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素質ある子
優太君の想い
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カチャ。と、紅葉色のくにゃくにゃピンセットで、向尸井さんがホルダーを留めた。
すると、金色の蛹に空いていた細長い穴が、下から上にスーッと閉じられていく。
閉じた蛹の内側が、赤、青、緑、黄色、オレンジと、さまざまな色に輝いていた。強く、弱く、明滅を繰り返しながら。
色は違えど、それは、神明神社の拝殿のひさしで見たオオコトダマの蛹に似ていて、命の光を宿しているような、不思議な力強さを感じた。
「オレ、今、過去のママと目が合った気がしたんだけど」
呆けた表情で、優太君が自分の頭に手を乗せ、髪を触っている。
「カゲロウ虫は、宿主の母親に、成長した息子の姿を一度だけ見せるというからな」
紅葉色のピンセットを光沢のある不思議な質感のハンカチで拭きあげながら、向尸井さんがこともなげに言う。
「それも返せ」
「あ!」
ほたるの手から金色のピンセットをひったくり、傷がついていないか検める向尸井さん。
(なんかヤな感じ)
「返せって、向尸井さんが押し付けたんじゃないですかー」
ぷくぅと、ほたるはほっぺを膨らませた。おかげで、あのにょろにょろに憑りつかれそうだったのに。
「よく頑張った」とか言ってくれれば、やる気も出るものを。
(あたしは褒められて伸びるタイプなんですからねー)
いーっと、こっそり威嚇していたら「む?」と、眉を寄せた向尸井さんが、ピンセットを間接照明で透かすようにしながら、いろいろな角度に傾け「おかしいな」と首を捻った。
(うわ! ナンクセまでつける気だ!)
最悪な上司。
「ママ、天国でがっかりしてるかもな」
優太君がぼそりと呟いた。
予想外の発言に、ほたるは「どうして?」と首を傾げた。
「だってオレ……別に将来の夢とかないんだ。どうしてもなりたいもんとか、ない。自分で言うのもなんだけど、勉強は楽勝にできるし、ザマスさまも国際弁護士になるって言ってりゃ、めんどくないし、国際弁護士でいっかって思ってた。だからさっき、人工むしを戻すと弁護士確定って言われても、真剣に怒ってくれたダメほたるには悪いけど、この歳で将来確定するのは微妙にショックだな、くらいにしか思わなかったんだ」
(それであんなにドライだったのか)
言われてみれば、ほたる自身、将来の夢を持ったことが無い。
お花屋さん、とか、ケーキ屋さん、とか、なれたらいいなーくらいの夢はあったけれど。
ほたるの周りには、当たり前に夢を語る人が多かったから、みんな夢を持っているものだと思って、さっきはつい熱くなってしまったけれど、将来の夢を持って突き進む人なんて、案外一握りなのかもしれない。
ほたるは、中学生の頃、仲の良かったももちゃんや紗良が将来の夢を持ち始めて、すごく焦ったことを思い出していた。
でも、篤に対する気持ちに振り回されていて、結局、夢よりも恋愛にうつつをぬかしてしまった。
この前、同窓会で再開したみんなが、それぞれの夢に向かって、着実に歩みを進めていることに驚いたっけ。
あたしはまだ、自分が働くイメージすら曖昧だった。だから、むし屋でアルバイト募集の貼り紙を見て、これだ! と思ったのだ。
「ママは、あんなにオレの将来のこととか、真剣に考えてくれてたのに、オレ……」
大家さんの趣味だという、子ども服にしては上品なズボンを握りしめ、優太君が俯いた。
(なんか、励ますこと言わなきゃ)
と、思うものの、こんな中途半端な自分が優太君にかけられる言葉を持っているはずもない。
「なーに、当然のことを言ってるんだ」
向尸井さんが呆れたように、優太君を見下ろした。
(当然って)
この人はまた、何を言い出すつもりだ。
「ちょっと、向尸井さん。優太君は」
「お前はさっき、人工むしの中身を取り出せば、周囲の人間の命が危うくなるかもしれないと聞いて、あっさり自分の中でむしを飼い続けることを選んだ。つまり、お前は生物にとって最も重要なモノを、その大切さをちゃんと理解している。お前の母親は、周りの人の命を守るために禍を背負う覚悟を決めたわが子を、誇りに思わないような人間なのか?」
優太君が、ハッと、向尸井さんを見上げて、ブンブン首を振った。
「なら、ちゃんと胸を張って生きろ」
ぽんっと、向尸井さんが、優太君の頭に手を置く。
優しくて、温かな、父親のような手。
「オレ、オレ……」
ダムが決壊したように、優太君は声を上げて泣いたのだった。
ほたるは泣きじゃくる優太君を見ながら、大家さんの家で優太君が話していたことを思い出していた。
『オレは、既に母親から100歳越えの愛情を貰ってるってこと。でもってオレは母親がいなくても……まあ、寂しい時はあるけどさ。でも、愛情の足りない可哀想な子じゃないのは確かだな。勉強、勉強って、ギスギスしてるガッコーとか塾の連中の希薄な親子関係よりか、よっぽど恵まれてたと思うぜ』
イタズラっぽく笑う優太君の笑顔の裏には、亡くなったお母さんが、がっかりしないように元気に生きようという、強い気持ちがあったんじゃないだろうか。
小さな身体で、いくつもの寂しさを乗り越えて、飄々と生活して……。
この子はすごいな。と、ほたるは改めて思っていた。
すると、金色の蛹に空いていた細長い穴が、下から上にスーッと閉じられていく。
閉じた蛹の内側が、赤、青、緑、黄色、オレンジと、さまざまな色に輝いていた。強く、弱く、明滅を繰り返しながら。
色は違えど、それは、神明神社の拝殿のひさしで見たオオコトダマの蛹に似ていて、命の光を宿しているような、不思議な力強さを感じた。
「オレ、今、過去のママと目が合った気がしたんだけど」
呆けた表情で、優太君が自分の頭に手を乗せ、髪を触っている。
「カゲロウ虫は、宿主の母親に、成長した息子の姿を一度だけ見せるというからな」
紅葉色のピンセットを光沢のある不思議な質感のハンカチで拭きあげながら、向尸井さんがこともなげに言う。
「それも返せ」
「あ!」
ほたるの手から金色のピンセットをひったくり、傷がついていないか検める向尸井さん。
(なんかヤな感じ)
「返せって、向尸井さんが押し付けたんじゃないですかー」
ぷくぅと、ほたるはほっぺを膨らませた。おかげで、あのにょろにょろに憑りつかれそうだったのに。
「よく頑張った」とか言ってくれれば、やる気も出るものを。
(あたしは褒められて伸びるタイプなんですからねー)
いーっと、こっそり威嚇していたら「む?」と、眉を寄せた向尸井さんが、ピンセットを間接照明で透かすようにしながら、いろいろな角度に傾け「おかしいな」と首を捻った。
(うわ! ナンクセまでつける気だ!)
最悪な上司。
「ママ、天国でがっかりしてるかもな」
優太君がぼそりと呟いた。
予想外の発言に、ほたるは「どうして?」と首を傾げた。
「だってオレ……別に将来の夢とかないんだ。どうしてもなりたいもんとか、ない。自分で言うのもなんだけど、勉強は楽勝にできるし、ザマスさまも国際弁護士になるって言ってりゃ、めんどくないし、国際弁護士でいっかって思ってた。だからさっき、人工むしを戻すと弁護士確定って言われても、真剣に怒ってくれたダメほたるには悪いけど、この歳で将来確定するのは微妙にショックだな、くらいにしか思わなかったんだ」
(それであんなにドライだったのか)
言われてみれば、ほたる自身、将来の夢を持ったことが無い。
お花屋さん、とか、ケーキ屋さん、とか、なれたらいいなーくらいの夢はあったけれど。
ほたるの周りには、当たり前に夢を語る人が多かったから、みんな夢を持っているものだと思って、さっきはつい熱くなってしまったけれど、将来の夢を持って突き進む人なんて、案外一握りなのかもしれない。
ほたるは、中学生の頃、仲の良かったももちゃんや紗良が将来の夢を持ち始めて、すごく焦ったことを思い出していた。
でも、篤に対する気持ちに振り回されていて、結局、夢よりも恋愛にうつつをぬかしてしまった。
この前、同窓会で再開したみんなが、それぞれの夢に向かって、着実に歩みを進めていることに驚いたっけ。
あたしはまだ、自分が働くイメージすら曖昧だった。だから、むし屋でアルバイト募集の貼り紙を見て、これだ! と思ったのだ。
「ママは、あんなにオレの将来のこととか、真剣に考えてくれてたのに、オレ……」
大家さんの趣味だという、子ども服にしては上品なズボンを握りしめ、優太君が俯いた。
(なんか、励ますこと言わなきゃ)
と、思うものの、こんな中途半端な自分が優太君にかけられる言葉を持っているはずもない。
「なーに、当然のことを言ってるんだ」
向尸井さんが呆れたように、優太君を見下ろした。
(当然って)
この人はまた、何を言い出すつもりだ。
「ちょっと、向尸井さん。優太君は」
「お前はさっき、人工むしの中身を取り出せば、周囲の人間の命が危うくなるかもしれないと聞いて、あっさり自分の中でむしを飼い続けることを選んだ。つまり、お前は生物にとって最も重要なモノを、その大切さをちゃんと理解している。お前の母親は、周りの人の命を守るために禍を背負う覚悟を決めたわが子を、誇りに思わないような人間なのか?」
優太君が、ハッと、向尸井さんを見上げて、ブンブン首を振った。
「なら、ちゃんと胸を張って生きろ」
ぽんっと、向尸井さんが、優太君の頭に手を置く。
優しくて、温かな、父親のような手。
「オレ、オレ……」
ダムが決壊したように、優太君は声を上げて泣いたのだった。
ほたるは泣きじゃくる優太君を見ながら、大家さんの家で優太君が話していたことを思い出していた。
『オレは、既に母親から100歳越えの愛情を貰ってるってこと。でもってオレは母親がいなくても……まあ、寂しい時はあるけどさ。でも、愛情の足りない可哀想な子じゃないのは確かだな。勉強、勉強って、ギスギスしてるガッコーとか塾の連中の希薄な親子関係よりか、よっぽど恵まれてたと思うぜ』
イタズラっぽく笑う優太君の笑顔の裏には、亡くなったお母さんが、がっかりしないように元気に生きようという、強い気持ちがあったんじゃないだろうか。
小さな身体で、いくつもの寂しさを乗り越えて、飄々と生活して……。
この子はすごいな。と、ほたるは改めて思っていた。
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