水色と恋

和栗

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彼とは相変わらずだった。
倉庫で昼食をとり、放課後は別々。時折部活が休みになると一緒に帰る程度。
騒がしさから抜け出したいときはそっと僕のところへくるし、僕も教室が煩わしければ1人こっそり抜け出す。
あの行為はあれ以来一度もしていない。
あれ以来、僕には小さな変化があった。
自室で自慰行為をするとき、時折彼の熱っぽい瞳と柔らかい唇を思い出すようになった。
無知な自分に突然現れた快楽の象徴だから、ある意味仕方ないことなのだと言い聞かせた。
その後、特にその話題を持ち出すこともないし、彼も持ち出さないので、黙って時が解決するのを待った。
高校を卒業して大学へ入学すれば、きっとそれなりに女性と付き合うことになり、結婚とまではいかないかもしれないが男女の関係が増えれば、笑い話として思い出す程度になるのだろう。
そんなことを思って過ごしていたある日、少しだけざわつくことがあった。

「成瀬くん、好きな人がいるんだって」

そんな話が、隣の席に座る女子たちから聞こえてきた。素知らぬふりをして読書を進める。
「告白した子が、断る理由を教えて欲しいって聞いたんだって。そしたら、今までだったら部活に集中してるからって答えだったんだけど、この前は好きな人がいるから、だったんだって」
「えー、口実じゃなくて?」
「だっていきなり、好きな人ができたからだよ?口実に思えないよ。成瀬くんて真面目だから嘘つかないだろうし・・・水出くん、何か知ってる?」
突然話を振られて、驚いて顔を見つめてしまう。女子も少し驚いたようで、一気に静かになった。
「ごめん、聞いてなかった・・・何?」
「あ、成瀬くんと、最近仲良いよね。成瀬くんに好きな人がいるって噂が流れてて、何か知ってるかなって」
「さぁ、仲良くはないよ。ほとんど接点ないし」
会話を遮断すると、女子は気まずそうに視線を外した。
知るわけがない。そんな話したことないし。
そもそも知っていたとしても言わないだろう。人の気持ちと想いを、なぜ僕が話さなければならないのか。本に視線を戻して集中する。
周りの声がうるさかった。


*****************


「真喜雄くん、好きな人とご飯食べないの?」
昼食をとりながら問うと、真喜雄くんは一瞬驚いた顔をした。驚いたと言っても、目を少し見開いただけだけど。
そういえばあの日以来、もう1つ変わったことがあった。
彼が僕の隣に座り、食事をするようになった。前は少し距離を開けて正面に座っていたのだけど。
今は拳1つ分空けて隣に腰を下ろしている。
「なんの話だ?」
「噂が流れてるみたいだよ。君に告白した女の子が振られた理由が、好きな人がいるからって理由だったって」
「あぁ、噂ってすぐ広がるんだな」
「そうだね。面倒だ。僕まで巻き込まれた」
つい毒を吐くと、真喜雄くんは箸でつまんでいたシュウマイにかぶりついた。あっ、と声を上げたが遅かった。
「おれが人を好きになるのっておかしいか?」
「おかしくないけど、君は僕がシュウマイ好きだと知ってて今、食べたろ?それはおかしな話だ」
「知らなかった」
「嘘つきめ」
「で、巻き込まれたってどんな風に」
「読書を邪魔された。隣の女子に。僕が君と仲がいいから何か知ってないかと聞いてきた」
「それは迷惑だな。ごめん。巻き込んだ」
「いいよ別に。仲良いわけじゃないって会話終わらせたから」
真喜雄くんの動きが止まり、くるっと首が回った。じっと僕を見る。
「・・・おれは仲良いと思ってた」
少し寂しげな声色で言われて、心臓がむず痒くなった。
黒い瞳に見つめられると、彼を傷つけてはいけないと思ってしまう。
「面倒に巻き込まれたくないから、そう言っただけだよ。否定しておかないとまた聞かれるから」
「・・・」
「・・・な、何?なんでそんなしょぼくれるの」
少し眉が下がった彼を見て、慌ててしまう。
思わず頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でてしまった。
「ごめん、その、そこまで落ち込むとは思わなかったよ」
「・・・透吾って、よく見てるよな」
「え?」
「おれ、よく、表情がないって言われる。確かに自分でもそう思う。でも透吾は気づいてくれるから、人をよく見ているんだなと思った」
確かに、彼は表情豊かではない。笑顔だって毎回見るわけじゃないし、怒ってる姿も泣いてる姿も見たことがない。でも喜んでいるのだろうとか、嬉しいのだろうとか、悲しいのだろうとか、そのくらいだったら小さな変化で読み取ることができる。これは一緒にいることになって気づいたことだけど。
「君といるのは楽しいよ。うるさくないし、騒がしくない」
「ならよかった。おれも透吾といると楽しい。無理しなくていいから」
それは、普段無理をしているということなのだろうか。
聞くことができず、お弁当箱を片す。
「なぁ」
「うん?」
「水出透吾って、綺麗な名前だよな」
「・・・ありがとう。成瀬真喜雄もかっこいいよ」
「画数多くて面倒臭い」
「いい名前もらったんだから、文句言わないほうがいいよ」
「・・・透吾のこと、知らない人が多くて、探すの苦労した」
ポツリと呟かれた言葉が引っかかった。探すって、わざわざ僕を探したのか?
今のクラスになる前から?ということは、1年の時から探していたのか?
なぜ探す必要があったのだろうか。僕はここ最近になってようやく、彼と話したというのに。
流石に尋ねようとしたが、顔を見たときはもう目を閉じていた。昼寝をするようだ。
まっすぐ伸びた鼻筋に少し厚い唇。太くて長い指には大きな爪。少し、割れていた。
謎ばかりの彼との学校生活。彼は一体何を考えているのだろうか。











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