難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火

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1章

8-1

 「悪い、遅くなった」
「い、いえ。……本当に来たんですね」

 辺りがすっかり暗くなり、雲間から綺麗な月が顔を出した頃。私服の黒シャツを着たイーサンが、大きな紙袋を片手に俺の部屋に戻ってきた。
「飯は? もう食ったか」
 そう言いながらキッチンのカウンターにその紙袋を置き、迎えに出た俺を「大人しくしてろ」と部屋の中心にある2人がけのソファへ、やや強引に座らせる。
「いや、まだだけど」
 紙袋から食材を取り出し並べるイーサンの姿をポカンと見守っていた。
 ま、まさか、料理するの? ……イーサンが?
「食いやすい物の方がいいだろう。簡単なスープでいいか?」
「……はい」
 俺のそんな様子を気に留めず、彼はそう広くは無いキッチンで手際よく動き始める。
 目の前の光景が信じられない。
 だって、あのゲームでは冷酷無慈悲な鬼のイーサンだよ? そもそも公爵家の人じゃん。料理人とか絶対いるよね。
「嫌いな物はあるか? まぁあっても食わせるが」
 ご機嫌そうに笑いながら、黒いシャツの腕を捲った彼は、ナイフ片手に野菜を切り始める。
「それ聞く意味……」
「好き嫌いは良くないだろう?」
 手元を器用に動かしながら、目線だけこちらに向けた彼は「ふっ」と笑う。
 ……スタイルが良いからか、それとも顔が良いからか?めちゃくちゃ様になって、その……かっこいい、な。
 じゃがいもを片手に持ち、器用に皮剥きをする姿がこんなにも様になるなんて、誰が想像出来ただろうか。
「と、というか! りょ、料理とかするんだね」
 少しだけ高鳴る鼓動を誤魔化すかのように出た言葉は、妙に吃っていた。
「あぁ。珍しいか、公爵家の次男がこうやって飯を作るのは」
「うん。イメージ無かったかな」
 流れるような美しい所作を目で追ってしまう。
 ――なんでこんなにもつい見てしまうんだろう。
「夜中まで仕事をやっていると腹が減るからな。ましてや本部は決まった時間しか料理人は居ない、店も閉まっている。仕方ないから自分で作ってみたら、意外に面白くてな。たまに作るようになったんだ」
「へぇ……器用なんだね。俺、料理は全然だったなぁ」
「そうか。いつかお前の手料理も食べてみたいものだが」
「……目玉焼きすらまともに焼けない人間に、何も期待しないで……」

 鍋を火をにかけ、暫しの待ち時間が出来たのだろう。彼は小さなグラスを片手にソファへとやって来た。
ずっと彼を見つめていた事を悟られまいと慌ててあさっての方向に顔を向けると、ソファの隣の席がぐっと沈んだ。
「ほら、魔力回復効果がある薬剤だ。先にこれを飲んでおけ」
 アタフタする俺の前に薄ピンク色の液体を俺に差し出す。
「あ、ありがとう。……ふふ、優しいんだね」
 自然と肩に腕を回すのはどうかと思うが、その心遣いには思わず口元が緩み、彼の腕の中で有難くグラスを受け取る。それを一気に飲み干すと、口の中に仄かな甘みが広がった。
 こういうのって不味そうなイメージあったけれど、案外飲みやすいものなんだな。
 空になったグラスを返すために彼の方を向くと、イーサンはこちらを向いたまま固まっている。
 ――なんか、顔が赤くなってやしませんか。
 不思議そうにその顔をじっと見つめていると、ハッと意識を戻した彼に強引にグラスを奪われる。
「も、もう出来るから。……ちょっと待ってろ」
 慌ててキッチンに戻るご様子のおかしい背中を、そのままじっと見守った。


>>>

「ごちそうさま。めちゃくちゃ美味しかった!!」
出された野菜スープの味は、今まで食べた事ない程に美味だった。
「残さず食べたな、えらいぞ」
「子供かよ。ってか凄いよイーサン! これは料理人になれるのでは」
「はっ……口に合って何よりだ」
 すっかり空になった食器をキッチンへと運び、再びソファへと戻って来たイーサンが手にしていたのは、小皿に盛られた赤い果実。そして俺の横へ隙間なく座ったかと思えば、フルーツフォークで刺したその果実を、あろうことか俺の口元まで運び始めたのだ。
「えっ!? ちょ……」
 目の前に現れたみずみずしい果実と、目を細めて微笑むイーサンの顔を交互に見遣る。
 ――まさか「あーん」をご所望でいらっしゃる!?
 目を白黒させる俺をよそに彼はというと、優しい表情のままじっと俺の顔を見ている。
 嘘だろ。ホントにイーサンどうしたんだよ……お前がそんなキャラじゃないの、俺が1番よく知ってる。
「デザートだ。食えよ」
「じっ、自分で食べます!」
「いいから、ほら」
 圧に耐えかねおずおずと口を開くと、直ぐに冷えた果実が口内へと放り込まれ、ほんのりとした甘さが口いっぱいに広がった。チラッとイーサンへ目線を返すと、そこにあるのはうっとりする程の極上の笑み。
 たちまち俺の顔は、その果実と変わらぬ程真っ赤に染まり上がってしまう。
 ――なんだよその顔。そんなの……見た事ない。
「おい、しい……」
「そうか、それはよかった。まだあるぞ」
 運ばれた2つ目の果実を、俺は口を開き素直に受け取った。

「ありがとう……デザートまで。その、美味しかった」
 すっかり空になった小皿をテーブルへと置く彼に、俺は目を伏せたままお礼を告げる。
 ――その瞬間、ソファの隣に置かれた間接照明が、ほわっと明るくなった気がした。
 何となく気恥しくなって、膝の上に置いた手をギュッと握りしめると、そこへ彼の影が重なる。
「口に合ったなら何よりだ。……なぁ、アオ」
「ん? ……っなに」

 次の瞬間俺は、無機質な天井を見上げていた。

「昼間の続きがしたい」
「……はぁ!?」
 状況が全く飲み込めない俺に、綺麗な顔が直ぐそこまで迫ってくる。彼の高い鼻がスリッと俺の鼻先を擦れば、ゾクゾクっと身体が甘く震え出した。
「助けてやったろ? 1人だけ気持ち良くなって終わりはないよな」
「その言い方は、ずるい……」
 彼の真剣な眼差しは、真っ直ぐに俺を捉えている。

 ――拒否すればいいのに。
 さっきから、心臓の音がやかましいなんてもんじゃない。何故か頭の中に、彼を嫌がる言葉が思い浮かばないんだよ。

「さて、どうする?」

 紺碧の瞳に操られるかのように、気がついたら俺は……欲の滲んだ彼の口許に、自らの唇を擦り寄せていた。

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