水色と恋

和栗

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弱虫

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なんかおかしいな、と思った。
少し離れた席にいる真喜雄を見る。何度か深く呼吸をしていた。
黒板を睨みつけるように見つめ、また深く息を吐いた。足元は小さく揺れている。どうしたんだろう?忙しない。口元を押さえて俯いた。授業の終わりの鐘が鳴る。仲間たちが群がった。真喜雄がこちらを見て目があった。顔が青い。立ち上がろうとした時、真喜雄が立ち上がって早足に教室から飛び出した。
慌てて追いかけると、真喜雄は角を曲がり、人気のないトイレに駆け込んだ。ドアを開けると、流しで吐いていた。やっぱり。
「げほっ、ゔっ・・・!とぉご、見ないで、」
「見てないよ。見てるのは真喜雄のことだけだ。吐いて。我慢したらもっと辛くなる」
「きょ、しあい、」
「だめだ。練習試合なんでしょ?だったら早退して明日に、」
「出ないとダメなんだ!今日は絶対に、出ないとダメなんだよ!」
突然叫ばれて手を離し、一歩下がる。こんなに感情的な姿を見たのは初めてだった。真喜雄は僕を睨みつけて、肩で息を繰り返し、また咳き込んだ。
「でな、いと・・・だって、・・・!今日は、・・・!」
「・・・ごめん・・・」
「謝るなよ!何も悪くないのに・・・!あっちに行ってくれ!」
「・・・真喜雄・・・僕は、・・・」
それ以上何も言えなくて、トイレから飛び出す。拒絶されるなんて思わなかった。助けを求めているのだと、勘違いしてしまった。付き合っているからと、調子に乗ってしまったことが恥ずかしかった。教室に戻ると、数人のクラスメイトに声をかけられたけど、知らないと言うしかなかった。
試合に出たいのは分かる。今日はやっと、去年破れた高校と試合ができると言っていた。でも、あんな体で動いて大丈夫なのだろうか。
僕は、心配する立場にあるのだろうか。
真喜雄を怒らせ、拒絶されたことが悲しくて、ショックだった。
胸が痛い。
真喜雄は戻ってこなかった。
最後の授業の終わりに涼しい顔をして戻って来て、僕の方も見ずにカバンを持って出て行った。ズキズキ、ギシギシと胸が痛む。
図書室で復習をしながらグラウンドを見た。真喜雄はもちろん、試合に出ていた。倒れないか心配だった。手が止まる。カバンの中に荷物を突っ込んで、早足に学校から立ち去った。
なぜ人を好きになっただけでこんな気持ちになるのだろう。
どうしてこんなに苦しくて、辛いのだろう。こんな気持ちになるなら、好きになんてなりたくなかった。1人でいたいと思った。そう思ったことも、寂しくて、悲しくて、どうしようもなかった。
家に帰り、カバンを投げてベッドに倒れこむ。鼻の奥がツンとした。


***************


「透吾、ねぇ、透吾起きて」
目を開けると、母さんが不安そうな顔をしていた。起き上がると、そわそわしながら窓を指差す。
「さっきから、うちの周りウロウロしてる人がいるのよ・・・」
「・・・んー、見てくるよ」
服を着替えて外に出る。
どこにいるんだろ。まぁ、見つけたとしても僕には何もできないけど。
てくてくと家の周りを歩いて門のとこに戻ると、フードを被った人が立っていた。少し驚いて固まってしまう。
「・・・透吾・・」
震えた声だった。真喜雄だった。フードを外し、目をせわしなく泳がせて唇を噛むと、近づいて来た。一歩後ろに下がると、傷ついた顔をした。そんな顔をさせたことが悲しくて、あ、と小さく声を漏らす。
「・・・透吾、ごめんな・・・ごめん・・・ごめ、」
「ちっとも、悪くないよ。悪いのは僕だから・・・」
「違う。心配してくれたのに、おれが、」
「早く家に、帰った方がいいよ。・・・・・・成瀬くん、」
名前が呼べなくて、呼んでもいいのか迷ってしまって、つい、苗字で呼んでしまった。
真喜雄は目を見開いて固まった。喉が震えたのが見えた時、勢いよく俯いて、そのまま背中を向けて走って行った。足が動かなかった。じっとりとした汗だけが背中に流れて止まらなかった。
家の中に戻ると、どうしたのと聞かれたが、もう大丈夫としか答えられず、また部屋に入りベッドへ潜り込んだ。
もう、ダメだ。せっかく好きになったのに、好きになってくれたのに、壊してしまった。
呼吸をすることも辛くて、体が動かなくなった。しばらくして、気を失ったように目を閉じてしまった。


*****************


「う・・・え?」
起き上がると、なぜか夕日が見えた。
携帯を見ると、翌日の夕方だった。何件かの着信もある。ワープしたみたいだ。服は着替えてあり、シャツは汗びっしょりだ。
熱を測ってみると、結構高かった。風邪をひいたようだった。もう一度寝転んで天井を見上げる。喉がゼーゼーとうるさかった。もう一度眠ろうとした時、携帯が震えた。電話だった。見てみると、真喜雄の名前があった。少し迷い、恐る恐る通話ボタンを押す。声をかけると、鼻をすする音が聞こえた。
「・・・あの、」
『・・・透吾?』
「・・・はい」
『・・・体調、大丈夫か?』
「・・・うん、そこそこ・・」
答えると、長い沈黙が続いた。言葉が出てこなくて唇を噛む。彼がどう思っているのか、感じているのかがわからない。何か言わなければと口を開いた時、か細く声が聞こえた。
『・・・・・・他人に、なりたくない・・・』
ぎゅーっと、胸が苦しくなった。彼はいつも真っ直ぐで、真面目で、かっこいい。
僕は少し拒絶されただけで逃げてしまう弱虫だ。
昨日うちに来たのだって、きっとすごく勇気がいっただろう。今だってそうなはずだ。傷つけたし、傷ついたのに、こうして距離を縮めようとしてくれる。弱虫なこんな僕を求めてくれて、距離がどんどん開いてしまう前に繋ぎとめようとしてくれる。それなのに、僕はどうして逃げたのだろう。彼は、きっと憤りを感じていただけなのだ。大事な練習試合の日に体調を崩したこと、それを僕に当たったこと、自分から遠ざけたこと。拒絶ではないのだ。心を許してくれている証拠なのだ。僕はそんなことも気づけず、彼を拒否して、傷ついた自分が可哀想だと自己酔狂していた。
なんて恥ずかしいことだ。
「・・・君に会いたい」
『と、』
「会って抱きしめたい。謝りたい。君が好きだ」
息を呑む音がした。呼吸が震えている。携帯を耳に当てたまま汗を拭き、着替えて外に飛び出すと、門の前に真喜雄がいた。目を大きく開いて口をぽかんと開けていた。
「真喜雄、」
「・・・ウザいと、思ったんだけど、どうしても、これ・・・」
差し出されたビニールの中には、スポーツドリンクや氷嚢が入っていた。乱暴に腕を引っ張り玄関へ引きずり込んで、力一杯抱きしめた。真喜雄の深いため息が耳元で聞こえ、腰に手を回された。
「真喜雄、ごめん。僕は弱虫だ。殴ってくれていい」
「八つ当たりしてごめん。本当にごめん」
「八つ当たりなんかじゃない。あれは、僕に気を許してくれてる証拠だ」
「違う、ただの、」
「違うはずない。僕はちゃんと、それに気づくことができないで、君に・・・ごめん・・・」
「透吾、体が熱い。熱、下がらないのか?」
「うん・・・」
「分かった。とりあえず部屋行こう。どこ?」
ぐんっと抱きかかえられた。驚いて慌てて首に腕を回す。
「な、なんで横抱きなんだっ、」
「あ、ごめん。顔見たくて・・・。部屋、どこ?」
顔色のいい真喜雄が見られて、安心したけど、これは恥ずかしい。顔を伏せて指をさしながら部屋へ案内すると、僕をカーペットの上に座らせ、テキパキと行動した。落ちた部屋着を集め、新しい着替えをタンスから出して渡してくれる。窓を開けて何度か布団を叩いて綺麗に整えると、ガサガサと別の袋を漁った。出てきたのは塩むすびとスポーツドリンク。しかもそれを紙皿と紙コップで出してくれた。
「食って」
「・・・慣れてるね」
「洗面所どこ?」
「階段降りて、正面の扉」
借りる、と小さく言って部屋から出て行った。おにぎりを口に入れると、しょっぱくて美味しかった。それにしてもずいぶん大きなおにぎりだな。コンビニのじゃないのかな。
2つ平らげてお茶を飲む。喉が渇いていたことに気づきペットボトルで直接飲んでいると、真喜雄が氷嚢を2つ持って戻ってきた。
「食った?」
「ありがとう。大きなおにぎりだったね」
「一回家帰って、握ってきた」
「え、すごいね。というか、部活は?」
「・・・昨日、試合でバテて、体調悪かったのバレて、怒られて、今日は出禁になった」
思わず笑ってしまう。少しだけ唇を突き出すと、袋からさらに冷却シートを取り出して額に貼り付けた。冷たくて気持ちいい。目を細めると、ぱっと視線をそらされた。
「・・・昨日、我慢してたんだけど、・・・透吾の顔見たら、気が緩んで、吐いちゃって、それで、八つ当たりして、・・・すごく驚いた顔してて、なんか、余計、苦しくなった・・・。怖がらせてごめん。しかも、風邪移したよな、おれ」
「我慢なんかしたらダメだよ。風邪は季節の変わり目だからだ。僕、弱いんだ」
「・・・家も、だいたいこの辺りって聞いてたから、探して・・・おれ気持ち悪いなって思ったんだけど、」
「僕が真喜雄の立場なら同じことしてる」
「・・・嫌われたんだと思って、」
「嫌いになんてなれない。好きになりすぎて、逆に嫌いになる方法を知りたいくらいだ」
自分でも驚くほどクサイ台詞だった。手を強く握り、真喜雄は照れくさそうに笑う。
「よかった、あはは。でも、嫌いになる方法は、知らないままでいてほしいな」
「大丈夫、そんな方法ないから」
2人で笑う。安心した。本当に、安心した。
この世の終わりだと言わんばかりに傷ついていたのに、今は幸福に感じる。真喜雄には頭が上がらない。こんなに素直な気持ちでいられるのだ。
「真喜雄は、風邪だったの?」
「多分。あの後教室帰りたくなくて、保健室で寝てたんだ」
「そうなんだ。よかった。心配してたんだ」
「・・・嫌われたかなって不安になって、透吾の顔、見ないで部室に行ったんだけど・・・図書室の灯りがついてるの、なんとなく気づいて、透吾がいたりしてって思ってたら、本当にいたから、びっくりしたけど、嬉しかった。謝んなきゃって思った」
「うん、僕も、気持ち悪いかなって思いながら我慢できなくて、こっそり見てたんだ。気づいてたんだね」
「・・・ありがとう」
ふにゃりと笑った。釣られて笑う。真喜雄はカバンからノートを出すと、使ってくれと言ってテーブルに乗せた。お礼を言って受け取ると、そろそろ帰ると、名残惜しそうに言った。見送ろうとするとやんわりと制され、代わりに、唇を押し付けられた。
「真喜雄、風邪が移る」
「おれめちゃくちゃ元気だから、吹き飛ばせるよ。だから貰っていく」
もう一度がぶりと噛み付かれた。抱き上げられ、ベッドに降ろされる。布団を肩まで被せると、またな、と呟いて部屋から出て行った。気持ちが軽くて、眠るのも億劫ではない。真喜雄の雰囲気が残る部屋は明るく見えた。明日は学校に行けるだろうか。早く治して、学校に行きたいと思った。こんなこと、生まれて初めて思った。








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