Evergreen

和栗

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もうサプライズはいらないと言われたので、素直にいうことを聞くことにした。
去年、スーツがよれてると気にしていたしね(ちっともよれてなかったけどさ)。
今年はどうしようかなーと思って過ごしていたけど、結局何もアクションを起こさないまま当日になり、おれは椅子に座り頬杖をついてキッチンに立つ涼くんを見ていた。
そういえば、来年は一緒に作ろうかと言われたっけ。
でもそんな雰囲気、ないな。
もしかして何もなかったりする?いやいや、涼くんのことだから絶対作ってくれる。はず。うん・・・。
「和多流くん、お茶飲む?」
「え?うん、飲む」
手元の包丁を見ながらおれのことを気にしてくれる。
一段落つくと冷蔵庫からピッチャーを取り出して、グラスに注いでくれた。
涼くんのお気に入りの麦茶。
一緒に暮らすまで麦茶なんてどれも同じと思っていたけど、これは少し違う。甘味が強めで香ばしいのだ。
「何作ってたの?」
「ん?夜ご飯のおかず。もう終わるよ」
ふーん。
チラッと手元を見る。キャベツの千切り。トンカツかな。
「どこか行きたい?」
「んー、家でまったりでいいかなぁ」
「そう?おれ、少し出てきてもいい?」
「行くっ!」
「え?一緒に行く?すぐ帰ってくるよ?」
「行くよっ」
だって、だって、バレンタインだもん!!
めちゃくちゃ期待してるもん!!
今すぐにでもほしい!でももしかしたら用意してないかもしれないし、これから買いに行くのかもしれないし、もしかしたらおれからのチョコを期待してるのかもしれないし!
しっかりと準備してますよ。
涼くんへのチョコレート。前に駅ビルで、タルトが美味しかったよって教えてくれたお店で買ったよ。バレンタイン限定のハート型のプチタルト、10個入り!!
しっかり鞄に詰めて外に出る。涼くんといつも商店街へ向かう道を歩き、変わり映えのない景色を見る。
ついたのはクマの店。
ぽかんとしていると、迷うことなく裏口へ周り自宅のインターホンを押した。そういえば、今日は定休日か。
上の方でドアの開く音がして顔を上げると、自宅のドアを開ける犬飼さんがいた。
階段を降りてくるとにこやかに挨拶して、厨房に続くドアを開けた。
「和多流くん、少し待っててね」
「え?うん、」
ドアが閉まる。ぼんやりと待っていると、クマが階段のところから顔を出した。
「やっほー」
「おー」
「手持ち無沙汰?」
「待っててって言われたから。なんか、甘い匂いするな」
「今クッキー焼いてたからね」
「あぁ、これ、クッキーの匂いか」
「バレンタインだからね」
なるほど。
クマも犬飼さんも料理ができるから、さぞかし楽しいバレンタインだろう。
おれなんてクッキーすら作ったことがない。
「おまたせ」
扉から顔を覗かせた涼くんの手には、白い箱があった。
クッキーでももらったのかな。
「ありがとうございました。また食べに来ますね」
「えぇ。また必要になったら連絡してください」
深々と犬飼さんに頭を下げて、おれの方を見た。
ニコニコ笑うと、行こう、と歩き出す。
「素敵な1日を」
犬飼さんがそう言って手を振った。
素敵な1日かぁ・・・。
このまま家に帰るだけ、だろうなぁ。
ニコニコして、涼くんは箱を見て歩く。
やっぱり何かもらったんだ。犬飼さんが作ったものに勝てるかな。手作りにはちょっと劣るかもしれないけど、でも涼くんが好きなお店のだし、大丈夫。だと思いたいな・・・。
はー、とため息をつくと、つんつんと腕を突かれた。
「和多流くん、大丈夫?やめとく?」
「え?」
「天気もいいし、暖かいから公園に行こうかと思ったんだけど」
「あ、公園?行く」
自販機で温かいお茶を買って、公園に入る。
お散歩デートも楽しいけど、こう・・・なんか、もっと、そのー・・・。
「あそこ座ろう」
「ん」
ベンチに腰掛けてぼーっと池を見る。
チラッと涼くんを見ると、箱を開けていた。
ニコニコしながらおれを見ると、箱を差し出した。
「はい、和多流くん」
「え?」
「バレンタインチョコ」
「・・・えぇっっ!!チョコ!?え!?」
「ちょっと頑張った」
中を見ると、チョコレートケーキだった。
甘い香り。それから少し、お酒の香り。
え、うそ、今?今だったの!?今なんだ!?
こんな、当たり前のように渡してくれるの!?
「な、何これ・・・!すごい・・・!作ったの!?」
「うん。えへへ。昨日残業って言ってお迎え断ったけど、実はお店の厨房を借りて作らせてもらったんだ。ブラウニー、焼いたの」
「えー!えぇー・・・!」
「しっとりさせたくて冷めるまで預かってもらってたんだ。内緒にしたくて」
「めちゃくちゃ嬉しい・・・!大変だったでしょ・・・?」
「失敗したくなくて、教わりながらやったからそこまでは・・・。た、食べてくれる?」
「もちろんだよ!?一緒に食べよう!?あ、切ってくれたの?食べていい?」
「フォークとかないけど・・・いい?」
「うん!いただきます!」
ずっしりと重たいブラウニーを口に運ぶ。
レーズンが入っていた。濃くてしっとりしてて、たまらなく美味しい。
味わっていると、ぺた、と体がくっついた。
「よかった」
「え?」
「今年、バレンタインだからって提案とかなかったし、もしかしたらいらないかなと思ったんだけど」
「いや、そんなことは絶対に、」
「思えばいつも和多流くんから提案してくれてて、おれが自主的に動くことって少なかったなーと思ってね?おれが作りたいものを作って渡そうって思ったんだ」
「・・・涼くんー・・・!幸せだよ・・・世界で一番美味しいブラウニーだよ・・・」
「よかった!去年の約束覚えてる?」
「ケーキを一緒に焼く、約束?」
「うん。ブラウニーも作れたことだし、自信がついたから来年こそは、2人でケーキ作ろうね」
「うん」
嬉しい。
約束、覚えててくれたんだ。
額に唇を押し付けると、照れたように笑う。
「あのさ、晩御飯って、もしかしてトンカツ?」
「え!?なんで分かったの!?冷蔵庫見た?」
「見てないけど・・・なんとなく」
「スーパーで買ったやつだけど・・・好きでしょ?」
「好き。千切りキャベツにソースかけて食べるのも好き」
「知ってるよ。だからたくさん切ったよ」
ぎゅーっと抱きしめてたくさんキスをする。
誰もいないし、いいよね!
ベタベタくっついて甘えまくって、ブラウニーを頬張る。
あー、永久保存したい・・・。とか言ったらまた怒られそうだから言わないでおく。
写真に収めて残りは家で食べることにした。
「あ、涼くんこれ・・・」
「ん?なにこれ」
「おれからのバレンタイン」
「・・・え!!これ、いいの!?」
「手作りじゃないんだけど・・・」
「嬉しいよ!ありがとう!あ、これおれの好きなところの・・・!タルトだ!後で一緒に食べよう?」
「うん」
「紅茶淹れて、ね」
「そうだね。うーん、コーヒーも捨てがたいなぁ」
「家着くまでに決めてね」
「悩む」
立ち上がると手を握ってくれた。前から人が歩いてくる。それでも離さなくて、堂々と歩いた。
公園を抜けるとくすくす笑いながら、ないと思ったでしょ、とおれを見た。
「え?チョコ?うん、ないと思った」
「そう思ってそうだなーって、ちょっと笑っちゃったよ。めちゃくちゃ顔に出るんだもん」
「だってさー、だって・・・去年大袈裟にしちゃったし」
「あれはあれで楽しかったよ。それに、ないわけないでしょ。好きな人に想いを伝える日なのに」
「・・・キュンとした」
「えー?ふふっ。可愛いね」
「好き」
「おれも、大好きだよ」
暖かく微笑んでくれるから、胸を鷲掴みにされる。
帰ったら一緒にタルトを食べて、涼くんの大好きな紅茶を飲んで、ソファでのんびりくっついて過ごそう。
それで、また、一緒にブラウニーを食べよう。素敵な1日だ。

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