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1章
2-1
それ程広くは無いこの診療所、どうやら住居も兼ねられているらしい。
入口の木製の柔らかな雰囲気が漂うドアを開くと、左手に受付カウンター、そして向かいに硬そうなソファが3つ、コの字で壁に寄せられ置かれている。
「この上に住んでるのか。……通勤無いって楽だな」
カウンターの横のドアは診療室に繋がっており、その隣にある階段を登った2階が俺の住居スペースへと足を伸ばす。
イーサンが帰り、次の転んで足を怪我した子供を診終わった頃には日も傾き始めていた。「これ以上誰も来ないだろう」と判断した俺は診療所を閉め、丁度いいので建物内散策を行おうと室内を行き来していた。
「さすがモブ……必要最低限のものしか置いてねぇ」
ただ寝る為だけに存在するかのような簡素な部屋を見渡して、思わずそんな声が漏れる。
10畳程のLDKはまるで生活感がない。本当にここで生きていたか疑う程のモデルルームが存在している。
28年で強制終了した、仕事中心の前人生でさえ、美味い酒を呑み肴をつまみながらゲームに興じるという趣味くらいはあった。
「何が楽しくて生きてたんだよ、俺……」
そう呟き、思わず肩を落とした。
>>>
「そういえば、腹減ったな」
前世で好きだった酒と肴を思い出したせいで、急に腹の虫が活発になる。窓から差し込む光は茜色、そろそろ夕飯の事を考えなければならないから頃合いではある。
キッチンにあるゲームの中で「魔導式の箱」と言われていた、つまるところ「ただの冷蔵庫」を開いてみると、見事水の瓶がただぽつんと佇んでいるだけ。
「せめて酒の1本と食材くらいは置いておけよ……」
本日は外食になる事が決定された瞬間であった。
クローゼットに何枚も入っていた、白いシャツとベージュのチノパンに着替え、とりあえず町に出てみる事に。どうやらコイツは、このセットと水色のスクラブしか持っていないようだ。
さすがに今度何か買い足そう。
――俺はもう意志を持ったモブなんだし。
石畳みの街にはお洒落な街灯が幾つも立ち、シックな建物が所狭しと並んで、路肩には美しい花々が咲いている。行ったことはないが、テレビで見た「中世ヨーロッパを味わえる街並み」とよく似ている気がした。
さて、何を食そうか。
そんな事を思い人々の行き交う通りをフラフラ歩いていると、目の前のドアが開き、中から出てきた手を繋ぐ親子と共に、肉の焼ける香ばしい匂いとガーリックの刺激的な香りが漂ってきた。
いいな肉か、肉が食いたいな。
木製の看板を見れば、そこはステーキハウスらしい。「丁度いい、今日の夕飯はここにするか」と店内に向けて歩き始めた時、横からドンっと巨体が俺の身体にぶつかった。
「……っ、いたっ」
言う程に痛みがある訳でもないが、反射で出た言葉に巨漢はこちらに顔を向ける。
真っ赤な顔で「ひっく……」としゃくるその姿は、酔っ払いでしかない。
「ねーちゃん、美人だなぁ!! この後付き合え」
道に響き渡る程の声を上げながら、あろうことかその酔っ払いは俺に抱き着いた。
誰がねーちゃんだよ。ってか、さり気なく尻を揉むなこの痴漢野郎が!!
「ちょっと、何するんですか! 止めてください」
酔っ払いの肩を両手で押し引き離そうとするも、びくともしない。
非力すぎやしないか、この身体。
容赦なく尻を揉みしだく酔っ払いを、どうにか引き離そうと抵抗を繰り返していると、ふっと目の前が軽くなった。
「おい、なにしてる。俺の前で痴漢とはいい度胸してやがんな。監獄にぶち込んでやろうか」
そんな治安の悪い台詞と共に現れたのは、明らかに他とは一線を画したオーラを纏う、身体付きの良い長身のイケメン。そのご尊顔は怒りを顕に、巨漢の肩をグッと掴んでいた。
「……イーサン、様……」
見間違う訳無いだろう、こんな綺麗な顔。先程は任務中だったのか、騎士団の黒い軍服を着用していたが、今は退勤後なのだろう。黒シャツとピッタリした黒のパンツが彼の色香を引き立たせていた。
「……こンの若造が!! 何しやがる」
……若造。
確か彼は23歳という設定だったはず。あまりにも落ち着いた雰囲気の為かそう見えないのはさておいて。
普通に考えれば若造だ。だがその男はそれとは正反対の言うなれば『歴戦』。
そもそもその歳で騎士団長とか、どんな鬼才だよ。
酔っ払いは彼が、軍の高職だと知ってか知らずか…その短い腕で殴り掛かる。
「ほう、俺の顔が分からんか。暴行で現行犯逮捕だな、馬鹿が」
だがその拳は、長い腕で即座に受け止められ捩じ伏せられてしまった。
「いって……いててててて……」
いつの間にか野次馬の集る場の中央で、後ろ手に捻られ痛そうにもがく巨漢を抑え込んだイーサンの顔は、まるでこの状況を楽しんでいるかのように薄ら笑を浮かべていた。
「どちらが悪なのかわからんなこれは」
思わず苦笑うと、顔を上げた彼とパッと目が合ってしまった。
「怪我はないか。……あ? お前……」
「大丈夫です。ありがとうございます……えっと、先程ぶり、です」
まさかの再会に、俺は頭を掻いた。
入口の木製の柔らかな雰囲気が漂うドアを開くと、左手に受付カウンター、そして向かいに硬そうなソファが3つ、コの字で壁に寄せられ置かれている。
「この上に住んでるのか。……通勤無いって楽だな」
カウンターの横のドアは診療室に繋がっており、その隣にある階段を登った2階が俺の住居スペースへと足を伸ばす。
イーサンが帰り、次の転んで足を怪我した子供を診終わった頃には日も傾き始めていた。「これ以上誰も来ないだろう」と判断した俺は診療所を閉め、丁度いいので建物内散策を行おうと室内を行き来していた。
「さすがモブ……必要最低限のものしか置いてねぇ」
ただ寝る為だけに存在するかのような簡素な部屋を見渡して、思わずそんな声が漏れる。
10畳程のLDKはまるで生活感がない。本当にここで生きていたか疑う程のモデルルームが存在している。
28年で強制終了した、仕事中心の前人生でさえ、美味い酒を呑み肴をつまみながらゲームに興じるという趣味くらいはあった。
「何が楽しくて生きてたんだよ、俺……」
そう呟き、思わず肩を落とした。
>>>
「そういえば、腹減ったな」
前世で好きだった酒と肴を思い出したせいで、急に腹の虫が活発になる。窓から差し込む光は茜色、そろそろ夕飯の事を考えなければならないから頃合いではある。
キッチンにあるゲームの中で「魔導式の箱」と言われていた、つまるところ「ただの冷蔵庫」を開いてみると、見事水の瓶がただぽつんと佇んでいるだけ。
「せめて酒の1本と食材くらいは置いておけよ……」
本日は外食になる事が決定された瞬間であった。
クローゼットに何枚も入っていた、白いシャツとベージュのチノパンに着替え、とりあえず町に出てみる事に。どうやらコイツは、このセットと水色のスクラブしか持っていないようだ。
さすがに今度何か買い足そう。
――俺はもう意志を持ったモブなんだし。
石畳みの街にはお洒落な街灯が幾つも立ち、シックな建物が所狭しと並んで、路肩には美しい花々が咲いている。行ったことはないが、テレビで見た「中世ヨーロッパを味わえる街並み」とよく似ている気がした。
さて、何を食そうか。
そんな事を思い人々の行き交う通りをフラフラ歩いていると、目の前のドアが開き、中から出てきた手を繋ぐ親子と共に、肉の焼ける香ばしい匂いとガーリックの刺激的な香りが漂ってきた。
いいな肉か、肉が食いたいな。
木製の看板を見れば、そこはステーキハウスらしい。「丁度いい、今日の夕飯はここにするか」と店内に向けて歩き始めた時、横からドンっと巨体が俺の身体にぶつかった。
「……っ、いたっ」
言う程に痛みがある訳でもないが、反射で出た言葉に巨漢はこちらに顔を向ける。
真っ赤な顔で「ひっく……」としゃくるその姿は、酔っ払いでしかない。
「ねーちゃん、美人だなぁ!! この後付き合え」
道に響き渡る程の声を上げながら、あろうことかその酔っ払いは俺に抱き着いた。
誰がねーちゃんだよ。ってか、さり気なく尻を揉むなこの痴漢野郎が!!
「ちょっと、何するんですか! 止めてください」
酔っ払いの肩を両手で押し引き離そうとするも、びくともしない。
非力すぎやしないか、この身体。
容赦なく尻を揉みしだく酔っ払いを、どうにか引き離そうと抵抗を繰り返していると、ふっと目の前が軽くなった。
「おい、なにしてる。俺の前で痴漢とはいい度胸してやがんな。監獄にぶち込んでやろうか」
そんな治安の悪い台詞と共に現れたのは、明らかに他とは一線を画したオーラを纏う、身体付きの良い長身のイケメン。そのご尊顔は怒りを顕に、巨漢の肩をグッと掴んでいた。
「……イーサン、様……」
見間違う訳無いだろう、こんな綺麗な顔。先程は任務中だったのか、騎士団の黒い軍服を着用していたが、今は退勤後なのだろう。黒シャツとピッタリした黒のパンツが彼の色香を引き立たせていた。
「……こンの若造が!! 何しやがる」
……若造。
確か彼は23歳という設定だったはず。あまりにも落ち着いた雰囲気の為かそう見えないのはさておいて。
普通に考えれば若造だ。だがその男はそれとは正反対の言うなれば『歴戦』。
そもそもその歳で騎士団長とか、どんな鬼才だよ。
酔っ払いは彼が、軍の高職だと知ってか知らずか…その短い腕で殴り掛かる。
「ほう、俺の顔が分からんか。暴行で現行犯逮捕だな、馬鹿が」
だがその拳は、長い腕で即座に受け止められ捩じ伏せられてしまった。
「いって……いててててて……」
いつの間にか野次馬の集る場の中央で、後ろ手に捻られ痛そうにもがく巨漢を抑え込んだイーサンの顔は、まるでこの状況を楽しんでいるかのように薄ら笑を浮かべていた。
「どちらが悪なのかわからんなこれは」
思わず苦笑うと、顔を上げた彼とパッと目が合ってしまった。
「怪我はないか。……あ? お前……」
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まさかの再会に、俺は頭を掻いた。
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