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2章 デビュー戦
38話 地区予選200m予選
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「よーし、頑張るぞー!」
陽子は大きな独り言を言う昭穂に驚くが、その背中のゼッケンがめくれていることに気付く。
「あ、あの。背中のゼッケン、安全ピン外れちゃってますよ」
「えぇっ!? ほんとだ、ありがとう! あれれぇー」
陽子が教えてあげると、昭穂は一生懸命首をひねって背中を見ようとする。
しかし背中のゼッケンを自分で直すのは無理と判断し、付き添いの部員を呼ぼうとするが、すでにゴール地点に向かって移動してしまった後だった。
「よかったら、付け直しましょうか?」
「うわぁー、かたじけない! 優しい人がいて助かったよー!」
素直に感謝する昭穂の様子を見て、立身大付属も全員がピリピリとした空気を纏っているわけではないんだな。と陽子は思った。
昭穂は夏の森のユニフォームに気付いているだろうが、特に気にする様子もない。
「はい、できましたよ。盛田さん」
「助かりましたぁー。ってあれ、私の名前、なんで知ってるの?」
しまった。と思うが、仕方がないので陽子は白状する。
「すみません。プログラムの組み分け見て知ってたんです。同じ組だし、立身大付属の人だから速いと思って勝手に意識というか」
「あぁ! そうだったんだ、でも私は幸ちゃんとか、宗ちゃんみたいな天才じゃないから。期待外れだったらごめんねー。」
目を大きく丸く開いて驚いた顔をしてから、昭穂はくすくすと笑う。
「実は私もあなたのこと知ってるよ。組み分け見たときに、1年生って書いてあったから目立ってたし。名前もどっかで見たことあるなーって思って少し思い出したら、中学のときに何回か見たことあったの思い出したから。速かったよね、都大会行ってたし」
「まぁ……一応。そんなにですけど、はは」
昭穂は1学年上だから、陽子が3年生のときに都大会へ進めなかったことを知らないのだろう。
陽子は苦笑いをしながら、謙遜して返す。
「高校の大会は学年別じゃないし、ちょっとレベルは上がるけど……頑張ってね! あと私のことは昭穂でいいよ。呼び捨てしづらかったら、先輩でもさん付けでも。仲良くしよっ」
「え? あ、ありがとうございます」
まさか仮想敵と思っていた相手から応援されるとは思っておらず、陽子は驚いてしまう。
チームとしてはライバル視してくる立身大付属でも、この人はいい人なんだな。と思った。
「昭穂さんも、頑張ってください」
倒すと宣言した相手に、それも今から一緒に走る相手に、頑張ってくださいもおかしいな。と思うが、これがスポーツマンシップだと自分で自分を納得させる。
「次の組、準備してください」
運営の指示に従って、待機所からスタート地点に入る。
昭穂と互いに目配せをしてから、自分のスターティングブロックの調整をした。
コーナーからのスタートも、400mでイメージは掴んでいる。
陽子は手際よく調整を終え、軽くスタート練習をしてからコールを待つ。
横目で2つ隣のレーンの昭穂を見ると、わたわたと焦りながら調整を続けていた。
すでにほとんどの選手が準備を終えている中で、ややどんくさいと言える。
(主要大会で200mの出場が初めてって、本当なんだな)
200mのスタート地点でスターティングブロックを設置することは、200mに出場するときにしかない。
そのため、100mのスタート地点や400mのスタート地点でスターティングブロックを調整するよりも、やや経験不足になりがちだ。
とはいえ、ここまで時間はかかりはしないのだが……。
「それでは位置について」
ようやく準備を終えた昭穂がスタート地点に並ぶと同時に、待ってましたとばかりにすぐにコールがかかる。
陽子は、昭穂のお陰でちょっと緊張がほぐれたな。と思った。
号砲が鳴り、400mのときと同じようにゆっくり、確実にスタートを切る。
ぐいぐいと地面を押し、加速に乗っていく。
(いいぞ、好調だ!)
400mのときほどゆっくりは走れないが、それでも9割ほどの力でコーナーを駆ける。
陽子は順調に加速するが、前を行く昭穂はやはり速い。
すでに8レーンの選手までとらえていて、早くもかなりのリードを取って先頭を走っている。
(やっぱり速いじゃん、昭穂さん!)
ホームストレートに入り、視界には昭穂だけだ。
しかし陽子の本領は、ここから発揮される。
大きく腕を振り、一歩一歩を大きなストライドで走る。
昭穂の背中にぐんぐんと近付いていき、もう横顔が見えるというところまでくる。
横目で見た昭穂は、先頭を走っているとは思えないほど、必死だった。
歯を食いしばり、目はぎゅっと半分瞑っているように見える。
ピッチを下げたくないのか必死に腕を動かし、重心を前にして減速しないように頑張っている。
(立身大付属で、2年生でレギュラー取って、こんだけ速いのに……予選から、この人はどうしてこんなに本気になれるんだろう?)
陽子が本気じゃなかったわけではない。
手抜きをしているわけでも、流しているわけでもない。
しかしどうしても、予選と決勝では心の持ちようが違うのだ。
特に、確実に通過できる予選となれば、なおさらだ。
いい順位で通過して決勝でいいレーンを。と思ってはいても、同時に「無理に頑張って消耗するより、多少レーンが悪くても体力温存したほうがいいじゃん」と思っている自分もいる。
陽子も、本気と言いつつ、予選は全体で12位までに入れればいいや。という気持ちで走っていた。
しかし昭穂は、字面の通り、全力だった。
「っぷはぁー!」
ゴールと同時に、昭穂は大きく呼吸する。
これだけの距離、先頭を走っていても本気で無酸素運動を続けていた証拠だった。
陽子は結局2着。
追い上げはしたものの、最後まで抜くことはできなかった。
やや後ろでゴールし、タイムは昭穂が26秒35、陽子が26秒62。
「陽子、やったな。11位で決勝進出だぞ」
「立身大付属も全員、順調に進んだわね。まずは決勝に、役者が揃ったというところかしら」
瑠那と美咲がゴールで出迎えてくれる。
2人はゴールタイマーを見ながらしっかり流して、25秒台でゴールしている。
それだけ流しても、決勝進出は確実、また厳しいレーンに配置されることもないと分かっていないとできない調整だ。
立身大付属の幸も、宗も同じ。
なおさら、昭穂が予選から全力を出していたのが目立った。
「昭穂さんは……9位か」
電光掲示板に映し出される決勝進出者リストを見ながら、陽子はつぶやいた。
付き添いの部員達に囲まれて決勝進出を祝福されている昭穂は、それでも少し悔しそうに見えた。
まるで、あと少しで1組目に入れたのに。と言わんばかりに。
しかし2組目となったため、昭穂と陽子は決勝での再戦が決まった。
それも、隣同士のレーンで。
陽子は大きな独り言を言う昭穂に驚くが、その背中のゼッケンがめくれていることに気付く。
「あ、あの。背中のゼッケン、安全ピン外れちゃってますよ」
「えぇっ!? ほんとだ、ありがとう! あれれぇー」
陽子が教えてあげると、昭穂は一生懸命首をひねって背中を見ようとする。
しかし背中のゼッケンを自分で直すのは無理と判断し、付き添いの部員を呼ぼうとするが、すでにゴール地点に向かって移動してしまった後だった。
「よかったら、付け直しましょうか?」
「うわぁー、かたじけない! 優しい人がいて助かったよー!」
素直に感謝する昭穂の様子を見て、立身大付属も全員がピリピリとした空気を纏っているわけではないんだな。と陽子は思った。
昭穂は夏の森のユニフォームに気付いているだろうが、特に気にする様子もない。
「はい、できましたよ。盛田さん」
「助かりましたぁー。ってあれ、私の名前、なんで知ってるの?」
しまった。と思うが、仕方がないので陽子は白状する。
「すみません。プログラムの組み分け見て知ってたんです。同じ組だし、立身大付属の人だから速いと思って勝手に意識というか」
「あぁ! そうだったんだ、でも私は幸ちゃんとか、宗ちゃんみたいな天才じゃないから。期待外れだったらごめんねー。」
目を大きく丸く開いて驚いた顔をしてから、昭穂はくすくすと笑う。
「実は私もあなたのこと知ってるよ。組み分け見たときに、1年生って書いてあったから目立ってたし。名前もどっかで見たことあるなーって思って少し思い出したら、中学のときに何回か見たことあったの思い出したから。速かったよね、都大会行ってたし」
「まぁ……一応。そんなにですけど、はは」
昭穂は1学年上だから、陽子が3年生のときに都大会へ進めなかったことを知らないのだろう。
陽子は苦笑いをしながら、謙遜して返す。
「高校の大会は学年別じゃないし、ちょっとレベルは上がるけど……頑張ってね! あと私のことは昭穂でいいよ。呼び捨てしづらかったら、先輩でもさん付けでも。仲良くしよっ」
「え? あ、ありがとうございます」
まさか仮想敵と思っていた相手から応援されるとは思っておらず、陽子は驚いてしまう。
チームとしてはライバル視してくる立身大付属でも、この人はいい人なんだな。と思った。
「昭穂さんも、頑張ってください」
倒すと宣言した相手に、それも今から一緒に走る相手に、頑張ってくださいもおかしいな。と思うが、これがスポーツマンシップだと自分で自分を納得させる。
「次の組、準備してください」
運営の指示に従って、待機所からスタート地点に入る。
昭穂と互いに目配せをしてから、自分のスターティングブロックの調整をした。
コーナーからのスタートも、400mでイメージは掴んでいる。
陽子は手際よく調整を終え、軽くスタート練習をしてからコールを待つ。
横目で2つ隣のレーンの昭穂を見ると、わたわたと焦りながら調整を続けていた。
すでにほとんどの選手が準備を終えている中で、ややどんくさいと言える。
(主要大会で200mの出場が初めてって、本当なんだな)
200mのスタート地点でスターティングブロックを設置することは、200mに出場するときにしかない。
そのため、100mのスタート地点や400mのスタート地点でスターティングブロックを調整するよりも、やや経験不足になりがちだ。
とはいえ、ここまで時間はかかりはしないのだが……。
「それでは位置について」
ようやく準備を終えた昭穂がスタート地点に並ぶと同時に、待ってましたとばかりにすぐにコールがかかる。
陽子は、昭穂のお陰でちょっと緊張がほぐれたな。と思った。
号砲が鳴り、400mのときと同じようにゆっくり、確実にスタートを切る。
ぐいぐいと地面を押し、加速に乗っていく。
(いいぞ、好調だ!)
400mのときほどゆっくりは走れないが、それでも9割ほどの力でコーナーを駆ける。
陽子は順調に加速するが、前を行く昭穂はやはり速い。
すでに8レーンの選手までとらえていて、早くもかなりのリードを取って先頭を走っている。
(やっぱり速いじゃん、昭穂さん!)
ホームストレートに入り、視界には昭穂だけだ。
しかし陽子の本領は、ここから発揮される。
大きく腕を振り、一歩一歩を大きなストライドで走る。
昭穂の背中にぐんぐんと近付いていき、もう横顔が見えるというところまでくる。
横目で見た昭穂は、先頭を走っているとは思えないほど、必死だった。
歯を食いしばり、目はぎゅっと半分瞑っているように見える。
ピッチを下げたくないのか必死に腕を動かし、重心を前にして減速しないように頑張っている。
(立身大付属で、2年生でレギュラー取って、こんだけ速いのに……予選から、この人はどうしてこんなに本気になれるんだろう?)
陽子が本気じゃなかったわけではない。
手抜きをしているわけでも、流しているわけでもない。
しかしどうしても、予選と決勝では心の持ちようが違うのだ。
特に、確実に通過できる予選となれば、なおさらだ。
いい順位で通過して決勝でいいレーンを。と思ってはいても、同時に「無理に頑張って消耗するより、多少レーンが悪くても体力温存したほうがいいじゃん」と思っている自分もいる。
陽子も、本気と言いつつ、予選は全体で12位までに入れればいいや。という気持ちで走っていた。
しかし昭穂は、字面の通り、全力だった。
「っぷはぁー!」
ゴールと同時に、昭穂は大きく呼吸する。
これだけの距離、先頭を走っていても本気で無酸素運動を続けていた証拠だった。
陽子は結局2着。
追い上げはしたものの、最後まで抜くことはできなかった。
やや後ろでゴールし、タイムは昭穂が26秒35、陽子が26秒62。
「陽子、やったな。11位で決勝進出だぞ」
「立身大付属も全員、順調に進んだわね。まずは決勝に、役者が揃ったというところかしら」
瑠那と美咲がゴールで出迎えてくれる。
2人はゴールタイマーを見ながらしっかり流して、25秒台でゴールしている。
それだけ流しても、決勝進出は確実、また厳しいレーンに配置されることもないと分かっていないとできない調整だ。
立身大付属の幸も、宗も同じ。
なおさら、昭穂が予選から全力を出していたのが目立った。
「昭穂さんは……9位か」
電光掲示板に映し出される決勝進出者リストを見ながら、陽子はつぶやいた。
付き添いの部員達に囲まれて決勝進出を祝福されている昭穂は、それでも少し悔しそうに見えた。
まるで、あと少しで1組目に入れたのに。と言わんばかりに。
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それも、隣同士のレーンで。
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