その都市伝説を殺せ

瀬尾修二

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三章

二十六話

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 狐共がゆっくりと和義のいる方を向き、目を細めた。嫌らしくニヤニヤと笑いながら、何事かを相談している。どんな話をしているのか、彼には見当がついてしまった。「俺に、アイツを食わせろよ」と、そんな台詞が容易に想像できるのだ。
 唐突に彼は、野生動物の補食動画を思い出した。何の抵抗も出来ずに、生きたまま臓物を食われる草食動物。襲った肉食動物がきちんと止めを刺さないから、息絶えて楽になる事も出来ない。痛みと恐怖に顔を歪ませ、苦しみ抜いて死ぬしかない。
 悪狐達は、わざと時間を掛けながら、逃げ道を塞ぐように迫っていった。無力な獲物が取り乱す姿を、望んでいるのだろう。そうした意図に気づくまで、和義は命乞いでもしようかと思っていたが、何をしても無駄だと直ぐに悟った。
 悪狐達と和義との間にある距離が、二十メートルを切る。背後には透明な壁があり、最早逃げ場がない。
 彼は思う。やはり命乞いの他に、出来ることは何も無い、と。そして惨殺されるのだろう、とも。
 にじり寄る化け物達を間近から見て、叫び声を上げそうになった瞬間、少し離れた場所から耳をつんざくような凄まじい音が響いた。境界を、何者かが破壊したのだ。
 土煙の中を黄味がかった白い光が突き進み、悪狐達に直撃して吹き飛ばす。
 侵入者が、和義と悪狐達との間に割って入った。
 その後ろ姿を見た途端、和義は自分が置かれている状況を、全部忘れてしまうほど驚愕した。それは、死んだ筈の親友、篠原一馬の姿だった。
「どういうことだ!? テメェッ」
 思わずといった感じで、悪狐が怒鳴り声を上げる。この声は、敵味方関係なく頭の中に響き渡った。唖然としている和義に、一馬が命じる。
「そこから逃げろ」
 先程の爆発で境界に開いた穴が、塞がり始めていた。
「お前、なんで…」
「いいから早く、死にたいのか!!」
(一馬も穴から出て、一緒に外へ逃げるつもりなのか?)
 そう考えた彼は、動揺しつつも穴の外に向かって走った。
 今度は一馬の心中にしか届かない声で、悪狐達が喚き散らす。
 和義が壁の外に出ると、穴は急速に塞がり始めた。
「一馬! 早く!」
「さっさと家に帰れ。後で俺も行く」
 この声が発せられた刹那、現実世界と異界が完全に隔てられた。時を置かずに異界内部で大きな土煙が起こり、争い始めた事が分かる。
 一馬を手助けする方法はないかと和義は考えたが、何も思いつかなかった。
 短い間だけ迷うも、このまま留まっていても良い事はないと判断する。そうして彼は、雑木林を走りだした。
 足を止めずに、ポケットから携帯を取り出す。
 だが電話を掛ける前に、再び捕らわれてしまった。先程までいた異界とは、別の異界に。
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