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1章
14-2
シャーロットが「お疲れ様ですっ」と浮き足立って帰り、診療所を閉めた俺は、自分も夕食を摂ろうと街へ出る。
結局イーサンの顔を、今日は一度も見る事は無かった。
繰り出した夜の町は、相変わらずの賑わいを見せていた。いつもと変わらない人混みの中を、ひとり歩く。
――何故だろう、今日は周りの喧騒がやけに大きく聞こえるな。
そんなことを思いながら歩いていると、向かいにカッチリとした服装の男性が、街灯の下で待っていた女性に「ごめん、仕事が全然終わんなくてさ」と頭を下げながら言い訳をしている姿を見掛けた。
イーサンも、あんな風に忙しいんだろうか。実際二人でいる時、ごく稀に書類の束を手にしている事がある。
「毎日俺をかまう事の方が、普通じゃないんだ。……騎士団長なんだし」
街灯の下、仲良く腕を組んで歩き始めたカップルの背中を、そのまま暫くの間見つめていた。
>>>
「……さて、今日は何を食べようか」
気を取り直し街をぶらぶらしていると、見覚えのある2人組が仲睦まじい様子で向かいから歩いてくる。トレードマークであるハニーブラウンのフワフワ髪の男が俺に気付き、大きく手を振りながらこちらに駆け寄って来た。
「アオさん! 久しぶりじゃないですかぁ」
そのゴールデンレトリバーは俺の元に辿り着くやいなやキラキラした笑顔を見せた。
「キーファ、久しぶりだね。仕事帰り?」
「そうっす! ジェイスさんと、飯食うとこ探してたんすよ~」
すると大きな身体の後ろから、性別不詳の超絶美人が顔を覗かせ「どうも」と俺に軽く会釈をした。2人に会うのは、イーサンが俺に『呪』をかけた日以来だろうか。
「もしかして、アオさんもこれから飯っすか?」
肩に回した腕を思い切り叩かれたキーファが「痛いっすよジェイスさん~」と零しながら、俺に尋ねてきた。
「あ、あぁ。そう……俺も何食べようかなって考えてたところ」
俺の下がり眉の角度から何かを察したキーファが、不敵な笑みを浮かべる。
「今日、団長はギルバート副団長にとっ掴まって、食事に連れて行かれてましたからねぇ」
「えっ? あ、あぁ。そうなんだ、……いや別にイーサンがいるとか居ないとか関係な……」
「ここで会ったのも何かの縁ってことで、3人で飯食いません!? いいでしょジェイスさんっ」
俺が言い終わる前に、キーファは隣のジェイスにそう投げ掛ける。
「いやいいよ。2人の邪魔するのは悪いから」
ジェイスの返事がくる前に、誘いを辞退しようと手を横に振ると、こちらをじっと見つめる強美人と目が合った。
……怖い。
いや別に、きっと睨んでいるとかそういう訳じゃないんだろうけど……まるで「邪魔するな」と云わんばかりの眼力に、俺の脆弱な胃袋はキュッと掴まれる。「改めて断りを入れよう」と、笑いボクロを携えた唇を動かす前に、目の前の赤い唇が言葉を発した。
「構わない。アオさんは何が食べたいんだ?」
「……えっ?」
思ってもいない言葉に、俺の口から裏返った間抜けな声が抜け出る。
「折角だ、アオさんの好きな物にしよう。おいキーファ、すぐ店を探せ」
ふわっとキツかった目元が、一瞬緩んだ気がした。
「おっけーっす!! ……あ、ってか、いい場所あるじゃないっすか。ちょっと俺、連絡してきますっ」
そう言ってキーファは少し歩いた先にある小道へと、通信機を片手に走って行った。
雑踏の中取り残されてしまった、美人と凡人。
道の端へと寄った彼に合わせて、俺もその隣に立つ……が。
――何を話せばいいんだ……
俺はそもそも、コミニケーション能力がそう高くはない。
イーサンもキーファもよく喋るが故に困る事が無かったが、この物静かなジェイスとどんな会話を繰り広げれば良いのか、まるで想像が付かない。
俺が静かに唸っていると、長い睫毛がこちらに向けられた。
「上手くやっているようだな、あの団長と」
まさかの静寂を破ってくれたのは、彼の方からだった。
「あ、あぁ。はい。……えっと上手いかどうかは分からないんですが……まぁなんとか、はい」
「なんだそれは。ふふ、面白いなアオさんは」
それは、イーサンが笑った時と引け劣らない衝撃だった。
今の俺の返しのどこに笑う要素があったのか皆目見当もつかないが、目の前の彼が笑った。
氷の様だったイメージが一気に溶け、造り変えられていく。
「そ、そんな事は。……すいません、あの俺……あんまり喋るの上手くなくて」
「気にするな。いつも喧しいのに囲まれ辟易しているからな。アオさんぐらい穏やかな方が落ち着く」
綺麗な顔が再び作り出した笑顔につられて、いつの間にか俺の口角も上がっていた。
「ふふ、皆元気ですよね」
「元気どころか……時々、今自分がいる場所は軍なの保育施設なのか分からなくなる」
「いいですよ、疲れたら診療所に羽を伸ばしに来ても」
「有難い申し出だが、そこは団長が目を光らせているからな」
そんな会話を交わしながら、思わず二人で笑い合った。
「お待たせしましたーって、なんすか、2人めっちゃいい雰囲気になってません!?」
こちらに駆け足で戻って来たキーファが、俺たちの様子に目を丸くしている。それにまた、顔を見合わせて笑った。
「俺、アオさんと二人で飯行くから。お前はもう帰れキーファ」
「ちょ、ちょ! それはないっすよぉ……」
「冗談だよ、キーファ。ジェイスさんと3人で行こう?」
ジェイスの言葉を真に受けたキーファが、今にも泣き崩れそうになるのを、俺は背中を撫で慰める。
「ってか、ジェイスさんが俺ら意外に心開くとか、初めてじゃないっすか?」
「煩い。で、店はちゃんと見つけたんだろうな」
「もちろんす!! 任せてくださいっ」
「ん、いい子だ」
キーファの頭をジェイスが手を伸ばし、わしゃっと撫でると、今まで項垂れていた彼の笑顔が一気に花開く。
「ふふ、2人……いい関係なんだね」
思わず呟いた言葉に「気の所為です」「そうなんすよぉ」と思い思いの言葉を返されながら、俺たちはキーファの案内で今夜の飯の場へと歩みを進めた。
結局イーサンの顔を、今日は一度も見る事は無かった。
繰り出した夜の町は、相変わらずの賑わいを見せていた。いつもと変わらない人混みの中を、ひとり歩く。
――何故だろう、今日は周りの喧騒がやけに大きく聞こえるな。
そんなことを思いながら歩いていると、向かいにカッチリとした服装の男性が、街灯の下で待っていた女性に「ごめん、仕事が全然終わんなくてさ」と頭を下げながら言い訳をしている姿を見掛けた。
イーサンも、あんな風に忙しいんだろうか。実際二人でいる時、ごく稀に書類の束を手にしている事がある。
「毎日俺をかまう事の方が、普通じゃないんだ。……騎士団長なんだし」
街灯の下、仲良く腕を組んで歩き始めたカップルの背中を、そのまま暫くの間見つめていた。
>>>
「……さて、今日は何を食べようか」
気を取り直し街をぶらぶらしていると、見覚えのある2人組が仲睦まじい様子で向かいから歩いてくる。トレードマークであるハニーブラウンのフワフワ髪の男が俺に気付き、大きく手を振りながらこちらに駆け寄って来た。
「アオさん! 久しぶりじゃないですかぁ」
そのゴールデンレトリバーは俺の元に辿り着くやいなやキラキラした笑顔を見せた。
「キーファ、久しぶりだね。仕事帰り?」
「そうっす! ジェイスさんと、飯食うとこ探してたんすよ~」
すると大きな身体の後ろから、性別不詳の超絶美人が顔を覗かせ「どうも」と俺に軽く会釈をした。2人に会うのは、イーサンが俺に『呪』をかけた日以来だろうか。
「もしかして、アオさんもこれから飯っすか?」
肩に回した腕を思い切り叩かれたキーファが「痛いっすよジェイスさん~」と零しながら、俺に尋ねてきた。
「あ、あぁ。そう……俺も何食べようかなって考えてたところ」
俺の下がり眉の角度から何かを察したキーファが、不敵な笑みを浮かべる。
「今日、団長はギルバート副団長にとっ掴まって、食事に連れて行かれてましたからねぇ」
「えっ? あ、あぁ。そうなんだ、……いや別にイーサンがいるとか居ないとか関係な……」
「ここで会ったのも何かの縁ってことで、3人で飯食いません!? いいでしょジェイスさんっ」
俺が言い終わる前に、キーファは隣のジェイスにそう投げ掛ける。
「いやいいよ。2人の邪魔するのは悪いから」
ジェイスの返事がくる前に、誘いを辞退しようと手を横に振ると、こちらをじっと見つめる強美人と目が合った。
……怖い。
いや別に、きっと睨んでいるとかそういう訳じゃないんだろうけど……まるで「邪魔するな」と云わんばかりの眼力に、俺の脆弱な胃袋はキュッと掴まれる。「改めて断りを入れよう」と、笑いボクロを携えた唇を動かす前に、目の前の赤い唇が言葉を発した。
「構わない。アオさんは何が食べたいんだ?」
「……えっ?」
思ってもいない言葉に、俺の口から裏返った間抜けな声が抜け出る。
「折角だ、アオさんの好きな物にしよう。おいキーファ、すぐ店を探せ」
ふわっとキツかった目元が、一瞬緩んだ気がした。
「おっけーっす!! ……あ、ってか、いい場所あるじゃないっすか。ちょっと俺、連絡してきますっ」
そう言ってキーファは少し歩いた先にある小道へと、通信機を片手に走って行った。
雑踏の中取り残されてしまった、美人と凡人。
道の端へと寄った彼に合わせて、俺もその隣に立つ……が。
――何を話せばいいんだ……
俺はそもそも、コミニケーション能力がそう高くはない。
イーサンもキーファもよく喋るが故に困る事が無かったが、この物静かなジェイスとどんな会話を繰り広げれば良いのか、まるで想像が付かない。
俺が静かに唸っていると、長い睫毛がこちらに向けられた。
「上手くやっているようだな、あの団長と」
まさかの静寂を破ってくれたのは、彼の方からだった。
「あ、あぁ。はい。……えっと上手いかどうかは分からないんですが……まぁなんとか、はい」
「なんだそれは。ふふ、面白いなアオさんは」
それは、イーサンが笑った時と引け劣らない衝撃だった。
今の俺の返しのどこに笑う要素があったのか皆目見当もつかないが、目の前の彼が笑った。
氷の様だったイメージが一気に溶け、造り変えられていく。
「そ、そんな事は。……すいません、あの俺……あんまり喋るの上手くなくて」
「気にするな。いつも喧しいのに囲まれ辟易しているからな。アオさんぐらい穏やかな方が落ち着く」
綺麗な顔が再び作り出した笑顔につられて、いつの間にか俺の口角も上がっていた。
「ふふ、皆元気ですよね」
「元気どころか……時々、今自分がいる場所は軍なの保育施設なのか分からなくなる」
「いいですよ、疲れたら診療所に羽を伸ばしに来ても」
「有難い申し出だが、そこは団長が目を光らせているからな」
そんな会話を交わしながら、思わず二人で笑い合った。
「お待たせしましたーって、なんすか、2人めっちゃいい雰囲気になってません!?」
こちらに駆け足で戻って来たキーファが、俺たちの様子に目を丸くしている。それにまた、顔を見合わせて笑った。
「俺、アオさんと二人で飯行くから。お前はもう帰れキーファ」
「ちょ、ちょ! それはないっすよぉ……」
「冗談だよ、キーファ。ジェイスさんと3人で行こう?」
ジェイスの言葉を真に受けたキーファが、今にも泣き崩れそうになるのを、俺は背中を撫で慰める。
「ってか、ジェイスさんが俺ら意外に心開くとか、初めてじゃないっすか?」
「煩い。で、店はちゃんと見つけたんだろうな」
「もちろんす!! 任せてくださいっ」
「ん、いい子だ」
キーファの頭をジェイスが手を伸ばし、わしゃっと撫でると、今まで項垂れていた彼の笑顔が一気に花開く。
「ふふ、2人……いい関係なんだね」
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