水色と恋

和栗

文字の大きさ
上 下
45 / 114

よろしくね

しおりを挟む



年が明けてからたくさん遊んだ。
もちろん自主練に付き合ったし、勉強もした。
学校が始まって、なぜかまた席替えがあった。気分転換、とのことだったけど、いちいち移動するのが面倒すぎてうんざりだった。
ごそごそとボックスを漁り紙を引っ張り出す。
真喜雄が遠くからじっと見ているのが分かって、交換なんかしたらまた怒るだようなと思い、そのまま席についてめくる。
25番。窓際から数えて2列目の一番後ろ。荷造りをして移動すると、隣は田所くんだった。パッと顔を明るくする。
「やったぁ、水出の隣だ。ラッキー」
「え、なんで?」
「頭いいから!」
歯を見せて笑う。田所くんは前よりもこうして笑うようになった気がする。
なんか、吹っ切れたような印象。
頭は良くないよ、と答えようとした時、田所くんの机にエナメルバッグが置かれた。少し汚れたアヒルのぬいぐるみがついている。顔を上げると、真喜雄がじーっと田所くんを見つめていた。
「え?何?成瀬おれの前だろ」
「・・・ここがいい」
「はぁ?やだよ。なんだよ、お前も水出に頼るつもりだな。そうはさせるか」
「・・・ここがいい」
「やなこった」
「・・・ここがいい」
「お前は壊れたラジカセか。はい、前に座んなさい」
「・・・ん」
しばし沈黙。他のサッカー部員が静かに見守る中、真喜雄がカバンから出して差し出したのは、大好物のクリームパンだった。驚いた顔の田所くん。クリームパンという可愛らしい食べ物を差し出す行為は、そんなに大げさに驚くことなんだろうか。
僕はもう知らんぷりして机に教科書を押し込んだ。
「・・・半分やるから、替えて」
「半分かよ!」
つい吹き出すと、教室中が賑やかになった。
本人は至って真剣なので余計に笑えてくる。
田所くんはため息をついて、しょうがねぇな、と言いながらクリームパンを奪い取り、荷物を前の机に移動させる。
満足げに腰かけ、顔には出ていないけどうきうきと教科書を机に押し込む真喜雄が可愛かった。
ホームルームが終わり、授業が始まる。
つんつんと肩を突かれて隣を見ると、ここが分からん、とボソリと言われた。答えようとすると田所くんもノートを持って振り返る。
「おれも分かんない」
「えーっと」
「今おれが聞いてる」
「同じとこなんだから一緒に聞かせろよ」
「田所、頭いいんだから自分で頑張れ」
「よくねぇよ。だから分かんねぇって言ってんの」
「・・・チッ」
「だぁ!?おま、舌打ちしたな!?」
「田所うるせぇ」
「お前もうるっせぇよ!舌打ちしやがって、」
「2人ともうるせーよ」
2人の横に先生が立った。あ、サッカー部の、顧問・・・。
そう思った時、2人の頭の上に教科書が叩き落とされた。頭を抑えて身悶えしている2人の襟首をつかみ、そのまま外に放り出した。
「すまんな、水出」
「いえ・・・」
短く答えて授業に戻る。数人の生徒がクスクス笑っていた。
ドアにある磨りガラスごしに、真喜雄と田所くんが言い合っている姿が見える。先生が無言で近づき勢いよくドアを開け、もう一発ずつ頭にお見舞いして戻ってきた。廊下は静かになった。


***************


「あんな真喜雄初めて見たよ」
はい、と卵焼きを差し出すと、ぱくりと口に入れた。
結局あの時の授業はずっと外に立たされていて、戻ってこなかった。
次の授業は戻っていたけど、古文だったので真喜雄も田所くんも爆睡していた。
体育倉庫は寒くてたまらなかったので、美術室で昼食をとるようにした。パンを食べ終えると椅子を合体させて寝転がり、僕の膝に頭をのせる。
甘えるように腰に抱きついて、ぐりぐりと鼻先をお腹に押し付けた。
「んー。いい匂いする・・・」
「寝たらダメだよ。次体育だから」
「んん・・・ふふ、」
耳たぶを触ると、首をすぼめた。
可愛いのでしつこく触る。嫌がるそぶりは見せず、体をよじらせた。
「結構立たされることあった?」
「ん・・・1年の時2回くらい・・・。そういえば、さっき良人も廊下に立ってたな」
「・・・勘解由小路くんだっけ?なんで?」
「居眠りしてて、でかい声で寝言言って怒られたって言ってた」
「・・・結構サッカー部って、やんちゃな人多いの?」
「ん・・・1個上の先輩がなかなか酷かったな・・・いじめとかはしないけどいたずらが好きでさ。顧問が落とし穴にはまったこともあるし」
「え。あの先生にいたずらするの?すごい度胸だね」
「すげー怒られてたよ。みんな坊主頭にされてたし。でもそれも楽しんでたよ。部内の練習試合でゼッケン交換してポジションめちゃくちゃにしたり。ほら、みんな坊主だから分かんないだろ。おれと良人も混乱したよ」
声を出して笑ってしまう。色々思い出したのか、真喜雄も大笑いした。
なるほど、そんなのと比べたら真喜雄たちなんて可愛い方だ。
「真喜雄は坊主にしたことある?」
「一回だけ。兄貴と姉貴にしこたま怒られて、断髪式した。嫌でたまらなかったな。母さんは可愛いって言ってくれたけどさ。透吾は?」
「ないかな。あ、でもロングヘアーにしたやつはあるよ。僕が切りたがらなくて伸ばしに伸ばしたらしい」
「へぇー。見てみたい」
顔を見合わせて笑う。
もしかしたら今が一番穏やかな時間かもしれない。
春になればまた大会が始まって、最終学年になった真喜雄はもっと忙しくなる。僕も受験のために塾に通うだろう。
額を撫でると、目を細めた。
「今日の部活、おれと田所だけ30分多くランニングするんだ」
「大変だ。頑張ってね。僕は帰るけど」
「透吾も走ろう」
「絶対無理」
また笑う。
予鈴がなってしまった。慌てて美術室から飛び出して廊下を走る。
真喜雄はケロっとしてたけど、僕は息が切れて苦しかった。
おれの勝ち、と言われたけど、次の体育は恒例になっている僕と真喜雄の徒競走があるはずだ。絶対に勝ってやる。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

はなかんむり

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:19

18禁BL/ML短編集

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:45

いちゃらぶ③(日常の一コマ)

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

花嫁に憧れて〜王宮御用達の指〜

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:17

声が聞きたくてたまらない(完結)

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:7

迷い子の月下美人

BL / 連載中 24h.ポイント:3,393pt お気に入り:7,408

BL短編まとめ ①

BL / 完結 24h.ポイント:376pt お気に入り:963

処理中です...