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しおりを挟む「わた、これなぁに」
ビクッと肩が揺れる。
呼び捨て。しかも、わた呼び。
怒られる確率は100%。
恐る恐る振り返ると、紙を持っていた。
ピンクの文字で「何でもしてあげる券」。ご丁寧にハート付き。
な、な、何これ。なんだこれ!!
手を伸ばすと取られないようにパッと避けられた。ニコッと笑って何してもらうの?と尋ねてくる。
「あ、いや、覚えがないんですが・・・」
「借りた鞄に入ってたよ」
「どれ?」
「白のボディバッグ」
反対の手に持っていた。
うーわー・・・セフレと会うときによく使ってたやつー・・・。
まだ残ってたんだ・・・よりによってそれを選んだのか・・・。
「何でも、ねー?ふぅん・・・」
「・・・捨てます」
「してもらっておいで?」
「いやいやいやいや。なんで?!」
「どーぞ」
バッグと券を押し付けて、涼くんは部屋から出て行こうとする。
慌てて放り投げて抱きついて阻止して、肩を掴んで無理やり向き直る。
「あんなの初めて見た!いつの間にか入れられてたんだよ!」
「いつ?」
「え!?し、知らない!」
「セフレさん?」
「た、たぶん・・・」
「おれ、別にセフレがいたことは怒ってないし、結構どうでもいいんだけどさ」
「あ、は、はい」
「こーゆーズボラで詰めが甘いところ?無神経だなって思うよ」
ニコニコと笑顔のままお説教が始まった。
前みたいに我慢して飲み込むより全然いいし、なんならヤキモチ妬いて嫉妬心丸出しなのがとんでもなく愛おしいし、嬉しくてたまらないんだけど・・・。
怒りに変換されると結構なだめるのが大変なんだよなぁ・・・。
「めんどくせーって思ってるのはよーく伝わってるよ?」
「お、思ってません」
「面倒臭くさせたの誰だろ?」
「思ってないけどおれです」
「だね」
「バッグごと捨てます」
「今まで大事に取ってあったんだから、自分で使えば?おれはおれのを自分で買うから」
「え!!」
「は?何?ダメ?」
うわ、こっわ・・・。
おれの手を解いて、部屋から出て行ってしまう。
追いかけようとすると、こないでね?と笑顔で拒否された。
あーあ・・・。ちゃんと確認するんだったなぁ・・・。
前に使ったショルダーバッグはニコニコして使ってたから、それは何も入ってなかったのだろう。
バッグと券をゴミ箱に捨てると、涼くんがキッチンに顔を出した。
「じゃあ行ってきます」
「へ?」
「バッグ買いに行ってきます」
「待って待って待って待って!!待った!!おれとのデートは!?」
「しません」
「さ、誘ってくれたの涼くんじゃん!」
「そうだっけ?じゃあ、無しで」
「はぁ!?ドタキャン!?さっきのは誤解!取っておいたわけじゃなくて、」
「だから!」
遮られて息を呑む。
涼くんはくしゃくしゃっと顔を歪めると、だから無神経なんだよ、と小さく言って背を向けた。
今の表情は、結構、ずしっとくるものがあって。
引き留めようとしたけどできなくなって。
静かに閉まるドアを見つめることしかできなかった。
出かける用意はできていたけど、追いかける権利なんてない気がしてダイニングチェアに腰掛ける。
無神経、かぁ・・・。そうだよね・・・。
片付けもせずにセフレと会う時に使っていたバッグを取っておいたのも、それを使っていいよと勧めたことも、全部無神経だ。
すっかり忘れていたとはいえ・・・おれが同じことされたらもっと怒ってるし、悲しかったと思う。
涼くんはあれを見た瞬間、どんな気持ちだったんだろう。
考えたところで本人がいないから、確認のしようもないのだけど。
******************************
「ただいま」
「あ、おかえり・・・」
中々帰ってこなくて、夕飯の支度をしていたら帰ってきた。
涼くんは挨拶をしてからすぐに自分の部屋に引っ込んでしまった。ドアを叩いてご飯できたよと声をかけると、驚いた顔がドアを開けた。
「ご飯、おれのもあるの?」
「え?あ、あるよ?何で?」
「・・・ふーん、ありがとう」
「食べてきたの?」
「ううん。今買いに行こうと思ってた」
「・・・涼くんだって作ってくれるでしょ。だからおれも作るよ。一緒に食べたいんだから」
「・・・酷いこと言ったのに、作ってくれてありがとう」
「酷いことしたのはおれだから、謝らないで。・・・ごめんね」
「・・・やだ」
ん!?
まさかの拒否!?
今のってお互いに謝って仲直りの流れじゃ・・・!!
「やっぱり、無神経だと、思う」
「あ、う、うん、」
「やっと自信が持ててきて、そんな時にあんなのが出てきたら、自信無くす」
「え?」
「和多流くんと関係を持ちたい人は沢山いて、和多流くんに好意を持っている人が沢山いるんだって見せつけられて、きっと可愛い人やかっこいい人がたくさんいたのにおれなんか選んで・・・何でだろうって、思ってしまうから・・・」
「お、おれなんかって言わないって、」
「和多流くんにとっては何でもない事かもしれないけど、それがすごく嫌なんだよ。おれのことが好きって言うなら、言ってくれるなら、おれが気にしたり傷つくこと、理解してよっ。自信持てって言うなら、無くさせるようなこと、しないでよっ」
声が震えていた。
正直、そんなに怒ることなのかと思ってしまった自分が情けなかった。
涼くんにとって過去の人間がチラつくことは、大問題なのだろう。結構嫉妬もしてくれるし、嬉しいなって思っていたけど・・・。
それって涼くんの表面しか見てないって事だよね。
涼くんはいろんなことを考えて、いろんな思いや感情を抱いて、それを小さく小さくして心の奥底に沈めて蓋をする癖がある。
それを開けるのに随分と時間がかかったのに、また閉じさせようとしているんだ、おれは。
細い肩をそっと掴んで顔を覗き込むと、少し驚いた顔をされた。
「話そう。ちゃんと、話し合お?」
「・・・」
「全部教えて。全部答えるから」
「・・・嘘だ」
「話すよ。大事な人には、ちゃんと話したい」
「・・・大事なんて、嘘だぁ・・・!!」
「・・・どうしたの?何でそんなこと言うの。大事だよ。世界で1番大事だよ!」
無理やり抱きしめて、そのままリビングへ向かう。ソファに座らせてさらに抱きしめると、本当に大事?と聞かれた。何度も大事だと答えて、背中を撫でた。
落ち着いてきた涼くんはそっと離れると、俯いたまま耳まで赤く染めて小さく小さく、ごめんね、とつぶやいた。
「ううん。なにも悪いことなんてしてないよ。おれが無神経だった。ごめんね。本当に、ごめんなさい」
「・・・ちょこちょこ、色んなもの、出てくるから・・・未練とか、あるのかなって、」
「まったくない。・・・涼くんと付き合うことになって、浮かれて・・・片付けとか追いついてないかも・・・ちゃんと片します」
「・・・そうなの?」
「そりゃ、そうでしょ。涼くんと過ごす時間の方が大事で・・・ていうか、必死だったから」
「必死?」
「やっとおれを見てくれて、やっと付き合えたんだもん。何年経っても必死だと思う。愛想尽かされないように」
「・・・シロさんが言ってた。前に・・・相談した時、多分目の前のことに必死なんだって」
そ、相談・・・??何を相談したの?
聞きたいけど聞けず、少しもやっとしたけど今は置いておこう。
「おれに集中してるから、他のことがおざなりになっちゃってるのかもって。・・・おれに集中してくれるなら、お願いだから、もう、片付け、最後までして欲しい・・・」
「ご、ごめ、」
顔が上がる。
悲しそうな瞳に息を呑んだ。
胸が苦しいのに、すごく綺麗で目が離せない。
この瞳を見られるのはおれだけなんだろうと、優越感に浸るくらい綺麗だった。
「おれは、自分のこと可愛いなんて思えない」
「おれが思ってればいい」
「じゃあ、」
「涼くんはおれだけのものだから、おれだけが思って感じて知っていればいい。誰にも譲らない」
「・・・お、おれから、少しの自信、奪わないで、」
「傷つけてごめんなさい。ちゃんと話してくれて嬉しかった。安心した。もう奪わないから・・・約束するから・・・奪い切れないくらいの自信を持ってください。おれに愛されてるって、胸を張っていてください。ここに全部、込めたんだよ」
左手をとって、薬指に光る指輪にキスをする。喧嘩したのにつけてくれてるんだね。嬉しいよ。
「大好きだよ」
「・・・うん、」
「ご飯、食べてくれる?」
「・・・ん、」
「よかった。・・・おかえりのキスしたいよ」
小さな顎を指先で支えてキスをする。
涼くんは少しだけ目を伏せて小さく息を吐いた。
**************************
「バッグ買わなかったの?」
「買うわけないじゃん。あんな気持ちで選んでも楽しくないもん」
「そうだよね・・・。じゃあ、片付け終わったらデートしよ。買い物行こ」
翌朝から寝室のクローゼットやら天袋をくまなくチェックして、片付けをした。
大したものは出てこず、不要なものを捨てるだけで終わった。
涼くんはおれのオシャレ着をチェックしながら、また綺麗にハンガーにかけてしまってくれた。
「別に、すごく欲しいわけじゃないから・・・」
「そう?じゃあブラブラしに行こうよ」
「・・・」
「・・・気分じゃない?」
「・・・ちょっと、待ってて」
小さく言って、涼くんは寝室から出て行った。
しばらく経っても戻ってこなくて、一通り片付けを終えて涼くんの部屋のドアをノックすると、ぴょこ、と顔を出した。
「デート、気分じゃなければ家でのんびりする?」
「・・・はい」
いきなり差し出された。手の中に収まっていたのは紙。受け取って見てみると、「何でもしてあげる券」と綺麗な字で書かれていた。
「・・・へ、」
「エッチなことには使えませんから」
「・・・5枚、も、ある・・・」
「そーゆーの好きなんでしょ。だから取っておいたんでしょ、昨日のも」
「涼くん、何でもしてくれるの?本当に!?」
「聞いてる?」
「デートしたいです!!!1枚使わせてください!!!」
「え」
「有効期限はあるの?」
「ない、けど」
「キ、キスを、していただいても!?」
おはようのキスはかわされちゃったからね!!
この券があればしてもらえるんでしょ?!
はい、と2枚差し出すと、そっと受け取ってまたおれの手に握らせた。
あれ?と思ったら、両手で顔を包まれる。そのまま引き寄せられて唇が重なった。
何度も何度も、キスをしてくれた。
「きもち・・・涼くん・・・」
「・・・無駄遣いしたらダメだよ」
「でも、デートしたいよ。昨日できなかったし・・・」
「・・・なくてもしますけど」
「え!?」
「・・・別に、それは、冗談で渡しただけで、」
「え、冗談なの?使っちゃダメなの?」
「・・・」
「・・・涼くん?」
「・・・ほんとは捨てたあの券も、喜んで受け取ったんじゃないの」
「違うよ。入ってるのも知らなかったもん。待って待って?これ使えないの?ねぇ、教えて?」
食い下がると、使ってもいいけど、と煮え切らない返事。
じっと見つめていると、目を泳がせて小さく息をついた。
「次変なものが出てきたら、全身脱毛に行かせるからね」
「えっ!?いや、あの、嫌です!痛いの嫌いです!!」
「鼻の下と顎のラインはおれがやってあげるから」
「もー絶対出てきません!」
「・・・お、おれだけ、に、してくれるなら、いいよ。許してあげても」
「え?」
「・・・だから、おれだけ・・・を、その、うんと、」
顔が赤くなっていく。
可愛くて可愛くてたまらなくて、力一杯抱きしめる。
「涼くんだけしか好きじゃない!!」
「げうっ、ぐるじ、」
「おれの推し!!おれの全て!!大好き!!」
「ぐぅじ、い、!」
「愛してる!ほんと、大好き・・・おればっかり幸せでごめんなさい・・・」
涼くんにも幸せって思ってもらいたい。どうしたらいいんだろう。
「おれの全部を涼くんに渡したい」
「は?げほ、」
「幸せにしたい」
「・・・な、何言ってるの」
「あ、こ、これ使いたい。何でもしてあげる券。おれに時間をください。幸せにしたいから、喜んでほしいから、時間をください」
「・・・使わなくても、もう幸せですよ」
「えっ」
「ばーか!!早くデート連れてってよ!!準備遅いよ!!」
「う、うんっ!行こう、行こう!!」
「まったくもぉ!」
「仲直りデートしよ!ね!」
「仕方ないなぁ」
「えへへっ」
手を繋いで外に飛び出す。
むすっとしている割にはちゃんと指を絡めてくれる。こんなに嬉しいことはない。
どこに行こうかな。考えるのがすごく楽しい!
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