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二章
十七話
しおりを挟む「はじめちゃんは、和義ちゃんが大好きだからねぇ」
山田佐江子がそう言いながら、湯呑みを差し出す。
「あ、すみません」
和義が山田家の居間に上り込んだのは、数年ぶりだった。
隣近所とあって、相手の事はお互いによく知っていた。何しろ、和義がまだ赤ん坊の頃からの付き合いだ。
はじめと呼ばれた幼児は、先程まで欣喜雀躍としていたのも嘘のように、寝っ転って漫画を読んでいた。そうかと思えば、和義の周りを訳もなくウロウロし始めたり、意味不明な発言を繰り返す。
和義は、そうした反応に困りつつも、霊能に目覚めてからの経緯を説明した。
「でも驚きましたよ。二人とも霊感があるなんて」
「そうだねぇ、和義ちゃんは私達のこと、哀れな痴呆老人だと思っていたからねぇ」
「ハハッ、そんな、こと思って、ない、です、よぉ~」
「うふ、うふふっふ、フッ…」
「ははっ、は、ハハッ!!」
実のところ和義は、老夫婦の事を哀れな痴呆老人だと思っていた。間抜けな顔の人形に四六時中話しかけて、「この人形には、意志がある」と言い張っていたからだ。
「そりゃあ、いつも、小汚い人形に話しかけてたらねぇ。アレはおかしいんだなって、思っちゃうよねぇ」
「だれが小汚いじゃ!!」
佐江子の言葉に、はじめと呼ばれた幼児が抗議する。
それまで遠巻きに見ていた山田平治が、はじめの頭を撫でながら言った。
「いつも、バァさんが話しかけてた人形あったろ? あれがコイツ」
「マジっすか」
和義が知っている人形は、目の前にいる幼児よりも二回りほど小さかった。それに、はじめと呼ばれている幼児の体は肉感的に見えるので、とても人形には見えない。微妙におかしな頭身とスキンヘッド以外は、人間の子供と何ら変わりがなかった。
はじめは、目がクリクリとして、純朴そうな顔立ちをしている。出会って間もない者からは、可愛らしいと思われる事の方が多いだろう。もっとも、愚かな発言をする度に、その好印象を減らしていくのが常なのだが。
「和義ちゃんは覚えて無いかもしれないねぇ、この子、あなたとよく遊んでいたのよ。ほら、保育園の頃」
「覚えてないなぁ」
はじめが、愛らしく地団太を踏む。
「ひどいよ!! お兄さん!! よく思い出してよ!!」
老夫婦が同時に、「お兄さんでいくんだね」「お兄さんでいくんだな」と呟く。
和義は、保育園児の頃の記憶を探ってみた。早紀と、もう一人の子供と一緒に、よく遊んでいた覚えはある。ただ、記憶の所々が霞がかっているので、遊び相手がはじめだったかどうかは思い出せなかった。
(十年も前の話だ。記憶が曖昧なのは仕方ないか)
そう思った瞬間に、疑問が生じた。
「この子、俺が保育園児の時に会ってたなら、結構歳いってるんじゃないですか?」
「あ」
はじめが、思わず声を漏らす。
平治がプッと吹き出した。佐江子も、ニヤニヤ笑いながらはじめを見ている。
「いやいや、和義ちゃんは、はじめちゃんにとって お に い さ ん だもんね?」
はじめは、可愛らしい表情を作ったまま、ぷぅっと頬を膨らませた。目の奥に、反抗的な光が生まれている。だが、一度佐江子に睨まれると、体を少し振るわせて俯いた。
それから怯えてしまった事を誤魔化そうと、和義に詰め寄る。
「き、気にしなくていいから!! お年玉とか、誕生日プレゼントとか、くれればいいんだよ!!」
何故かタカり始めた人形を無視して、帰ることにする。
「あっ、俺もう帰ります。お茶ありがとうございました」
「別にいいよ~、出涸らし茶だからねぇ」
このクソババアがと、心の中で毒づきながら玄関に向かうと、はじめが見送りにきた。
「気をつけて帰れよ~」
「家、すぐ隣だけどね。さよなら」
和義は、一度はじめに背を向けた後で、照れ臭そうに振り返った。
「また宜しく」
「おう」
門柱を過ぎたあたりで、裏返った老人の声が耳に届いた。話し声から察するに、平治がまだ沸いていない風呂に入ってしまい、全身に水を浴びてしまったようだ。はじめと佐江子の声も加わり、騒ぎはどんどん大きくなっていく。
振り返った和義は、賑やかな家だなと言いながら微笑んだ。
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