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◇12 【過去】隠していた顔
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「そんなことはないと思う」
テセウスは思いのほか強い語気でそう言い切った。フィオネが驚いたようにこちらを見る。
「そう、かしら……」
「というか、僕がそう信じたいだけかもしれない」
王になりたくなかったから突然失踪した。──誰にも言わずに? こんなにテセウスとフィオネを悲しませて?
「もっと深い理由があるかもしれない」
「それは……何なの?」
「分からない」
ゆっくりと首を左右に振ったテセウスを見て、フィオネははああと思いため息を吐いた。
「私たち、ルーク様のこと何も知らないんだわ。……ねえテセウス、あなたから見たルーク様を教えてよ」
そう言われ、顎に手を当てて考える。思い出すのはいつだって笑顔だ。
「僕から見た兄さんは明るい人だった」
大口を開けてにかっと笑う顔がよく記憶に残っている。彼はいつもよく笑っていた。少し能天気なところもあるけれど、頭の回転も速く、武術の腕前も抜群。「悪魔の子」と陰口を叩かれていたのはきっと畏怖があったからだ。そんな風に言われているなんて気にも留めない様子で、ルークはいつも自由気ままだった。
──本当にそうだろうか?
「一度だけ見たことがあるんだ」
唾を飲み込んで、テセウスは呟いた。記憶の片隅に引っ掛かっていた映像がふっと甦る。
「兄さんが泣いているとこ」
あれはテセウスがもう少し幼い時のこと。兄が剣の練習をしているのを、物陰からこっそりと見ていたことがある。
ルークの剣裁きはとても美しい。所作が踊るかのように軽やかだと思えば、一突きは重い。
どうやったらあんな風になれるんだろう。テセウスは兄の自主練を見つめながら、そう考えていた。
しかし、どうにも様子がおかしい。
「途中から、兄さんは無茶苦茶に剣を振るい始めて。見えない敵と戦っているみたいに」
ハ、ハ、ハ、と荒い息を吐きながら剣を振るうルーク。恐ろしいぐらいに迫力があった。その場に人がいたら誰も勝てないと思うぐらいに。風を切る音、荒い息遣い、苦しそうな兄の表情。──しばらくそれが続いたあと、ルークはぴたりと動きを止めて、顔を拭った。
兄は一度地面を靴で蹴った。子どもが地団太を踏むような、そんな仕草だった。土埃が舞って、兄の姿が朧げになる。兄は靴で地面を蹴りながらこう呟いた。
──クソっ……!
兄に似つかわしくない怒気が、その口から洩れる。兄は何度も顔を拭った──汗ではなくて、たぶん、涙が止まらなかったからだ。
「僕は怖くなって、すぐに走って逃げたよ。すごく心臓がバクバクしたのを覚えてる。兄さんは僕たちにはちっとも見せてくれなかったけど、何かを抱えてたんだと思う」
「そうね」
フィオネは神妙な顔になって頷いた。
「見せて欲しかったわ。そうしたら、一緒に背負うことだってできたのに。そう考えるのは自分勝手すぎるかしら」
テセウスは思いのほか強い語気でそう言い切った。フィオネが驚いたようにこちらを見る。
「そう、かしら……」
「というか、僕がそう信じたいだけかもしれない」
王になりたくなかったから突然失踪した。──誰にも言わずに? こんなにテセウスとフィオネを悲しませて?
「もっと深い理由があるかもしれない」
「それは……何なの?」
「分からない」
ゆっくりと首を左右に振ったテセウスを見て、フィオネははああと思いため息を吐いた。
「私たち、ルーク様のこと何も知らないんだわ。……ねえテセウス、あなたから見たルーク様を教えてよ」
そう言われ、顎に手を当てて考える。思い出すのはいつだって笑顔だ。
「僕から見た兄さんは明るい人だった」
大口を開けてにかっと笑う顔がよく記憶に残っている。彼はいつもよく笑っていた。少し能天気なところもあるけれど、頭の回転も速く、武術の腕前も抜群。「悪魔の子」と陰口を叩かれていたのはきっと畏怖があったからだ。そんな風に言われているなんて気にも留めない様子で、ルークはいつも自由気ままだった。
──本当にそうだろうか?
「一度だけ見たことがあるんだ」
唾を飲み込んで、テセウスは呟いた。記憶の片隅に引っ掛かっていた映像がふっと甦る。
「兄さんが泣いているとこ」
あれはテセウスがもう少し幼い時のこと。兄が剣の練習をしているのを、物陰からこっそりと見ていたことがある。
ルークの剣裁きはとても美しい。所作が踊るかのように軽やかだと思えば、一突きは重い。
どうやったらあんな風になれるんだろう。テセウスは兄の自主練を見つめながら、そう考えていた。
しかし、どうにも様子がおかしい。
「途中から、兄さんは無茶苦茶に剣を振るい始めて。見えない敵と戦っているみたいに」
ハ、ハ、ハ、と荒い息を吐きながら剣を振るうルーク。恐ろしいぐらいに迫力があった。その場に人がいたら誰も勝てないと思うぐらいに。風を切る音、荒い息遣い、苦しそうな兄の表情。──しばらくそれが続いたあと、ルークはぴたりと動きを止めて、顔を拭った。
兄は一度地面を靴で蹴った。子どもが地団太を踏むような、そんな仕草だった。土埃が舞って、兄の姿が朧げになる。兄は靴で地面を蹴りながらこう呟いた。
──クソっ……!
兄に似つかわしくない怒気が、その口から洩れる。兄は何度も顔を拭った──汗ではなくて、たぶん、涙が止まらなかったからだ。
「僕は怖くなって、すぐに走って逃げたよ。すごく心臓がバクバクしたのを覚えてる。兄さんは僕たちにはちっとも見せてくれなかったけど、何かを抱えてたんだと思う」
「そうね」
フィオネは神妙な顔になって頷いた。
「見せて欲しかったわ。そうしたら、一緒に背負うことだってできたのに。そう考えるのは自分勝手すぎるかしら」
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