難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

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2章

37-1

「おい、聞いたか。とんでもねぇ額の賞金掛けられた男がこの街にいるってよ」
「聞いた聞いた。何でもアトランティウムの第2王子が直々に出したモンらしいじゃねぇか……こりゃやるしか無いだろ」

 薄汚い路地裏で、そんな男たちの会話が聞こえる。

「どうしたアオ、疲れたか?」
 焦げ茶髪の麗人が足を止め、先程から顔色の冴えない俺を心配そうに見つめている。
「いや、大丈夫……なんでもないよ」
 心配をかけまいと、下がった眉をそのままにどうにか笑顔を作り込む。
「もうすぐ宿屋だ。悪いがそこまで辛抱してくれ」
「う、うん……」

「んで、どんな奴なんだ? そんな大金掛けられた奴なんてよォ」
「確か銀髪で目は紫、歳は20代、名前がアオで確か白いヒヨコを連れてるんだったか……っいてぇ」

 その台詞に動揺し、思わず足元の小石につまずいてしまう。「ドンッ」と勢いよく路地の真ん中で喋る大男達にぶつかり、こちらをギロッと睨まれてしまった。
「す、すいません……」
「あ? どこ見て歩いてんだクソガキ……」
「悪いな、これで見逃してくれ」
 ペコペコと赤茶色の髪を揺らして謝る俺の横で、イーサンがそいつらに向かい何枚の札を投げると、険しかった表情が一転「兄ちゃん達旅行者か? 裏道では気を付けろよー」なんて手を振って俺たちを見送っていた。

「……いや、ちょろすぎる……」
「ま、そんなもんだろ」
 白いシャツにインディゴブルーのパンツを履き、大きな鞄を持つイーサンは確かにどう見ても旅行者に見える。

「意外とバレないもんなんだね、髪の色変えただけで」
「出回っている情報は、名前と軽い容姿の特徴くらいだからな。顔写真も出てはいるが、粗くて見れたもんじゃない。捕まえたいと言うよりは精神的に追い詰めておきたいとかそんな所だろ」
「なるほど。なら尚の事、予めイーサンが魔法を施してくれたから助かったよ」

 繋いだ手をそのままに足を止めた俺は、すぐ隣の寂れた空き家の、割れたガラスに映る自分の姿をじっと見つめる。
 とは言っても変わった部分は髪色だけで、銀髪を暗めの赤茶色に変えたくらい。「心配ならば、一時的に顔も変えるか?」と言ってくれたけど、俺はそれを断固拒否した。

 何故って、こうやって不意に2人の容姿が何かに写った時にイーサンの隣を歩くのが、俺じゃないのが何となく嫌……だったから。

「その色も似合ってるな、可愛いぞ」
「でもやっぱり……銀髪じゃないと、なんか落ち着かない」
 不服そうな様子を隠せなかったのか、イーサンが「ふっ」と優しく微笑んだかと思えば、すぐに耳元に彼の熱い息が掛かる。
「ま、いいじゃないか。俺だけが本当のアオを知っている、という状況も悪くないだろ?」
「……それは、そう……かもだけど……」
 顔を赤くし目を泳がす俺の頬に、柔らかい物が触れる。

 ――俺の事は、愛する人イーサンだけが知ってくれていればそれでいい。

 そう思うと急に何だか2人の秘め事のようで嬉しくて……陽の光が入らない路地裏で、少し背伸びをして彼に口付けを強請った。



>>>

「いらっしゃい。……ほう、10日程部屋を貸してほしいのかい?」

 イーサンに連れて来られた宿屋は、3階建てのファンタジーな宿屋だった。
 白い石造りのそこそこ年季の入った建物。真ん中の茶色い木の扉を開ければ、木製で柔らかい雰囲気のフロントに綺麗な金髪を緩くまとめた、小綺麗な女主人が立っていた。

「あぁ、前金で全額払う。ついでに上乗せをするから、なるべく周囲に滞在者が居ないフロアにしてくれないか。……せっかくの旅行、熱い時間を過ごしたいからな」
 そう言って、わざとらしく俺の肩を引き寄せたかと思えば「ちゅ」と音を立て……あろう事かこの男は額に口付けたのだ。この、初対面の人間の前で。
「……ちょ、ちょ何言ってんの!? ねぇ」

 真っ赤な顔でアタフタする俺を横目に、イーサンは鞄からドンッと出した札束をカウンターに置き、もう1つの札束をその横に置く。
 暫く微動だにせず俺たちをじっと見つめていた彼女は、その真っ赤に塗られた唇でニイッと笑った。
「良いだろう、最上階を用意してやるよ。なんて苦情、ウチとしても受けたくないからね」
 ちょ!? それなんの声の事だよぉぉ!
 絵に書いたように目をグルグルさせ、今にも卒倒しそうな俺の身体を、イーサンが笑いながら抱き締める。
 「アッハッハ」と豪快に笑う女性の反応気を良くしたのか、「ま、これはアンタに。してくれ」と更に札束を彼女に渡すと、快くそれを受け取っていた。


「まぁ……貴族用の高級宿じゃないが、悪くはないだろ」
「いや、充分すぎ……めちゃくちゃ広いじゃん快適じゃんここ」

 こじんまりとした宿を予想していたが、扉を開いたそこは広い部屋。30平米以上あるであろう部屋の真ん中には、天蓋付きの大きな丸ベッドがドーンッと置かれてある。

 ……ラブホか? それとも姫なんか?

「暫くこの部屋が俺たちの居城だ。周囲の人払いも出来た……ここの女主人は、金さえ積めば信用のおける人物だと聞くし、一先ず安心して良いだろう」
「だからって、あんな言い方しなくてもさぁ……」

 そんな苦言を呈しながら、手持ちの荷物をクローゼットの上へと置く。
 とはいえ、着の身着のままアトランティウムを出てきた俺が持っている物はそう多くない。
 この国へ着いて直ぐに買った着替えはイーサンが持っているし、ついでにと買った魔導書くらい。
 ぴーちゃんはイーサン曰く魔力切れを起こしたようで、光の粒子と化して一旦どこかへと消えてしまった。
 
 後は大事な指輪と、例の腕輪。
 
 指輪を外すのなんて論外だし、腕輪も……何となく装着したままで居るが、今日に至るまでこれと言って不可思議な現象が起こることもなかった。

 ――欲しいものが具現化する能力だと思っていたけど、発動条件がわからない。今これと言って強く何かを欲してないからかな……

「ベッドの質感はまぁまぁか……なに突っ立ってんだアオ、来いよ」
 大きな鞄と、グレーの布に巻かれたデュランダルをクローゼットに置いたイーサンが、ベッドに腰掛けポンッと隣を手で叩き、ぼんやり右手に付いた腕輪を見つめていた俺に声を掛ける。
 ハッと現実に意識を戻し、彼の方を見るやそれに吸い込まれるかの様に隣に座り、ギュッと大きな体に抱き着いた。
「危ない街だって聞いてたけど、実際そんな感じしないね」
「そうか? ここ……マクスマイザ王国はさっきの裏路地に居たような、金の為なら何でもする奴がごまんといる世界だ……油断はするなよ」

「うん。……てか、えっと……何?」
 俺を抱き締めている彼が、身体を離したかと思えば先程からじっと俺を見つめている。

「髪色を変える、と言うのも悪くないが……明日はまた違う方向性にしてみるか」

「え? ……前も言ったけど、顔を変えるのは嫌だよ」
 紺碧の瞳に不安げな俺の顔が映ると、すぐさまその表情はニヤリと歪んだ。
「……顔は変えない。だが、アオと分からなくする方法がある」
「どういう事、それ」
 ……そんな全力で口角を上げて笑うイーサンが思いついた事にロクな事がないって、俺知ってるよ。

 それはそれは愉しそうに笑う色男が、俺の両肩をグッと掴んだ。


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