当て馬の意地~女友達が大事なら、恋人をやめて私も友人になりましょう~

さかい 濱

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私の友達

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「当て馬にかんぱーい!」
「誰が当て馬だ。」
ジョッキをカチン、と合わせて冷えた生ビールを口に含んだ。

私は恋人の部屋を出た後、女友達に連絡をして居酒屋で合流した。このままの気持ちで自分の部屋に一人戻りたくなかったのだ。

「だってさ、どう考えても窮地に立たされたお姫さまを救うナイト気取りじゃないのアンタの彼氏。アンタが『あんな女のところに行かないで』なんて言おうもんなら、天秤に掛けられて捨てられそうな勢いじゃない?だから当て馬。」

なんと苛烈な言い様だろうか。
でも長い付き合いの友人の言うことはもっともだ。
私は亮介が三奈ちゃんを助ける度に、この友人に愚痴をこぼしてなんとかやり過ごしてきた。だから事情をよく知る彼女が私の為にこう言ってくれているのは分かっている。

「別れる、べきなのかな。」

ジョッキの外側についた水滴がテーブルに落ちていく様を見ながら呟くと、友人はそれを持ち上げてお手拭きでテーブルの上に出来た水の輪っかを拭き取った。

「アタシがアンタなら付き合って3カ月で別れてるよ。彼女より女友達優先させるなんてあり得ない。」
「ははっ、私1年以上も付き合っちゃってるよ。バカだねー。」

泣き笑いのようになってしまった私に友は『仕方ない子ね』なんて言ってため息を吐いた。

「じゃあさ、あっちがバレンタインに友情(笑)優先させるなら、真由もそうしたら?」
「え?桜花おうかちゃん、明日も一緒に居てくれるの!?」

友情万歳!と叫びそうになったけれど桜花ちゃんはフン、と鼻を鳴らした。

「何でアンタとバレンタインに一緒に居なきゃいけないのよ。それにアタシじゃ当て馬にならないじゃない。」
「当て馬?」
「別れる別れないは別として、このままじゃ悔しくないの?」
「まぁ、悔しい、かも。」
「だったら、こっちも当て馬を用意して彼氏に一泡ふかせるのよ。」
「えー、無理。当て馬なんて用意出来ないもん。」

私が口を尖らせると桜花ちゃんはニィと口角を上げて『いるじゃない』と言ってスマホを手に取り操作し始めた。
そしてアドレス帳の画面を私に見せた。

『長谷川 あたる

その名前を見ただけで私の胸はきゅっと痛くなった。

やめてよ、と言おうとしたけれどそれより早く桜花ちゃんに通話ボタンを押されてしまった。

「あ、あたるちゃん?明日暇?あ、忙しいの?そっかー。今、真由と××で飲んでてね。え?明日忙しいんでしょ。来なくていいって。じゃあね。」

どうやら予定がつかないようで、ホッとした。

「やめてよ、長谷川くんが当て馬なんて引き受けてくれるわけないでしょ。そもそもバレンタインに暇な訳ないんだから。」

長谷川くんと私は高校の同級生だ。もう一人、桜花ちゃんの後の彼氏(現在進行)と四人で、どこに行くにもいつもつるんでいた。

仲の良い友人だったと思う。私は彼に仄かな想いを寄せてはいたけれど。

でも、高校を卒業して、進学先が違うのと、桜花ちゃん達が付き合い始めたことによって、四人で会う機会が無くなっていった。
それでも大学に入学したての頃は長谷川くんから『遊びに行こう』と何度か連絡が来ていた。でも二人で会うのは気まずくて、適当に理由をつけては断っていた。
高校時代から、4人だったら楽しく過ごせるけれど、二人だと彼を意識し過ぎて空回りしてしまっていて、そんな自分が恥ずかしかったのだ。
しかも桜花ちゃん達が付き合い始めると、『私達も付き合おうよ』なんて私が思っていることを勘づかれたく無くて、余計に避けてしまったのだった。

思いに気付かれて振られてしまうよりは友人でいたい。そう思っての行動だったのだけれど、会うことも無くなって、連絡を取ることもしなくなって、結果的に友情が途絶えてしまった。

こんなことなら想いを告げていた方が良かったかと思ったけれど、高校時代の思い出が楽しく美しいままでいられたのだからこれで良かったのかも、と自分に折り合いをつけた。
そんな時に亮介と出会って『誰にでも優しい彼』をいいな、と思った。肩肘張らずに一緒にいられたので、どちらからともなく自然に付き合うことになった。
それが今、誰にでも優しい、と言うか女友達にも優しくする彼を嫌だな、と思うようになったのだから自分勝手かもしれないなとも思う。

私が少ししんみりしていると桜花ちゃんが『次、何飲む?』とドリンクメニューを渡してくれた。

甘いカクテルにしようかなと迷っていると、聞き覚えのある声がした。

「俺は中生ちゅうなま。」

声の主は『久しぶり』と私に挨拶をして隣に胡座をかいて座った。

「あたるちゃん、来たの?明日忙しいのにいいの?てか、来るの早くない?」
「チッ、全っ然、忙しくねーよ。…真由、何飲むか決まった?」
長谷川くんは私の空になったジョッキをテーブルの脇に寄せた。

意外と近い距離から聞こえる声に、長谷川くん側の体半分が熱を持ち始めた。

「わ、私も生で。」
「真由、二杯目もビールなんて珍しいね。アタシもビールにしよっと。」

長谷川くんが生ビールを3つ頼むと、それはすぐにやってきた。

「乾杯しよっか。」
桜花ちゃんがジョッキを持ち上げた。

「う、うん。何に乾杯する?」
横にいる長谷川くんの顔を、ちらりと盗み見ようとしてバッチリ目が合った。

「真由との再会に。」
長谷川くんは、ほんの少し寂しそうな顔をして私と桜花ちゃんのジョッキにそれをぶつけた。

長谷川くんと会うのは約二年振りだ。

彼は二年前と変わらず爽やかで、顔のパーツ一つ一つどれを取っても整っていて、H高校のプリンスは今も健在といった感じだった。
昔一緒につるんでいた時に、女子にやっかまれたことを思い出した。その度に桜花ちゃんが完膚なきまでに相手を言い負かしてくれたんだった。

「真由は最近どうしてた?」
「うん、最近、ふ、普通だよ?」
「なんかね、彼氏とうまくいってないみたいよ。」
「桜花ちゃんっ。」
「いいじゃない。当て馬になってもらう為に呼んだんだし。」

違うの、私は頼んでない、そう伝えたくて長谷川くんを見ながら首を横に振った。

「当て馬?」
「このままだと当て馬にされそうだから、こっちも当て馬を用意して、慌てさせてやろうってけしかけてたのよ。」
「どういうこと?」

長谷川くんは心なしかトーンの低くなった声を出し、問い詰めるように真剣な顔で私を見た。
その視線に心臓がドキドキしてしまい、耐えられなくて少し涙目になると桜花ちゃんに『私が代わりに言っていい?』と言われたので頷いた。

桜花ちゃんの臨場感溢れるアドリブ付きの説明を、長谷川くんは終始眉間にシワを寄せながら聞いていた。

「許せん。」

長谷川くんは、半径5メートルは氷漬けになりそうなくらいに冷ややかにそう言うと、私の方を向いてにこりと笑った。

「明日、真由の、か、…亮介とやらがその三奈って女友達と会う場所と時間聞いておいて。」
「え。」
「真由の為に、当て馬になってやるよ。」
「そんなの、悪いよ。」
「真由、俺にお願いして。そうすれば何でも叶えてやるから。」

私は長谷川くんにこんな風に言ってもらえるなんて思っていなかった。友情は途絶えてしまったのだと思っていたけれど、彼は私をまだ友人だと思ってくれていた。
それが嬉しくて涙が出そうになって喋れなくなった。そんな私の代わりに桜花ちゃんが立ちあがり私の後ろ回ってきて、物真似(?)をしながら返事をしてくれた。

「長谷川くんっ、真由のお願い聞いて。叶えてくれたら何でも言うこと聞いて、あ、げ、る、から☆」

「よし、分かった。」

長谷川くんはそう言って私の頭を、小さな子どもにするように撫でてくれた。
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