森の魔女と小さな幸せ

棚丘えりん

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森の魔女が生きた理由(日常編)

第1話 出会い

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 貧しい木こりの少年がいた。
 名はクリロ。
 親の顔も知らず、頼れる者はいない。
 クリロは一人で街のはずれの小屋に住み、薪を売って稼ぐ僅かな金で生きていた。
 毎日同じように働き、同じように僅かな稼ぎでパンを買い、同じように代わり映えのしない食事をとり、同じように一人で寝る。
 その目は虚ろで、ただ夏の暑さと冬の寒さに怯えながら日々を過ごすだけだった。

 ある日、クリロはいつものように森での仕事を終え、誰も待たない家へと帰る準備をしていた。
 荷物をまとめ終わった頃、何やらこちらへ向かって来る気配を感じる。

 この森には魔女がいると怖れられ、立ち入る者は殆どいない。
 猟師ですら避ける森だからこそ、クリロのような者でも仕事にありつけるのだ。
 クリロは森を怖れていたが、同時に感謝もしていた。

 こちらへ向かって来るのは、どうやら人らしい。
 熊や狼でなくて良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間、クリロは息を飲んだ。

 その者は光を通さぬ黒いローブを纏い、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かって来る。
 目深に被った帽子で顔は見えないが、痩せた体躯に蒼白く細い腕が不気味に目立つ。
 人の形こそしているが、一目見て人の世界で暮らす者ではないと分かる。

 しかしクリロが息を飲んだのは、その姿からだけではない。
 その者は、細い腕に似つかわしくないものを引き摺っていた。

 人間だ。それも、兵士だ。
 クリロはその兵士を知っていた。
 いつもクリロを虐げ、威張り散らしていた恐怖の対象。
 街では毎日、彼に出くわさぬよう祈りながら歩いていた。
 出会えば、残るのは屈辱と傷だけだったからだ。
 しかしそれが今……上書きされた。

 クリロは確信した。
 彼女こそが、森の魔女だと。

 クリロは、見付からないように木の陰から様子を覗く。
 しかし、動きを静めようとする程に息は荒くなり、身体は言うことを聞かずにがくがくと震える。
 生きる事に希望を抱いていなかったクリロは、自分が怯えている事に驚いた。
 それ程に、森の魔女という存在は恐怖を感じさせるのに十分であった。

 震えるクリロのそばまで来た魔女は、ふと歩みを止めた。
 引き摺っていた兵士をドサリという音を立てて捨てると、ゆっくりとクリロのいる方へ足を進める。
 クリロは目を瞑りしゃがみこんで震えていたが、手に触れた冷たい感触で目を開けた。

 ……目の前に、魔女がいた。


 帽子に隠れていた顔も、跪いて覗き込んでいる今ならよく見える。
 ギョロリとした大きな緑色の目、月に照らされた雲のように青白い肌。
 クリロはあまりの怖ろしさに後ずさろうとするも、身体は上手く動かず転んでしまった。

「あっ……怖がらないでくれ。その、急に触れてすまなかった。」

 予想外に発せられた言葉にクリロは驚いた。

 クリロは口を開くが、言葉が出てこない。
 何を言えば良いのか分からなくなっているのもそうだが、そもそも恐怖と驚きで声が出ないのだ。

「あぁ、驚かせてしまったな……私は君を襲うつもりは無い。怪我が無いなら、もう行くといいさ」

 魔女は立ち上がると、クリロに帰り道を示すかのように指を指した。

「……っ!」

 何度か声にならない声を出してから、かすれながらもようやく声を出す。

「腰が……抜けて……」

 魔女は少し困ったような顔をした。

「……お願いがあるんだ……」

「何だ?」

「魔女の家でも死後の世界でもいい。僕を……ここじゃないどこかへ、連れ出してくれないかな」

 何故こんな事を言ったのか。
 自分を虐げていた兵士を殺してくれたからか、それとも初めて心配する言葉をかけてくれたからか。
 何にせよ、クリロは魔女に恐怖しつつも、この世界から連れ出してくれるように頼んだ。
 例え殺されようとも、これから何かが変わる、この魔女なら何かを変えられる。
 永遠に続く不安と『同じ』に終わりを告げさせてくれる、死ぬのは怖かったが、クリロは無意識に期待をしていた。
 何もない世界に、破壊と変化を生み出せる、クリロは魔女の持つ不思議な力に無意識ながら憧れたのだ。

 希望も期待も失って生きてきたクリロに、初めて期待を抱かせたのは、森の魔女だった。

 魔女は戸惑いながら、仕方が無いというように頷く。

「街へ帰る気は本当に無いんだな? 私と来れば、もう戻れないぞ」
「構わないよ。置いてきたものなんて、何も無いのだから」

 クリロの真剣な眼差しを見た魔女は、帽子を目深に被って顔をそむける。
 気付けばクリロの震えは治まり、立ち上がれるようになっていた。

「ついて来い。私の家へ招待しよう」

 そう言って歩き出した魔女の背は立ち上がったクリロよりも低く、近くで見れば普通の女の子と変わらない。
 恐怖の権化、森の魔女の禍々しさが少し失われたように感じた。
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