その都市伝説を殺せ

瀬尾修二

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四章

三十九話

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 篠原一馬を生き返らせたのは、悪狐の首領だった。
 彼が被害にあったリンチ殺人事件は、世間の耳目を大いに集めたため、悪狐は強い関心を持った。やがて、現代人の心性を知るには、凶行の被害者から直接恨み言を聞き出すのも、一つの手段だと思い付いたのだ。
 情報を得るだけならば、他にも遣りようはあった。だが悪狐は、「非業の死を遂げた人間と、少し話してみたい」という気まぐれから蘇生する事を決め、実際にやってのけた。
 戸惑うばかりの一馬に、悪狐は親切心を装ってこう言った。
「お前の魂が発する怨念に、私は引き寄せられた。返報する積もりなら力を貸したい」
「復讐するにしても、大々的に報道された事件の犯人が、短期間に四人とも死ぬのは不自然だ。一人殺した後は、ある程度時間をおいた方がいい」
「とりあえずは、突然死に見せかけて主犯格だけを殺せ。今のお前には、それが出来る。後々反魂の術を使って、犯人達を何度でも蘇らせてやろう。それから、気が済むまでなぶればいい」
「生身のまま、人間界を彷徨くのは危ない。死んだ筈のお前が、霊能のない人間の目に留まれば、存在を抹消されてしまう」
「最終的には、家族や友人にも会わせてやる。そうしても、神仏に粛正される事のない抜け道を知っているが、少々準備が必要だ」
 この助言が正しいのかどうかなど、一馬に判断できる筈もなかった。途方もなく非常識な話に混乱していた上、惨殺された直後に生き返ったという異常な体験が、彼を心細くさせていた。それ故、目の前に希望的な提案がぶら下げられると、藁にも縋る思いでしがみ付いてしまったのだ。
 この時から既に、一馬の心はコントロールされていた。


   ◇


 別件でどうしても死人を生き返らせる必要があったため、悪狐は反魂の術を会得していた。
 古来から人間を作り出す秘術があり、それを心得ている鬼が幾らか存在する。[才能や容姿に恵まれた人間達の骨を、良いとこ取りで組み合わせる等して、より優れた人間を新しく生み出す]というものだ。
 悪狐は、術の詳細を鬼から無理矢理聞き出すと、改良の果てに反魂の術を完成させた。一馬が化け物と同等の力を身に付けているのも、強い霊能力者の骨を組み込んで蘇らせたからだった。
 しかし、一度死を迎えた人間が肉体的に生き返ったとしても、社会的には死んだままだ。
(生きている者が、一時的に姿を眩ましただけだった)   大抵の人間にこう思わせられたのなら、死ぬ前と同様の生活に戻れる可能性もあった。だが、マスコミに被害者死亡と大きく取り上げられ、公的機関にも死体を確認されたとあっては、考える余地は無い。世の中にある[凶悪事件の被害者が死んだ]という記憶や情報の全てを改変する事は、人間社会に与える影響が大き過ぎるため出来なかった。 

 生き返った一馬を待っていたのは、何事もなく流れるだけの無為な時間だった。悪狐と話をする以外には、すべき事も、出来る事もない。何もしない生活が、来る日も来る日も続いてゆく。
 彼は次第に無気力となっていったが、悪狐から家族や友人達の近況を伝え聞いた時と、死ぬ間際の光景を思い出した時だけは、感情が激しく動いた。
 一月と経たない内に、「人間社会に戻りたい」という気持ちが消えてしまう。彼の家族は一家離散しているが、どうにか生活を立て直そうと、それぞれ必死に頑張っていた。和義の惨状も知ってはいたが、(死んだ筈の自分が会いに行っても、更に苦しめるだけだ)と、一馬には思えたのだ。
 そういった話を、悪狐はいつも興味深そうに聞いていた。一馬以外にも、様々な境遇の人間や亡霊が集められて、研究対象とされた。生前や死後に苦しんだ状況や、悪事を行うに至った経緯、この二つについては特に詳しく調べ上げられた。
 悪狐は徐々に、現代人の心性を理解していく。

 ある日突然、化け物はその本性を見せ付けた。もはや用済みと言わんばかりに、霊力が低い者を全員食い殺し、残った者には「従わなければ、家族を殺す」と言って脅した。歯向かった者は、事故や事件に見せかけて家族を殺され、本人も食われてしまった。そうして何の抵抗も許されずに、一馬も屈服させられる。
 現代人の性向を把握した悪狐は、手先を介して街の有りと有らゆる闇の中──社会問題から、人一人の心奥にある闇にまで──に紛れ込み、大量の悪感情を食らい始めた。
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