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ルベル王国編
交渉決裂
しおりを挟む帰りの馬車の中で、獣王陛下からの手紙を読んだ。
光栄としか言いようがない。一国の王が、ただの人間である俺のことをここまで買ってくれるとは。
そして獣王陛下は、アドルフという友人を特に大切にしているようだ。その友人のためにも、俺を同胞として迎え入れたいのだろう。
読んだ手紙の最後には、この手紙を他人に見られないように、処分することを勧める。君があらぬ疑いを掛けられて危険な目に合ってしまっては、元も子もない。念のために忠告しておく、と書かれていた。
獣王陛下からの貴重な、心の籠った手紙を処分することには迷ったが……生活魔法に含まれている、小さな火を生み出す魔法で手紙を燃やす。
この火を生み出す魔法は、料理のために使用することが多い。
手紙を燃やし、その燃えカスを再び生活魔法を使って綺麗に掃除した後。ふと、手の中にある魔法玉に視線を落とす。
(これがあれば、ルベル王国から――あの教祖から、逃げられる……?)
そんな希望が生まれたが……首を横に振る。駄目だ。どうしても奴から逃げられる気がしない。
俺が父親と教祖に逆らわなければ、このまま誰にも頼らずにいれば、大切な存在を奪われることも無い。
あとは俺の心境の変化をひた隠しにして、アドルフ達を巻き込まないようにするだけだ。
だが、もしも俺の心境の変化が……獣人族を大切な存在だと認識していることが、既に教祖にバレていたら?
その時は、アドルフ達の下へ逃げた俺の代わりに、獣人族の奴隷達がシャノンのように処刑されてしまうのでは?
あの得体の知れない教祖なら、やりかねない。それが怖くて仕方ない。
やはり、俺だけが逃げるなんて駄目だな。できない。しかし……
(――アドルフ)
あいつが言った約束。そして獣王陛下からの手紙に書いてあった、獣王陛下とアドルフの言葉。彼らの気持ちを無駄にしたくないと思っていることも、事実だ。……心が揺れている。
結局。答えを出せないまま、王都に戻って来てしまった。例の公式文書を渡すために、国王と側近達の下へ向かう。
*****
「――不浄な半獣風情が! 要求を受け入れなければ侵攻を再開させるだと? 何様のつもりだ!」
「今すぐにオリソンテへ兵を向かわせるのだ! 奴らを生かしてはおけん!」
城内にある広間での会議中。国王に公式文書が渡り、それを読んで怒りに震える国王から側近達へその内容が伝えられた。
側近達は怒り狂い、すぐに戦争を仕掛けようなどと血迷ったことを言う。
「恐れながら申し上げます。我々と獣王軍の現在の兵力差は歴然としており、兵を出せば多くの犠牲者が出ます。そして何よりも……こちらから仕掛けてしまえば今度こそ、獣王軍は奴隷を解放するために、砦と王都に攻め込むでしょう」
「それがどうした!」
「これ以上、邪神デファンスに守護された半獣共の好きにさせてたまるか!」
馬鹿共の言うデファンスとは、獣神デファンス……神話の中で獣人族を生み出したとされる神のことだ。
エクレール教の聖典によれば、この獣神デファンスと魔族を生み出したとされる神……魔神シャルムは、邪神であるとされている。
そう呼ばれる理由は、聖典に記されている神話の中にあるのだが……実はこの内容、獣人族や魔族に伝わっている神話とは随分と異なっており――
おっと。話が長くなる前に止めておこう。
ダメ元で進言したが、やはり獣王国側の要求を受け入れるつもりは無いらしい。……自分達が戦うわけでもないのに、勝手なことを言いやがる。
その時、父親が口を開いた。
「国王陛下。これ以上の交渉は、無意味だと愚考いたします。奴らが侵攻を再開させるというなら、こちらも受けて立てばいいのです。交渉は決裂したと見なし、我々に土地も奴隷も返さない不浄な半獣共へ、女神様に代わって鉄槌を下してやりましょう! 女神様の信者たる、我々が!」
「おぉ……!」
「さすがはベイリー公爵……!」
父親以外の側近達が口々に父親を称賛する。士気も上がっていた。まずいぞ……! これでは獣人族を無駄に怒らせるだけだ!
最近は特に、自分達の要求を受け入れようとしない獣人族への苛立ちが募っていたようだし、俺が最初に外交に行った時よりも冷静な判断ができていない。
全員、獣人族と戦争をすることしか頭にないのだ。
そもそも彼らとの交渉を始めたのは、その兵力差を理解した上で、王国の滅亡だけは避けたいと考えたからだろ!
自分達から滅亡を後押ししてどうする! 馬鹿にも程があるぞ!
今までは、なるべく双方に犠牲者を出したくないと主張していた獣王陛下が寛大だったからこそ、戦争は起きなかった。俺達は見逃されていたのだ。
しかし、もはや猶予は無い。
(余計な戦争が起きれば、奴隷として自由を奪われている獣人達に被害が及ぶかもしれない。それは嫌だ!)
そう考え、あくまでもルベル王国のことを思って反対している……ということにしておき、再び進言しようとしたところで、国王がこう言った。
「ベイリー公爵。奴らとの交渉を決裂させた場合……レイモンド・ベイリーの処分についてはどう考えている? 交渉が無意味となれば外交官の存在もまた、無意味だろう?」
心臓が跳ねた。……嫌な予感しかしない。
「本来なら、交渉を失敗させた責任を取らせる形で極刑に処するべきですが……以前、交渉が決裂してレイモンドの外交官としての任務が打ち切りとなった時は、レイモンドを神殿で預かりたい、という申し出を、セオドリク様からお受けしまして……」
「教祖殿が? ……ふむ」
教祖が俺を神殿で預かりたい、だって? 一体何を企んでいる?
「教祖殿には何か考えがあるようだ。……よかろう。レイモンド・ベイリーは今後、神殿の預かりとする」
「お待ちください! 私は――」
「レイモンド! 口出しをするな。セオドリク様と私に逆らうつもりか!」
そう言われ、黙り込んだ。……これは、条件反射と言っても過言ではないのかもしれない。
教祖と父親に逆らえば、俺のせいでまた犠牲者が出るかもしれない。それが怖くて、つい従ってしまう。
「……念のために拘束しておくか。近衛兵! レイモンド・ベイリーを拘束し、神殿へ送れ」
「はっ!」
「抵抗はするなよ。これはセオドリク様のご意思だ。それに逆らえばどうなるか……分かっているな?」
二名の近衛兵が国王に従い、俺を拘束しようと素早く近づいて来る。俺は父親の言葉を聞き、大人しくしていることにした。
やはり、俺は逃げられない。魔法玉は後でこっそり処分するとしよう。
「――がぁっ!」
「ぐっ!」
しかし。そんな近衛兵二名の苦悶の声を聞き、はっと顔を上げる。
俺の目の前には、いつの間にか小柄な女性がいた。茶髪を高く結んだポニーテールに、細長い尻尾と丸い耳――鼠の獣人だ!
近衛兵二名は頸動脈を切られたようだ。出血を止めようと手で押さえているが、あれでは助からないだろう。
女性は二本のダガーを手にしている。これで近衛兵達の首を切ったのか。……服は黒装束だ。前世の忍者と少し似ている。
女性が俺の方へ振り向いた。口元は黒い布で覆われており、その表情は分からないが……俺を見る赤褐色の瞳には、優しさが籠められている。
「……私は、獣王軍第一旅団……諜報部隊隊長の、ミュース。――あなたを、助けに来た」
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すごいよね。
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以前公開していた小説のセルフリメイクです。
アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。
基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。
1話2000~3000文字で毎日更新してます。
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