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悪魔が、いない
しおりを挟む次の日、初秋の、幾分和らいではいるがまだまだ強い日差しに、起こされるように私は眠りから覚めた。
ベットには、私一人で寝ていて、アザリ君が使っていた布団はきれいに畳まれていた。
良かった。
アザリ君はこの部屋から無事に出ることが出来たようだ。
筆おろしは成功したのだ。
私は自分のお腹に手を置いた。
理不尽なお願いをしたのにも関わらず、とても優しく抱いてくれた。
彼は会ったばかりの時に『理想の筆下おろしのシチュエーションがある』と言っていた。おそらく、それとは真逆のことを私はさせてしまった。
私はアザリ君に別れの言葉を告げることはできなかったけど、それで良かったのだと思う。彼には早く私を忘れてもらって、幸せになってほしい。
私は今日忙しい。不動産屋に行かなくてはいけないし、物は少ないけど荷造りだってしなくちゃいけない。
だから、泣くのはあと、5分だけにしようと思う。
週明け早々に引っ越しをすることができた。
新しいアパートは、前の部屋よりちょっと狭い1DKた。
だから、ソファーは置けない。
でもそれでいい。そんなものがあれば、目に入る度にアザリ君を思い出してしまう。
少し背中を丸くして体育座りをしながら、テレビを見る彼が今だって瞼の裏に浮かんでしまっているのに。
「心機一転、頑張らないとね。」
目の奥が熱くなっているのに気が付き、自ら気合いを入れた。
それから私は、仕事人間になった。残業は自ら引き受け、仕事に役立つと思えば、畑違いのことでも精力的に勉強した。そしてアパートに戻り、寝るだけの生活を繰り返していた。
仕事に、燃えているわけではなかった。
ただ、部屋にいる時間を短くしたかっただけだ。帰れば必ずアザリ君の『おかえり』を思い出してしまい、その度に自分の下した決断を悔いてしまう。だから、そんなことを考える隙などないくらいに体を疲れさせた。
そんな毎日を過ごし、ここに引っ越して来てから一月ほど経った頃、それは届いた。
土曜日、平日の疲れを解消するかのように寝ていた私を、部屋のチャイムは叩き起こした。
「お届け物です。」
それは小さな小包だった。
サインをし、差出人を見ると、以前のアパートの不動産屋だった。
中を開けると、何かが包まれた封筒と紙が入っていた。
その紙にはこう書かれてあった。
『Sハイツの隣人の方からの、預りものです。以前、借りていたものを返しそびれたということでしたので、こちらでお送りさせていただきました。』
今のアパートの不動産屋は、前に住んでいたアパート、≪Sハイツ≫を管理している不動産屋の系列店だ。そこから今の部屋の住所がわかったのだろう。
隣人。
青山くんだろうか。
でも貸していた物なんてないはずだ。
私は、不安な気持ちで封筒の中を見た。
そこには、どこにでも売っているような箱に入ったお菓子と、一通の手紙が入っていた。
『会って話がしたい。連絡をください。青山 090‐××××‐××××』
私はスマホからチャットのアプリを削除していた。だから連絡か付かなくて、こんな回りくどいことをしたのだろう。
青山くんが、私に連絡を取りたい理由。
そんなものは一つしかない。
私は、訴えられるのだ。
それを告げる為に、彼は連絡を取ってきた。
あの時、青山くんが私に向けた侮蔑の込もった表情を思い出す。
私は、以前、一旦ゴミ箱に捨てて、アザリ君が拾ってくれた青山くんの写真とメモをクローゼットの奥から取り出した。
それは大きめの封筒に入れて、ガムテープでぐるぐる巻きにして保管してあった。
取っておいて、良かった。
これが私の罪の証拠になるはずだ。
もし、彼が示談を提示してきたら、出来る限り応じよう。
そう思って、私はすぐに彼に連絡を取った。
「爽子、です。」
『あっ、爽子ちゃん?連絡ついて良かった!あの、今仕事中だから用件だけ言うね。今日の夜、会いたい。20時にE町駅の南口のファミレスで。』
青山くんは、早口で話した。
私は『わかりました』とだけ言って電話を切った。
指定されたファミレスに着いた時、さすがに不安で足が震えてしまった。
彼は弁護士と一緒だろうか。
入口から店内を見ると、青山くんと目が合った。
彼は一人だった。
「都合も聞かず、呼び出してごめん。」
「いえ。」
私はドリンクバーを頼み、席に着いた。
「いつ、引っ越したの?」
「あの後、すぐです。」
青山くんに壁の写真とメモを見られた日から、4日ほどであの部屋を引き払うことができた。
不動産屋も慣れたもので『今回は結構長かったですね』と言って、家賃を日割り計算にしてくれた。
「チャットも既読にならないし。」
「……すみません。」
早く、本題に入ってほしい。
言いにくいのだろうか。私から言い出すべきなのかもしれない。
口を開きかけたが、すぐにまた青山くんが話し掛けてきた。
「ずっと探してた。」
「……一度、謝罪をしてから引っ越すべきかと思ったんですが、…会いたく、ないだろうと思って。…すみません。」
今考えれば、引っ越す前に慰謝料のことで話をしておかなかったせいで、彼に無駄な手間を掛けさせることになってしまった。
「会いたくない?俺が?」
「はい。」
「どうして?」
青山くんの言葉に頭が混乱する。
彼が会いたくないと思うのは当たり前だろう。だって私はストーカーだ。
どうして?と聞かれても返答に困る。
私がなんと答えるべきか迷っていると、青山くんは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ホントは、嬉しかったから。」
私は唖然とした。
そんな訳はない。
あの場面を思い出して見ても、そんな素振りは一ミリもなかった。ついでに言うと、彼は部屋に訪ねて来た時から、私への好意なんてなかったように思う。
あったのは、性欲だけだ。
青山くんは、頬を赤く染めて私を慈しむように見ている。
「爽子ちゃんに、こんなに想われてるんだって、嬉しくなっちゃって。」
――そんな。
その言葉を聞いて、私はある可能性に気が付いた。
「良かったら、俺と付き合ってほしい。」
間違いない。
青山くんは、アザリ君に幻覚を見せられている。
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