ご希望の転生先は司っておりません

坂巻

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ご希望の転生先は司っておりません

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ぶつん、と何かが終わる音がした。


数回瞬きをして周りを見渡すと、見覚えのない庭園にいることに気が付いた。
綺麗に剪定された植物に周りをぐるりと囲まれた東屋に、なぜかオレは一人ぽつんと座っている。腰掛けた椅子や、その周りにある支柱を辿るように見上げた屋根は、乳白色の石のようなもので造られていて、ぼんやりと輝いている。最初に東屋と形容したが、和風ではないし、ガゼボと言った方がいいかもしれない。
ともかく、来たこともない不思議な庭でオレは一体何をしていたのか。
これまでの経緯を思い出そうと唸ったところで、前方から声がかけられた。

「ごきげんよう。お身体の調子はいかがですか」

柔らかい声の女性がそこに座っていた。
葉や花のような模様が刺繍された白い布を、胸や腰のあたりで金の装飾を使って纏めている。二の腕や胸元は大きく露出していたが下品さはなく、淡い桃色の長髪と彼女の微笑は、絵画から抜け出た女神のようだった。

「は? からだ……? えーと特に問題はないです?」

目の前に人が突然現れたことに疑問を覚えつつも、流れで返答してしまう。

「それは良かった。あ、自己紹介がまだでしたね。ええと、そうですね私は女神――」
「ええ!? マジで女神さまなんですか!!??」
「……の、ようなものです」

急に勢い良く身を乗り出したオレに驚いたのか、前方の椅子に腰かけていた女神さまは中途半端に答えて後退った。だが顔はニコニコしたままだったので、単純にオレに近寄られるのが嫌だったのかもしれない。何それ、傷つく。

と、突然脳裏に浮かぶ、記憶にない光景。
くぐもった喧騒と明滅するネオンサイン。半分が真っ暗になった視界と、眼前に迫るバンパーとナンバープレート。あ、トラックだこれ。そう思って瞬きすると、そこは元の謎の庭園で、変わらずに女神さまも同じ位置で着席していた。

「本日は、貴方に大切なお話があってまいりました」
こほんと咳払いし体勢を整え、女神さまは優しげな表情でそう告げる。

オレはここで全てを察した。察してしまった。
自身のことはあんまりよく覚えていないが、この展開は何だか覚えがある。

「その大切なお話が何なのか、わかりますよ! オレ当てますね!」
「あのう、そのような企画ではないのですが」
「いや、当てるというか、言わせてください!!」
「はあ、どうぞ」
「……オレ、死にましたね? そしてここは生まれ変わる前のなんかふわっとした、異世界転生ものではあっさり片づけられる不思議空間でしょう!? そうでしょう!?」

鼻息荒くオレは言い切った。
おそらく事情も状況もわからない人物から見ればドン引きの対応だったかもしれない。
けれどうっすらと残る記憶の中に、こういった展開で始まる物語が多く存在した。
それは漫画だったりアニメだったり小説だったりするが、何らかの不幸な事情(トラックに轢かれたなど)で死亡してしまった主人公が神様的というか超自然的なものに、超絶パワー(所謂チート)を与えられて異世界に生まれ変わる話だ。設定の仔細は物語によって異なるが、生まれ変わった後は周囲とは違う転生の特典や前世の記憶を大いに生かしハーレムを作ったり悪い奴をばったばったとなぎ倒したり、大体良い思いができるシナリオが多い。
オレ自身のことが思い出せないという不安はあるが、突然こんな場所に放り込まれて女神を名乗る人物まで現れたのだ、この後続くのは転生の話だろうと予想したくもなる。

「まぁ、そうですね。貴方がおっしゃるお話で大方合っています」
「っしゃあああ!!」

思わず立ち上がって、ガッツポーズを決めてしまった。
目の前の女神さまに負けず劣らずの笑顔で、オレはゆっくりと座りなおす。こんなに思い通りになって気持ちいいと感じることは中々無い。高揚感からもっと騒ぎたい衝動をぐっと抑え、このありがたい物語を進めることにした。

「それで、オレはどうなるんですか」
「そうですね、死亡してしまったので、次の転生先を選んでもらうことになります」
「ですよね」
「ですよね?」
「いえ何でもありません、あの転生先を選ぶ前に質問があるんですけど」
「はいどうぞ」
「オレ、なんで死んだんですかね? その……女神さまのミスとか?」

もしここで『はいそうです』と返ってきたら、オレはかなり不憫な被害者ということになる。ならばお詫びとして転生先の世界や人生を自分好みのものにしてもらっても許されるのではないだろうか。
チート、スローライフ、ハーレム。輝かしい言葉たちがオレの物になるなら、こんなに幸せなことはない。

「いえ、貴方が死亡したのは、神が原因ではないですね」
「なんだぁ、そっかー」
「あの」
「はい?」
「ご自身が亡くなられたときのことは、覚えてらっしゃいますか」

どこまでも穏やかな微笑のまま、女神さまは問いかける。

「詳しいことは覚えてないですね……そのトラックとぶつかったな、ぐらい?で」
「そうですか」
「はい、でもそっかー、『神様のうっかりでごめんね死ぬ予定じゃなかったんだけど殺しちゃったから都合の良い世界でご希望の能力とかもプレゼントしちゃうよ』、のパターンじゃなかったかぁ…」
「はぁ」
「あ、でも!」
自分の希望通りの転生に近づけるために、まだ訴えられることはあるかもしれない。
先ほどは見慣れない庭園にばかり気を取られていたが、自身を見下ろして服装に関して気が付いたことがある。

「オレ、中学生なんすよ!」

自分が着ていたのは胸ポケットの部分に校章が刺繍してある学校指定のシャツと、黒のスラックス。足にはお気に入りだった黒のスニーカー。
「若い身空で死んじゃってマジ可哀そうだと思いません!? これから先の未来も失っちゃったわけだし、次の転生先では少しくらい幸せになってもいいんじゃないですか?」
必殺技・泣き落とし。
実際に涙が出せるほど器用でもないので、手で顔を覆ってそれっぽいふりをする。
どうだ、と片方の目でちらっと女神さまを観察すると、相変わらずのニコニコ顔だった。
聞いているのか、効いているのか。かなり不安になる。
一拍ほど間を開けて。

「はい、私も幸せになって欲しいと、そう願っていますよ」

少し目を細めて、女神さまは笑う。
嘲笑ではなく、その言葉には慈愛が込められていた。
何だか大げさに言いすぎたかな、と急に恥ずかしくなって、オレは止めてしまっていた話題を再開させることにした。

「あ、ありがとうございます。じゃあ、あの、転生先を選びたいなと思うんですけど」
「はい、喜んで!」
「そんな活気のある居酒屋みたいな…」
「驚かせてしまったならすみません。次を選んでくださることが嬉しくて」
「そっすか」
「では、亡くなった貴方の次の転生先ですが」
「はい」
「私は主にいくつかのゲームを司っている女神のようなものなので、そのゲームの中から選べば一番選択肢が多いのでおすすめです」
「へ、ゲーム?」
「はい、ゲームです。しかも私の権限で、特別な能力を授けることも可能です」

望んだ通りじゃん。
別に神様の不手際を指摘したり、不幸な身の上で泣き落としをしたりなんてしなくてもよかったじゃん。ありがとう女神さま、ありがとう異世界チート転生。
オレは無言のままガッツポーズを決めた。おそらく本日二回目である。

あとはどんな世界を選ぶかが問題だ。
剣と魔法のファンタジー系のMMORPGか、女の子を攻略する系の学園生活恋愛SLGか、ゾンビだらけのSTGでもいい。オレに特殊能力を与えてくれるなら、恐ろしい環境でも関係ない。それにゲームならステータス画面もあるだろうし、レベルを上げたりスキルを獲得したりという行動が視覚的にわかるなら、現実よりずっと生きやすい。
「例えば、どんなゲームの世界がありますか?」
それはもう期待で胸をいっぱいにして尋ねた。この不思議庭園で目覚めてから、わりとずっとそんな感じである。


「そうですね、ソリティアとか」
「そりてぃあ」


ソリティアだった。
オレの次の人生ソリティアになりそうだった。

「クリック一つで配られる爽快感が味わえる世界で、スート別・数字順ですべて揃った後はとてつもない快感が得られます」
「はあ」
「ドラッグされる際、振り回される感覚もありますが、絶叫マシンなどがお好きでしたら耐えられる程度です」
「はあ」
「ゲームをクリアすればお祝いに花火が打ち上げられますし、他にも大量に分裂して下に滑り落ちるといったクリア演出の体験もできます」
「……オレは、プレイヤーとして生まれ変わっているんですか?」
クリック一つで、の部分に嫌な感じを受けつつもとりあえず質問した。
とりあえずだ。
あと、それソリィアっていうかクロンダイクじゃねえのという(この流れで)些細なことは胸の奥にしまった。

「いえトランプとして生まれ変わります。お得なことに52分割されます」
別に52分割はお得ではない。

「えーとそのう……」
おそらく最初に聞いたゲームがダメだったのだ。きっとそうに違いない。
ゲームなのだから、様々なジャンルのものがあるのは当然だ。それをうっかり食らってしまっただけで、嫌なら他の世界にすればいいだけの話である。ありがたいことに女神さまは選んでいいと言ってくれているのだから。

というわけで、この世界は無し。さっさと次のゲーム世界の話を聞こう。
「ちょっとソリティアは勘弁していただきたいので、次の世界の話をお願いします」
「転生先がトランプで、52分割ですよ? いいんですか?」
「そこに惹かれる要素はこれっぽっちもないので、次お願いします」
「はい、喜んで!」
「……テンション高いっすね」
微笑み続ける女神とは打って変わって、オレの気分は降下しつつあった。

「そうですね、えっと2つ目はポーカーですね」
「ぽーかー」
「はい。対戦相手より強い役を作って勝負するゲームですね。もちろん貴方はトランプなので、複数の疑似的な手に配られたり触られたり触られたりしますが、そういう世界です」
「もちろんあなたはとらんぷなので」
「これで終わりだといった顔でフルハウスを提示してきた相手にロイヤルストレートフラッシュをお見舞いしたときは、終電間近に仕事を終えてコンビニでおつまみと缶ビールを買って帰ってしかも明日が休みの時ぐらい気持ちいいですよ。とてつもない快感が得られます」
「かいかん」
「はい快感。そういうのお好きですよね」

これは、どうすればいいのだろうか。
何かのツッコミ待ちだったりするのだろうか。
小さく息を吐き出して、背もたれと言うには硬すぎる乳白色の石柵にもたれ掛かった。
次だ次。まだだ。まだオレは諦めていない。

「ポーカーも嫌なので、3つ目の世界の話を聞いてもいいですか」
「ええ、物転生ですよ? 対人関係で感情が擦り切れて疲れ果てることもないんですよ」
「どんだけ物転生推すんですか」
「将来の夢が、トランプか猫になるかの二択でしたよね」
「違いますけど」
「ええ……」
どうして、『ええ……』(困惑)なのだ。そんなこと業務に忙殺されておかしくなったサラリーマンぐらいしか言わないだろうに。


「じゃあ3つ目いきますね。ブラックジャックの世界なのですが――」
「トランプゲエム!! 全部、ぜんぶトランプゲーム!!」
もう無理だった。


「どんだけオレの事、トランプにしたいんですか? 女神じゃなくて手品用品の在庫が少なくて困っている手品師の方だったりしますか!?」
「いえ、違います」
「そうですよね、そうですよね?」
「はい、貴方の幸せを願う女神のようなものです」
「本当にオレの幸せのこと考えてくれてます?」
「もちろんですよ。大真面目に考えています」
「ホントかなぁ!?」

揶揄うなと怒りたくもなるのだが、女神の微笑は相変わらず春のように穏やかだ。
ここまでのやり取りを経ても、彼女のふわふわとウェーブした桃色の長髪も折り重なった白のドレスも乱れることはなく、完璧なまま保たれている。
心を乱されてばかりのオレと比較して、少し冷静さを取り戻す。

「はぁ、あの、もうカードゲームはいいので、別の生き物になれる転生先を紹介してもらえませんか」
「あら、よろしいのですか」
「よろしいです」
「トランプに転生した際に私から与えられる特別な能力の説明もまだですよ」
「……えーと、どんな能力なんですか」
「なんと!」
「なんと」
「カードの柄が、自由に選べます。開始初期の段階で全120種類から選びたい放題な大変ホワイトな環境でトランプとして生きられます」
「……」
「やはり裏面までおしゃれであることは重要ですね。トランプは生まれてから死ぬまで数字などが書かれていない裏面を変化させることはないのですが、そこは私の与えた祝福によってどうとでもなります。現実的には不可能な改変がゲーム世界でしたら可能に」
そこまで話して、女神さまは手荒れもささくれもない美しい御手を両頬の辺りで開いてみせた。びっくり、みたいなポーズである。
「まあ、素敵!」
そして決め台詞がこれである。

「別の世界の話をしましょう」
「ええ、でも」
「別の世界の話がいいです」
「数字の面も、柄が変化できた方が良――」
「別の、世界の、話が、聞きたいです」
「あら、まあそうですか」
押し勝った。頑張って押し勝った。
これ以上トランプ転生の話題で引っ張ってたまるか。
オレは、クソつまらない日常とお別れして、思い通りの世界へと行くのだから、こんなところで諦めてなんていられない。

「では他の世界に生まれ変わってもらうとして、ええと」
女神さまの右眼が小刻みに揺れる。オレには見えない何かを参照しているのか、「ええと」と繰り返しながら、瞬きもせず数十秒。やがて、彼女はにっこりと笑って恐ろしいことを聞いてきた。

「生き物ご希望でしたけど、呼吸できれば大丈夫ですか?」
「なんで想定しているより、むっちゃ下の質問してくるんですか」

もっと、どの系統の魔法を極めたという設定にしましょうか、とか、攻撃よりも全部の女を魅了するスキルいりますか、とか、そういうことを聞いてくれ。

「心配しなくても光合成もできますので、二酸化炭素を出して終わりという能力では…」
「植物じゃん」
「はい、立派な生き物です」
「そうじゃなくて!」

こんなの草ではないか。草として生きる。草。

「綺麗な箱庭を作るゲームですし、植物には本来ない視覚を特別に与えますので、自分の姿だけではなく周りの環境にも癒されますよ」
「望んでない望んでない。なんでそのゲーム選んだ!? なんで植物なんだよ!」
「あら、水とか石の方がよかったですか?」
「無機物!!」

オレの希望を絶妙に外してくる世界選び。
このまま彼女の言葉に身を任せれば、永遠に得たいものは得られないだろう。
おそらくオレよりは上位存在だろうという理由で、鬱屈とした気分を女神さまに吐き出さずに飲み込む。機嫌を悪くされてこれ以上頓珍漢な提案をされるのは避けたいところだ。

「オレから転生先の条件言うので、一番近い世界探してもらっていいですか」
「はい、喜んで!」
「返事だけは、いいですねほんと」
願わくは、この返事のように良い世界を勢いよくお出しして欲しいものである。

「えーと、魔法とか使ってみたいんですよね。それで、その世界の中ではオレが一番強くて、でも穏やかな生活を送りたいから隠してる、みたいな。でも能力持ちの美少女たちには見抜かれて、興味を持たれるみたいな……」
「ふむふむ」
「あ、男たちはオレのすごさに気が付かなくていいです。むっちゃ馬鹿にされて、それを見返す展開が欲しいというか、それでオレの配下になる感じで」
「ほうほう」
「で、えーとダンジョン探索とかやってみたいし、学園も行きたいし、勇者とか魔王になったり、ハーレム作ったり……」
「なるほどー」
「そんな感じの人間に生まれ変わりたいんですけど」
「ははあ」
「ちょうどいいゲーム世界あります?」
「そういったゲーム世界は司っていませんねえ」


8割ぐらい髪色のせいだが、女神さまの穏やかでふわふわした態度は春のようだと出会った時から感じていた。オレの百面相にも戸惑うことなく、落ち着いた態度でにこやかに世界を紹介していく不思議な女性。いや、女神さま。
自然の中から春を掬い取ったらこの姿になった、と説明されても特に驚きもしない外見に安心して流されて、許される気がして、ここまで会話を続けてきた。
けれどそうだ彼女が春のようだと自然的なものに例えるなら、忘れてはいけなかった。

自然とはどこまでも残酷で、容赦なく、全てコントロールできるなど、甘ったれた考えはシュレッダーにでも突っ込んでおくべきだと。


「……司ってないですか」
「ないですねぇ」
「じゃ、じゃあゾンビだらけの世界でサバイバルとか!? 俺だけなぜか薬草とか弾無限のショットガンを最初から所持してて」
「司ってないですねえ」
「文明が全然発展してないゲーム世界で、料理とか生活の知識で成り上がっていく、みたいな」
「司ってないですねえ」
「みんなでパーティ組んでその世界を旅するのが常識みたいな世界とかないですか!? それで俺役立たずとして追放されるんですけど実は――」
「司ってないですねえ」
「あーーじゃあ興味ないけど、乙女ゲームの悪役令嬢を救い出す身近なモブに転生して、ほかにもお嬢様をたくさん攻略してハーレムを」
「司ってないですねえ」
「だめじゃん」

思いつく限りの要望を伝えてみたが、全部『司ってない』でお断りされてしまった。
絶望たっぷりのオレとは正反対に、春の化身にこやか女神さまは相変わらずの様子である。せっかく死んで好きなゲーム世界に行けると思ったら、あれもダメこれもダメとは。
もしかして、このままだと物にされてしまうのでは。

少し恐怖を感じたオレは、もうこれしかないという最低の条件を出した。

「…………人間に転生できる世界ってありますか」

もうここで司ってません、なんて返されたら死ぬしかない。死んでるけど。

「ありますけど……その少々問題があって」
「あるんですか!?」
断られすぎて諦めかけていたオレに差し込んだ一条の光。
思わず立ち上がって、女神さまに詰め寄る。
「問題ってなんですか!?」
「そのう、私が司っている世界ではなくて、全女神共通で使用できる転生先なので、特別な能力とかが与えられなくて――」
「でも人間なんですよね!?」
この際、全女神とかいうよくわからないワードは無視しよう。
トランプやら草やら水やら石ではないのなら、絶対にこの世界を逃してはいけない。
「特別な力はもらえなくても、能力アップとかはできるんですよね!?」
「ええ。学習すれば知力が、鍛えれば筋力も上がりますが――」
「なるほど、行動によってパラメータの上昇は可能と…女の子は!? ハーレムは作れますか!?」
「ええ。外見や対応の仕方、相手の好みなどによっても変わりますが、状況によってはお望みのハーレムも不可能ではな――」
「女の子攻略できるじゃないですか!! その世界でお願いします!」
「でも、トランプの方がよくないですか? 柄も自由に選べ」
「よくないです」

隙を見せればトランプを推してくる女神にいつまでも付き合っていられない。人間になれる世界の話をようやく引っ張り出したのだ、逃がすものか。
早く早くと急かすオレに、女神さまは少しためらった後、立ち上がって何か呪文らしきものを唱え始めた。
両手をオレに向かってかざし、彼女が言葉を紡ぐたび、柔らかな光がオレの足元から溢れ出す。ここに来てから一番ファンタジーっぽい特殊効果に、不思議とワクワクしてしまう。
ここから、オレの新しい物語が始まるのだ。
興奮するなという方が難しいだろう。


「どうか、お幸せに。私は送り出すことしかできませんが、貴方の幸せを誰よりも願っています」


裏を感じさせない真っすぐな言葉。
思えば、突拍子もない異世界転生先を提案してきた時も、彼女はずっと真摯に対応してくれていた。受け入れるかはともかく、オレのためを思っての言動ばかりだった。
「…ありがとうございます」
小さく、お礼を伝えて、何だか照れ臭くなって、オレは話題を変えることにした。

「あ、そういえば、オレが転生するゲーム世界は名前とかあるんですか?」
「名前?」
「もしあるならせっかくだし、知っておきたいなーって」
足元からの光は黄色や赤が混ざりだして、ますます眩くなる。おそらく異世界転生が完了するまであとわずかだろう。
「いえ、ゲーム世界ではないのですが…名前はあります」
「へえ、ゲーム世界じゃないんだ。どんな名前なんですか」
どうせなら思いっきりファンタジーに浸れるような名前がいい。
神の名前が付いているとか――。


「地球です」
「は?」


次の瞬間、光が全身を包み込み、全てが無へと消えていった。
オレが語れるのは、ここまでである。






とある男を見送り、自身の髪をくるくると指で弄びながら女神さまは軽くため息をついた。一仕事終わった安堵とこの後への不安とそんなものが交じり合った息である。

彼女の左の眼には庭園ではなく、どこか都会の夜の風景が見えたままになっていた。
闇の世界とはいえない様々な建物から零れる光、電飾、ネオンサイン。けたたましく鳴り響くサイレンの音と多くの人の叫び声。地上ではほとんどの車が動きを止め、通行人も立ち止まり手に持った何かを必死にどこかへ向けていた。
その真上、静寂が満ちるオフィスビルの屋上で、そんな騒ぎなど素知らぬ顔で使い古された一足の革靴が残されている。その横にはベルトがぼろぼろになった通勤用のカバンと直前まで触っていたスマートフォン。懐かしくなって隙間時間にやっていたトランプのアプリゲームは、思いを断ち切るように削除していた。


女神さまはずっと見えていたし、あるのかどうかわからない心をずっと痛めていた。
神だなんて言っても結局賽を投げるだけで、出目がどうなるかは終わりまでわからない。
ぶつかって結果は簡単に変わるし、突然風が吹くこともある。
見守るしかない状況で、それでも幸せになって欲しいと願い続ける。
ただ、それだけ。

「どうか、次の生は彼にとって良きものになりますように」

女神さまの呟きは庭園の彼方に吸い込まれて消えた。
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