難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

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2章

42-3


「全ては――天子フタバ様の御心のままに」

 深紅のローブを纏う男たちは、起伏の無い声で繰り返しそう呟く。そうしめ思い思いの武器を取り出すのを確認するやいなや、「チッ」と舌打ちをしたイーサンは、俺の腕を引き元来た道へと身体を翻した。

「こっちだ、アオ!! 一旦この影に隠れろッ」

 道端を行き交う、ほろ酔い気分の観光客たちが振り返る中を全速力で駆け抜け、暗い路地裏へと身を潜めた。

「どこ行った!!」
「全員手分けして、そこいらの道を徹底的に調べ尽くせ!!」

 何人もの男たちが俺達を探し回る足音が聞こえる。
 奥歯がカタカタ鳴るのを押し殺すように、イーサンに抱かれたまま俺は自分の口を両手で塞ぐ。

「ここに居てもバレるのは時間の問題か。迂回して宿屋に戻るぞ。最悪……このまま今夜、この街を出る」

 耳元でそう囁くイーサンの言葉に、どうにか「うん、うん」と首を縦に振る。

 一体どこまで、天子信仰アークの力は及んでいるんだろうか。

『もうコイツには、何処にもすがる場所なんてないんだから』

 ――あの日、大聖堂でアークが言った言葉が蘇る。

 同じ転生者のはずなのに……アークと比べて、モブはなんて無力なんだろうか。

 口許を覆う青白い手が、ガタガタと震え出す。

「大丈夫だ、アオ。何があっても俺が傍にいる、安心しろ」

 俺の冷たい手の甲にイーサンの手重なる……たった、それだけの事なのに手の震えがみるみるうちに治まっていくのが分かる。

「すごいな、イーサン……こんな状況でも冷静で居られるなんて」

 それだけでなく、他者を勇気づける余裕まであるなんて……
 改めて彼が「騎士団長統率者」である事を思い知らされる。
 
「そうか? まぁ、慣れだ。……こんな時だからこそ、心を強く持てと昔はよく言われていたもんだ」
「それはアレフさんに?」
「まぁな、兄貴やギルバート、それに……」

 唐突に長い睫毛を伏せ、言葉を詰まらす彼に首を傾げる。

「……イーサン?」

 不思議そうに名前を呼ぶと「ハッ」と目を開き、直ぐにいつも通りの彼の表情へと戻った。

「いや、何でもない……そんな具合に育った結果の今、というやつだな」
「……泣き虫イーサンが、逞しくなった秘訣的な?」
「今すぐそれは忘れろ」
「残念だけど難しい相談かもしれない」

 思わず「ふふっ」と、引き攣っていた俺の口から暖かな息が零れた。

「少しは落ち着いたか?」
「えっ、あ……うん。そう、かも」

 凍えていたはずの指先は、いつの間にか雪解けを迎えていた。

「ならば行くか。悪いが走るぞ」
「うん。大丈夫……絶対、イーサンの手を離さないから」

 俺は自分の足でしっかりと立ち上がり「大丈夫、イーサンが居るんだから」と自分に言い聞かせ、暗闇の中、必死に彼の後を追った。

 道中、すれ違う人々の視線が全て俺たちを狙う鋭い物に思え――それを視界に入れぬよう、目の前の大きな背中だけを見つめ、竦み上がる心をどうにか押さえ付けた。

――

「だろうと思っていたが……既にこの宿屋にも手が回っていたか」

 向かいの建物の影から、そっと宿屋の様子を伺う。
 既に入口には何人もの男たちが、を探し回るよう徘徊していた。

「そんな……あの女将さんは……」
「あの女主人もグルの可能性がある。正面玄関は無理、となると――一応裏口を覗いてみるか。確か非常口があったはずだ」
「うん……」

 そう言ってすぐ様彼は宿屋をぐるっと回るよう移動を始める。
『アンタの幸せそうな顔を見ていると、こっちまでなんだか暖かくなるよ』
 つい先日、そう言ってくれた女主人の笑顔と、目の前にいる信者たちの姿を交差させ、シャツの胸元をギュッと握りながら再びイーサンを追い掛けた。

 彼の目測通り、裏口にはまだ信者たちの手は及んでいないようだった。
 物音を立てぬよう手早く中に入り、ギシッと鳴る階段を駆け足登り3階へと向かう。

「とりあえず荷物を纏めて、直ぐに元来た道を戻る」
「うん、分かった。……部屋の中に、居たりしないよね?」
「さぁな。その場合は、力で捩じ伏せるまでだ」

 そんな不安渦巻く中開けたドアの先には、ローブ姿の人間――ではなく、1羽の白いヒヨコが俺たちの荷物を守るよう両手を広げ、クローゼットに青白い結界のようなものを張っていた。

「ぴーちゃん!!」

 暗い顔から一転、パァァっと表情を明るくさせた俺は、ドヤ顔で立つヒヨコに駆け寄り、そのもふもふした身体を抱き締めた。

「ピピピピ」
「ぴーちゃん……ありがとう。俺たちの大切なもの守っていてくれたんだね」

 その小さな身体を必死に伸ばす懸命な姿が、あまりにいじらしくて――この絶望の中での、初めての光のようだった。
 ツンっと鼻先が熱くなるのを、唇を咬み耐える。

「よくやったトリ。剣も金も――無くなっている物はないな。アオはどうだ?」

 蒼穹の聖剣を腰に付け鞄を持ったイーサンが、同じくクローゼットから厚い本を取り出す俺に声をかける。

「うん、買ってもらった魔導書もちゃんとある、大丈夫だよ」

 ベルトに本を装着した俺と視線を交わらせたイーサンが、コクンと頷く。

「よし、ならば行くぞ。……トリも、いいな?」
「ピー!!」

 ぴーちゃんが俺の肩に乗った所で、再び静まり返った廊下へと足を踏み出す。

「この階層には、信者は居ないっぽい、よね」

 暗い廊下には、小さな豆電球が幾つかの光を放っている。
 ハッキリとは見えないが、先々に人の気配は感じられない。

「下からしらみ潰しに部屋を漁っているのかもしれないな。だとしたら今のうちだ」

 「急ぐぞ」とイーサンが俺の腕を引いた瞬間、暗闇から現れた白い手が俺の腕を強く掴むを

「……っ、なに……!?」

 俺が声を上げると、イーサンも物凄い勢いでそちらに顔を向ける。
 驚き肩を大きく動かした衝撃で、そこに居たぴーちゃんが跳ね、怯えたのかそのままイーサンの背中へと飛んでいってしまった。

「……我に天子様の御加護を……」

 悪魔の言葉を呟きながら闇から這い出て来たのは、虚ろな顔の女主人だった。

「は、離して……!!」

 その空虚な顔に背中がゾクリと震え、慌てて腕を振りほどく。
 それでも尚近付いてくる彼女の首筋には、以前には無かった烙印のようなものが刻み込まれていた。

「チッ……結局お前もだったということか」

 カチッと、イーサンが腰から剣を抜く音が聞こえると、俺は慌てて「待って」と両手を大きく広げ、彼女とイーサンの間に立ちそれを制した。

 あんな烙印、この前は無かった……
 もしかしたら彼女は操られているだけなのかもしれない。

 根拠の無い言葉が、俺の頭の中へと浮かんでくる。

 ――だって……つい先日「お幸せに」と微笑んだ彼女が、裏切るだなんて思えない。

「退け、アオ。そいつは敵だ」
「待ってよイーサン……女将さん、操られているだけかもしれない」
「そうだとしても、それを正気に戻す術はない。結果、敵と何ら変わりは無いんだ」
「そんな――」

 イーサンが言っている事は正しい。
 確かに彼女が元に戻る方法だなんて、俺たちが知るはずもないんだ。
 
「ねぇ、女将さん。俺、貴女と話をする時間で、気持ちが救われたんだ。あれが嘘だって、思いたくないよ……」

 そう彼女に投げ掛けたとて、聞く耳を持っている風には見えない。
 女将さん、正気に戻ってくれ。頼む、どうか――

 心の中で、そう強く願った時だった。
 右手に着けた例の腕輪が、チカチカッと名滅したかと思えば、段々と光が大きくなり――それが勢いよく彼女を包み込む。

「何だ……!?」

 イーサンは剣を彼女に向けたまま、片手で俺を守るかのように自分の方へと引き寄せる。
 スっっと光が消えたかと思えば、中から目をパチパチさせる女主人が姿を現した。

「あれ……何でアタシこんな所にいるんだ……」
「女将さん!!」

 慌てて駆け寄ろうとするも、俺の肩をガッチリと掴んだイーサンの腕がそれを許そうとはしない。
 自分の顔をペタペタ触り、辺りを見回す――そんな女主人の首から、烙印は跡形もなく消え去っていた。

――

「成程――なら、いきなりローブの集団が宿に押し入って来て、そこからの記憶はない……と」

 一先ず、近くの空き部屋に誰も居ない事を確認、女将さんから話を聞く。
 すっかり正気に戻った彼女は「何が起こったのか」と頭を抱えていた。

「あぁ。アンタらの事売っちゃいないさ。なんせあれだけの大金を積まれたんだからね」
「ならば中々口を割ろうとしないアンタに、業を煮やした信者が洗脳魔法を掛けた――そんなところか」

 俺を腕の中に抱いたまま、イーサンが「ふむ」と頷く。

「何だかよく分からないが、兎に角アンタら良くない状況なんだろ? 1階に降りてアイツらの気を引いておくから、その隙に逃げな」
「えっ、でもそれじゃ女将さんが危ないんじゃ……」
「安心しな。伊達にこの街で女ひとり、商売続けて来た訳じゃないんだ」

 そう言って腰の後ろに手を回した彼女の手のひらには、2丁のハンドガンが握られていた。

「疑って悪かったな。……この鞄はここに置いていく、礼だ。ざっと2000万はある、好きに使え」

 ドサッと重い音を立てて床に置かれた鞄は、イーサンがこの国に来た時からずっと手に持っていたものだった。

 ――いや、それよりなにより今とんでもない金額言わなかった……!?
 目を白黒させながらイーサンの方を見ると、彼は「どうした? 可愛い顔して」なんて呑気に蕩けた顔をしている。
 
「話の分かる男はイイねぇ。やっぱり坊ちゃんの選んだ男は最高じゃないか」
「えっ、ええ?」

 俺たちを見守っていた女将さんから、そんな言葉が飛んでくると――俺は思わずその場で固まって、動けなくなった。


 ――

「とりあえず街の外に急ぐぞ」

 手筈通り、1階で女将さんが奴らを引き付けている間に、俺たちは裏口から外へと駆け出る。
 パンパンッと銃声が聞こえる度に「お願いだから無事で居て」と心の中で願いながら、俺は必死にイーサンの後を追った。

 こうして再び暗い夜道を走り、漸く郊外の方まで辿り着いた時だった。

「アオッ! 危ないッ――」

 それ迄、手を繋いで走っていたイーサンが、いきなり庇うかの様に全身で俺を抱き締める。
 すぐにヒュッと空気を裂くような音が聞こえてきたかと思うと次の瞬間――ゴッと鈍い大きな音と共に、目の前に居たイーサンの身体が、俺に伸し掛るよう崩れ落ちた。

「……イーサン!! ――ッッ!!」

 慌てて叫ぶ俺の口元を何かが覆う。
 そのツンっとした――刺激物のような匂いが鼻腔を走ると、段々と目の前がボヤけ始める。

 ――なんだ、これ……薬品……?
 
 依然として俺に覆い被さった彼は、ピクリとも動こうとはしない。

 ――イーサン……いーさ、……

 段々と視界がボヤけ、必死に彼を抱き締めていた腕から徐々に力が抜けていく。

 ――そこで目の前が、真っ暗になった。

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