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三章
二十七話
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まばらな雑木林が、樹間の狭い鬱蒼とした森に様変わりしている。
そのような景色の変化に気を取られる余裕が、和義には無かった。三体の悪狐が目の前に現れて、彼を食い入るように見つめていたからだ。先程遭遇した悪狐達とは、姿形が若干違う。だが、体躯から溢れ出てている禍々しさは、全く同種のものだった。
真ん中に立つ銀色の悪狐は、体長が三メートル以上もあり、上半身が異常に発達している。二本足で立ち上がり前傾姿勢をとっていて、熊の爪を数倍大きくしたような鉤爪を持ち、猫科の猛獣を思わせる鋭い牙を剥く。もはや狐の要素が顔以外には見当たらず、その身体的特徴からは純然たる暴力行為を想像させた。
左右にいる悪狐の体長は、銀色の悪狐の半分程度しかない。向かって左側の白い悪狐は、有らぬ方向を見て口の端から舌を垂らし、意味もなく首を傾げたり振ったりしている。
右側の黒い悪狐に至っては、自分で噛み切った舌を食べていた。舌を再生させては、また噛み千切って食べる、といった行為を繰り返す。
このニ体の周囲には、毛と同色の火の粉が舞っており、その量が徐々に増えていく。狂態と相反して、全身を守るように包み込む火花だけは、気高く厳かな雰囲気を纏っていた。
白い悪狐の口端から、人間の指が突き出ている事に彼は気づく。よく見れば、口元が僅かに血で塗れている。
今回の遭遇では、長々と考えたり感じたりする暇が与えられなかった。突如、左半身に激しい衝撃が走ったかと思えば、いつの間にか地面を転がっていたのだ。体を突き抜けるような痛みから、喘ぐように声を漏らす。頭の中が苦痛と恐怖で埋め尽くされて、他の事を考える余裕は微塵も無くなった。
彼は、左肩にある裂傷を見て、自分が切り裂かれた事をようやく理解する。熱く感じる傷口の近くを押さえて、少しもがく。
それから痛みのあまり、大きく伸びをするような姿勢になった。のたうつ動作に強い苦痛が伴う事を知ってからは、無意識の内に我慢しやすい姿勢を取る。意味も無く動いて更なる痛みを作り出さないように、目の端に涙を溜ながら、歯を食いしばって硬直する。彼がそれほどの激痛を感じるのは、生まれて初めての事だった。
痛覚が一時的に麻痺し出すと、本能的に体を丸めようとした。だが、顔の間近に狐火を叩きつけられたため、体をビクッとさせて反射的に起き上がり、なり振り構わず走り出す。それを見た悪狐達が、腹を抱えて笑い出した。
しかし、和義は嬉しかった。短時間だけだとしても、化け物達から離れられるのだから。
何も考えずに、ただただ走り続ける。次の痛みから逃れる事しか頭には無く、パニック状態に陥っていた。
悪狐達の目には、彼の態度がよほど滑稽に映ったのだろう。木々を滅茶苦茶に切り裂いて威圧し、卑しく笑いながら獲物を迫い立てた。
和義が脱兎の如く走っていられたのは、僅かな間だけだった。全力疾走していたため、直ぐさま息を切らして走る気力も尽きかける。そして朦朧とした頭ながら、まだ追い付かれないのはおかしいと思い始めた。
その疑問に答える声が、彼の頭の中に届く。
「おい」
和義が左手に気配を感じて、そちらに顔を向けようとした瞬間、鋭い爪で胸を一突きにされた。信じられないと言いた気な面持ちで、彼は刺し傷を凝視する。爪は左胸を貫通しており、早くも瞳にあった光が消え始めた。短い間隔の痙攣を繰り返した後、徐々に脱力していく。
数秒して、完全に動かなくなった獲物を、巨躯の悪狐が藪へと放り投げた。振り返り「今の反応見たか?」と言って、仲間たちに笑いかける。
白い悪狐が、胸を貫ら抜かれた真似をしてふざけ始めた。ケタケタ、ヒュウヒュー、ギィギィと笑い方は三者三様だが、性根の腐った声質だけは共通していた。
そのような景色の変化に気を取られる余裕が、和義には無かった。三体の悪狐が目の前に現れて、彼を食い入るように見つめていたからだ。先程遭遇した悪狐達とは、姿形が若干違う。だが、体躯から溢れ出てている禍々しさは、全く同種のものだった。
真ん中に立つ銀色の悪狐は、体長が三メートル以上もあり、上半身が異常に発達している。二本足で立ち上がり前傾姿勢をとっていて、熊の爪を数倍大きくしたような鉤爪を持ち、猫科の猛獣を思わせる鋭い牙を剥く。もはや狐の要素が顔以外には見当たらず、その身体的特徴からは純然たる暴力行為を想像させた。
左右にいる悪狐の体長は、銀色の悪狐の半分程度しかない。向かって左側の白い悪狐は、有らぬ方向を見て口の端から舌を垂らし、意味もなく首を傾げたり振ったりしている。
右側の黒い悪狐に至っては、自分で噛み切った舌を食べていた。舌を再生させては、また噛み千切って食べる、といった行為を繰り返す。
このニ体の周囲には、毛と同色の火の粉が舞っており、その量が徐々に増えていく。狂態と相反して、全身を守るように包み込む火花だけは、気高く厳かな雰囲気を纏っていた。
白い悪狐の口端から、人間の指が突き出ている事に彼は気づく。よく見れば、口元が僅かに血で塗れている。
今回の遭遇では、長々と考えたり感じたりする暇が与えられなかった。突如、左半身に激しい衝撃が走ったかと思えば、いつの間にか地面を転がっていたのだ。体を突き抜けるような痛みから、喘ぐように声を漏らす。頭の中が苦痛と恐怖で埋め尽くされて、他の事を考える余裕は微塵も無くなった。
彼は、左肩にある裂傷を見て、自分が切り裂かれた事をようやく理解する。熱く感じる傷口の近くを押さえて、少しもがく。
それから痛みのあまり、大きく伸びをするような姿勢になった。のたうつ動作に強い苦痛が伴う事を知ってからは、無意識の内に我慢しやすい姿勢を取る。意味も無く動いて更なる痛みを作り出さないように、目の端に涙を溜ながら、歯を食いしばって硬直する。彼がそれほどの激痛を感じるのは、生まれて初めての事だった。
痛覚が一時的に麻痺し出すと、本能的に体を丸めようとした。だが、顔の間近に狐火を叩きつけられたため、体をビクッとさせて反射的に起き上がり、なり振り構わず走り出す。それを見た悪狐達が、腹を抱えて笑い出した。
しかし、和義は嬉しかった。短時間だけだとしても、化け物達から離れられるのだから。
何も考えずに、ただただ走り続ける。次の痛みから逃れる事しか頭には無く、パニック状態に陥っていた。
悪狐達の目には、彼の態度がよほど滑稽に映ったのだろう。木々を滅茶苦茶に切り裂いて威圧し、卑しく笑いながら獲物を迫い立てた。
和義が脱兎の如く走っていられたのは、僅かな間だけだった。全力疾走していたため、直ぐさま息を切らして走る気力も尽きかける。そして朦朧とした頭ながら、まだ追い付かれないのはおかしいと思い始めた。
その疑問に答える声が、彼の頭の中に届く。
「おい」
和義が左手に気配を感じて、そちらに顔を向けようとした瞬間、鋭い爪で胸を一突きにされた。信じられないと言いた気な面持ちで、彼は刺し傷を凝視する。爪は左胸を貫通しており、早くも瞳にあった光が消え始めた。短い間隔の痙攣を繰り返した後、徐々に脱力していく。
数秒して、完全に動かなくなった獲物を、巨躯の悪狐が藪へと放り投げた。振り返り「今の反応見たか?」と言って、仲間たちに笑いかける。
白い悪狐が、胸を貫ら抜かれた真似をしてふざけ始めた。ケタケタ、ヒュウヒュー、ギィギィと笑い方は三者三様だが、性根の腐った声質だけは共通していた。
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