色に変化していく。
神明神社のお社に連なっていた、オオコトダマの蛹と同じ、透明な黄金色に、マグカップが輝いている。
でもそれは、ほんの一瞬のことで、アキアカネさんが黒鉄器3号をテーブルに置いた時には、元の青空色のマグカップに戻っていた。
「これで完成。それじゃあ、冷めないうちに」
微笑みながらほたるの顔を見たアキアカネさんが、ふと、目を留める。
「ほたるちゃん、もしや何か、見えたのかい?」
「カップが」
カップがオオコトダマの色に変化したように見えたんです、と言いいかけて、ほたるは口をつぐんだ。
いつもは温度を感じるアキアカネさんの夕焼け色の瞳が、冷たく光っている気がした。
『柔和な見た目に騙されるなよ。アキアカネはトンボだからな。トンボは日本じゃ縁起虫だが、西洋じゃ不吉な虫だ。ドラゴンフライだ』
いつかの向尸井さんに言われた言葉が頭をよぎる。
―言っちゃダメ。
心の中で、声が聞こえた気がした。
「ただ、カップの中の豆乳甘茶ラテがすっごく美味しそうで、飲んでみたいなーって思っちゃって」
へへっと笑うほたるを、アキアカネさんが勘ぐるように見つめてくる。
ぞくり、と、背中の真ん中が粟立った。
次の瞬間、アキアカネさんは、ふっといつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「なーんだ。そんなことか。あとで同じものを飲ませてあげるよ。ここには、むし下しの作用がない、従業員専用のアマチャの茶葉もあるからね」
「……そうなんですか?」
「まあ、厳密に同じ味とはいかないけれどね」
いつもの柔和な微笑み。よかったー。と、ほたるは心の中でホッとため息を吐いた。
「さてと、冷めないうちにお客様にお茶をお出ししようか。ほたるちゃんの初仕事だね」
銀色のお盆に、青空色のマグカップを乗せて、アキアカネさんが「はい」と差し出してくる。
それを慎重に受け取りながら、それにしても、さっきのは一体なんだったんだろうと考える。
アキアカネさんのいつもとは違う目と、自分の中の、声。
「僕は後片付けをするから、先に行っててくれるかい」
むむ、っと考えながら「はい」と生返事をしたほたるだが、すぐにハッとアキアカネさんを見た。
「え!? 先にって、あたし一人で行くんですか?」
あの、なんちゃらの樹の間とかいう、似たり寄ったりなドーム状の部屋と細い小道だらけの樹海を通って、一人で店まで戻るってこと?
「無理です無理無理無理」
絶対、無理!!
「ふふ。心配ないさ」
いたずらっぽく笑ったアキアカネさんが、パチンと指を鳴らした。
甘茶を注がれた青空色のマグカップが、透き通った金色に変化していく。
神明神社のお社に連なっていた、オオコトダマの蛹と同じ、透明な黄金色に、マグカップが輝いている。
でもそれは、ほんの一瞬のことで、アキアカネさんが黒鉄器3号をテーブルに置いた時には、元の青空色のマグカップに戻っていた。
「これで完成。それじゃあ、冷めないうちに」
微笑みながらほたるの顔を見たアキアカネさんが、ふと、目を留める。
「ほたるちゃん、もしや何か、見えたのかい?」
「カップが」
カップがオオコトダマの色に変化したように見えたんです、と言いいかけて、ほたるは口をつぐんだ。
いつもは温度を感じるアキアカネさんの夕焼け色の瞳が、冷たく光っている気がした。
『柔和な見た目に騙されるなよ。アキアカネはトンボだからな。トンボは日本じゃ縁起虫だが、西洋じゃ不吉な虫だ。ドラゴンフライだ』
いつかの向尸井さんに言われた言葉が頭をよぎる。
―言っちゃダメ。
心の中で、声が聞こえた気がした。
「ただ、カップの中の豆乳甘茶ラテがすっごく美味しそうで、飲んでみたいなーって思っちゃって」
へへっと笑うほたるを、アキアカネさんが勘ぐるように見つめてくる。
ぞくり、と、背中の真ん中が粟立った。
次の瞬間、アキアカネさんは、ふっといつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「なーんだ。そんなことか。あとで同じものを飲ませてあげるよ。ここには、むし下しの作用がない、従業員専用のアマチャの茶葉もあるからね」
「……そうなんですか?」
「まあ、厳密に同じ味とはいかないけれどね」
いつもの柔和な微笑み。よかったー。と、ほたるは心の中でホッとため息を吐いた。
「さてと、冷めないうちにお客様にお茶をお出ししようか。ほたるちゃんの初仕事だね」
銀色のお盆に、青空色のマグカップを乗せて、アキアカネさんが「はい」と差し出してくる。
それを慎重に受け取りながら、それにしても、さっきのは一体なんだったんだろうと考える。
アキアカネさんのいつもとは違う目と、自分の中の、声。
「僕は後片付けをするから、先に行っててくれるかい」
むむ、っと考えながら「はい」と生返事をしたほたるだが、すぐにハッとアキアカネさんを見た。
「え!? 先にって、あたし一人で行くんですか?」
あの、なんちゃらの樹の間とかいう、似たり寄ったりなドーム状の部屋と細い小道だらけの樹海を通って、一人で店まで戻るってこと?
「無理です無理無理無理」
絶対、無理!!
「ふふ。心配ないさ」
いたずらっぽく笑ったアキアカネさんが、パチンと指を鳴らした。
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