森の魔女と小さな幸せ

棚丘えりん

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森の魔女が生きた理由(日常編)

第5話 先生

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 二人は家の地下室に来ていた。
 クリロが地下室に入るのは初めてだったが、その光景には圧倒されるばかりだった。

「凄い数……」

 壁一面を棚が埋め尽くしており、瓶詰めされた様々な素材が並べられていた。
 人に見せるのは初めてなのだが……とリエースは恥ずかしそうに横で見ている。
 初めて見る物ばかりで興味津々な様子のクリロは、落ち着きなく、そして目をキラキラさせていた。

「クリロ、まずは簡単な薬の調合を覚えて貰う」
「やったー!」

 今まで、木こりの仕事しかしてこなかったクリロは大喜びだ。
 待遇を除けばクリロは木こりの仕事が嫌いではなかったが、しかし好きで選んだ仕事でもなかった。
 クリロのような者に許された選択肢は、最初から殆ど無かったのだ。
 人が避ける仕事をするか、犯罪に手を染めるか。
 二つに一つしか無かった。
 クリロは、新しい仕事に大きく期待を膨らませた。

「最初はやはり回復薬か? いやしかし、あれは種類が多過ぎるし……」

 リエースはぶつぶつと呟きながら、何を教えるか棚の前で迷っているようだ。
 リエースは真面目故に優柔不断なところがあるな。とクリロは思った。
 今まで一人で暮らしてきたリエースは、選択を迫られる機会が少なかったのだろう。
 リエースにとっても初めてのことばかりで、経験の少ない彼女は失敗を避けようとして優柔不断になっているのだ。

「……よし、これにしよう。丁度必要だったしな」

 そう言うと、リエースは棚からいくつかの素材を取り出した。

「リエース、これは?」
「栄養剤として使われる『森の雫』の材料だ」

 リエースは順番に指を指して説明する。
 殆どは初めて見る物だったが、クリロは必死に覚えようと説明を聞いた。

「今回は使う材料も道具も少ないが、工程の精度で薬の出来は大きく変わるからな」

 リエースは作業台の上に二人分の道具と材料を用意すると、クリロの向かいに立った。

「私も一緒に作るから、よく見て真似してくれ」
「分かった! それにしても、今日のリエースはなんだかいつもと違うね」
「そ、そうか? 今日の私は変だろうか……確かに少し浮かれていたかも……」
「うーん、なんだかね、先生って感じがする!」
「先生!?」

 リエースは余程驚いたのか、声が裏返ってしまう。
 学校へ通えるのは、富裕層の子供だけだった。
 もちろんクリロは学校へ通った事も無いし、簡単な単語しか読めない。
 この街には、そういった者が沢山いた。
 しかし、先生と呼ばれる者は皆、分け隔てなく人に接した。
 それ故に、先生は富裕層からクリロやリエースのような者にまで、皆に尊敬される職業だった。

「私が先生なんて……本物の先生に申し訳ない」
「うーん、でも僕に薬の作り方を教えてくれるんだから、やっぱり先生だよ! リエース先生、今日はよろしくね」
「そ、そうか……私が先生か……ふふっ」

 リエースは嬉しそうに呟きながら、帽子をぎゅっと深く被った。
 リエースは照れると、帽子を深く被り直す癖があるとクリロは気付いた。
 しかし必死に顔を隠そうとしても、クリロにはリエースの表情がお見通しなのだった。

「い、いいか、集中しなければだぞ! こうやって丁寧に刻んでだな……」

 集中出来ていないのはリエースの方だとクリロは思ったが、その姿は微笑ましかったので黙っていた。

「クリロ、秤の使い方はな……」

 普段の口下手なリエースからは想像出来ない程、説明は分かりやすかった。
 きっとそれは、リエースがこの仕事を熟知しているからだなとクリロは思った。

「うん、そろそろ良いだろう」

 クリロが小鍋で煮詰めていた薬を見て、リエースが言った。

「透き通る薄緑色になったら完成だ。うんうん、なかなかの出来じゃないか」

 クリロの作った薬を見て、リエースは頷く。

「でも、こうして並べるとリエースの方が透き通ってるね……」

 確かにリエースの作った薬の方が、より透明に近かった。

「そうだな、材料を刻んでから鍋に入れるまでが早くなれば、もっと良くなると思うぞ」

 どうやら、材料の下ごしらえに時間がかかり過ぎたようだ。
 空気に触れている間に、切り口から傷んでしまうらしい。
 リエースは自分の分をサッと終わらせて鍋に入れてから、ずっとクリロを見守っていた。
 クリロは、リエースの手際の良さを見て、流石だなと感心した。

 『森の雫』栄養剤として使われる薬で、透明に近い程、大きな効果がある。
 簡単に言えば栄養が凝縮された薬であり、この薬を混ぜた水を植物や動物に与えると、精度にもよるが一瞬にして数十日分の成長が期待出来るらしい。
 しかし人間には毒であり、低精度のものでは体調を崩す程度で済むが、高精度のものでは命を落としかねないと言われている。
 少量でも効果は絶大だが、高価な為、通常は使用されないようだ。
 リエース曰く、主に富裕層のワガママに振り回された庭師が使っているらしい。
 また、公表はされていないが、街の倉庫には飢饉に備えて大量に備蓄されているらしく、この薬の取引の存在が、街が魔女に手出しをしない理由でもあるようだ。

「リエース、出来上がった薬はどこに置けばいいかな?」
「いや、普段は倉庫に入れるのだが、今日作ったのは商品ではないんだ」

 そう言うと、リエースはクリロにバケツを持たせて外に出た。
 家から続く小道を進むと、見覚えのある場所まで来た。

「ここ、僕達が出会った場所だ」
「もう少し行ったところに用があってな」

 道なりにさらに進むと、やや開けた場所があった。
 そこは森の中とは思えない程、石と灰ばかりだった。

「ここってもしかして」
「そう……『赤石草』に吸われた土地だ」
「こんなに、何もなくなっちゃうんだね……」

 その光景に、クリロはしばらくの間、何も言えなくなった。

「クリロ、近くに川がある。水を汲んで来てくれ」
「あ、うん。分かった」

 クリロは我に返ると、バケツを抱えて川へ向かった。

「リエース、水を汲んで来たよー」

 水を汲んで戻ると、先程とは少し光景が変わっていた。
 灰の絨毯のようになっていた地面には溝が出来、さながら水路のようだった。

「これ、一体どうしたの」
「少し、森に吹く風の助けを借りただけさ」

 リエースはクリロを呼び、バケツに『森の雫』を垂らした。

「さぁ、還そうか」

 リエースはそう言うと、バケツから水路へ水を流した。
 水が地面に触れた瞬間、灰は土へと変わった。

「色が!」

 さらに水は流れていく。
 灰から土へ、そして数秒後には草が覆った。
 二人のいる中心から、水路を伝って灰が緑へと変わっていく。

「綺麗だね……」

 クリロは、その光景に感動していた。

「リエースは、この場所を取り戻したかったんだね」
「あぁ、人が壊したものは、人が直さなくてはいけないんだ……」

 二人は、灰が全て緑に変わるまで、じっと静かに見守った。
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