デミウルゴスの電話

棚丘えりん

文字の大きさ
上 下
1 / 1

デミウルゴスの電話

しおりを挟む
「神を暴くんだ」
 死の間際、男はそう言った。
 少女は今、彼の意思を遂げる為に走っている。
 神殿に辿り着き、門をくぐる。
 昼間は人々で賑わうこの場所も、今はしんと静まり返っている。
 神殿の奥に目をやると、垂れ幕が引き裂かれていた。
 至聖所と呼ばれ、大神官のみが入ることを許された場所は、現界と遮る物を失い、露わになっていた。

「ここが、神の場所」

 少女はおそるおそる、引き裂かれた垂れ幕をくぐる。
 しん、と冷えた空気が顔にあたる。
 天窓から差し込む月明かりを頼りに見渡すが、何もない。
 目の前にある、台に置かれたもの以外は。

「これは一体、なに?」

 少女が初めて見たそれは、電話だった。
 少女は震える手で、引き寄せられるように受話器を取る。

「やぁ、驚いたかね?」

 突然響いた声に少女は驚きながら、受話器を耳元に近付ける。

「あなたは……?」

 少女の震える声が、かすれた息と共に尋ねる。

「私は、神。驚いたかね?」

「神……?あなたが、神なのですか」

「いかにも。私は君達の主、神」

「私は今、あなたに問う為にここに来ました」

 少女は、一息ついてから、堰を切ったように話し始めた。

「私はある人と共に旅をしていました。その中で、その人は様々な人を救いへと導いてきました。多くの人がその人を信じ、その人の力になろうとしました。そして集った力が、また新たな救いを行ってきました。しかし神よ、この惨状をご覧でしょうか。街は燃え、人々を救う為に飛び込んだあの人の命は、他の命と引き換えに尽きてしまいました。神よ、どうしてあの人を見殺しにされたのですか。どうして、このような大火を見逃されたのですか。あの人は、私達の未来に必要な人でした」

「話はそれだけか」

 涙をこぼしながら語った少女をあざけるように、地に響く声が言った。

「娘、お前は大きな勘違いをしている。あの男を創り、導いたのは何者でもない私だ。そして私はあの男を王にするつもりだった。しかし、ふざけた事にあの男は自ら死を選んだ。愚かだと思わないかね?」

「神よ……一体、何を仰っているのか私には…‥」

「あの男は、私の示した王への道を無視して自ら死んだのだ」

「嘘だ!あの人がそんな事をするはずがない!」

 予想外の言葉に、少女は思わず叫ぶ。

「まぁ、落ち着いて話そうじゃないか娘よ。お前は、今の世界についてどう感じる?自由、平等、平和。謳われたものは全て成された。人の権利は定義され、生まれで差別される事もない。そして戦争は消え去った。今の時代こそ、楽園だ。そう思うかね?」

「何が言いたい……」

 自分の中で、ふつふつと怒りの感情が沸き上がるのを、少女は感じた。

「この世界を創って以来、これ程までに歪な世界は無い。表と裏、建て前と真実、全く違った表情だ。身分制の肩書を廃したところで、世の中は上下関係に満ちている。そして、強者は弱者を踏みにじり、権利も見て見ぬふりだ。剣と弓を交わすだけが戦争か、私はそう疑問に思う者を創った。今の世界を破壊する者を」

「まさか、あの人を、その為に創ったというのか」

「わざと貧困層に生まれさせ苦労をさせ、まるで自分の経験から語っているかのように愛を説かせた。そして協力者を用意し、活動が順調に出来るよう助けた」

「私達の旅は、全て仕組まれていたというのか!?」

「あぁ、全ては私の予定通り、上手くいっていた。しかし、何故だ今になって奴は道を逸れた。軍の上層部の協力者と共にクーデターを起こし、新たな世界を切り開く聖戦の指導者となり、私の理想の世界で王となるはずだったのに。何故、ここで死を選ぶ。くだらん事を。自分が何者かを全く分かっていない」

「あんた、話はそれだけか」

「……なに?」

 冷静さを取り戻した声が、神を突き刺す。
 不意を突かれ不機嫌な声が、受話器から響く。

「創造神も人の心までは解せないみたいだな。あんたの話を聞いて全て理解できた。あの人は、自分が何者かなんて最初から分かっていたんだ。世界を救う者。それを知った上で、あの人は今日まで生きた。例え歪んだ世界でも、血を流し合っては何も変えられない。あの人は、旅の中で私達に種を植え付けたんだ。そして、あの人が死んだ今、その種は花開く」

「娘、何を言っている。私の創った『救い主』はもう死んだ」

「確かにあんたの創った『救い主』は死んだ。でも、私達の『救い主』は私達の中に生きている!あの人の教えを、心を、意思を、私達は伝える事が出来る!例え何代かかろうと、私達は……『人間』は、世界を変える!今こそ神を暴けと言ったあの人の言葉の意味が分かる、私達は引かれた道を進むモノじゃない。道を切り開く者だ!その事を知る為に、私はここに来たんだ!お前はそこで黙って観察でもしていろ、偽りの神よ!」

「自分を生んだ神に対して、なかなかに言うじゃないか娘よ。人の心などに世界が変えられるか、面白い。私の『救い主』無しでやってみるがいい」

「望むところだ、必ず、必ず人の手でやってみせる!」

 熱を帯びた叫びは神殿にこだまする。
 受話器を置くと、少女は力強く足を踏み出す。

 白んできた空に、祈る事をやめた少女は誓った。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...