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獣王国ヴァイス編
神獣レヴィアタン
しおりを挟む仮眠室で眠っていた俺は、外のバタバタと騒がしい音を聞いて、目が覚めてしまった。……最愛の妻との幸せな夢を見ていたというのに、邪魔された。何なんだ、一体。
「レイモンド君! 悪いけど起きて!」
「……ちょっと待ってくれ。今開ける」
ベッドから立ち上がり、脱いでいた上着を着てから、仮眠室のドアを開けた。その先にいたのは、やけに焦っているクラウディア。
「どうした? まさか、また敵襲か?」
「獣神様の眷属が――神獣が現れたの!」
「何だって?」
慌てて彼女と共に甲板に出ると、空は赤く染まっていた。もう夕暮れか。眠り過ぎたようだ。
そして夕焼けの中で目立つ、天色に輝く鱗。見上げる程の巨体……
(……いや、デカ過ぎるわ)
以前戦ったシー・サーペントの、二倍はありそうな蛇の体躯。背には一対の羽が生えている。鳥のような羽ではなく、ドラゴンの羽だ。
巨大な海蛇にドラゴンの羽……リヴァイアサン、もしくはレヴィアタンだろうか?
その姿を見て呆気に取られていると、女性の声が響き渡る。
「――来たか、人の子よ。妾は獣神様の眷属たる神獣、レヴィアタンじゃ。お主を待っていた。こちらへ来い」
俺を待っていた? 理由は分からないが、俺に用があるらしい。言われた通り、レヴィアタンの側へ向かう。神獣に気圧されているのか、獣人達は動かない。
俺だって、手と足が震えているし行きたくないが、それでも行くしかない。彼女が指名しているのは俺だ。……獣人達の間をすり抜けて前に出た時、左肩をがっと捕まれた。
「……アドルフ」
「…………」
少し顔色が悪いが、他の獣人達よりは動けるらしい。彼は俺の目を見て頷くと、隣に立ってくれた。
「ふむ。このままでは話しにくいな。どれ――」
すると巨体が光り輝き、それが一気に小さくなった。小さくなった光が甲板に降りて来る。
それは人の形を取っており、光が収まると、長身の美しい女性が姿を見せた。薄手の青い服を纏い、腰まである天色の髪が靡く。
「……レヴィアタン様、ですか?」
「うむ、そうじゃ。妾が本来の姿のままでは、小さき者らは首が痛くなるじゃろう。こうして人型に変身してやった妾の配慮を、ありがたく思うが良い」
「はっ。……ありがたき幸せ」
「……ほう。殊勝な心掛けじゃな」
満足そうに頷く彼女に、恐る恐る問い掛けてみる。
「それで、我々にどんな御用でしょう?」
「そうじゃな……まず、お主ら。獣神様に加護を与えられた者達を、この目で見たかった」
なるほど。俺だけではなく、アドルフにも用があったわけか。
「それともう一つ。お主らはこの先に何があるのかを知った上で、先を目指しておるのか?」
「……魚人族が住む、ラルゴ島ですね」
「何が目的で、あの島へ向かう?」
レヴィアタンは涼しげな目を細め、俺を見つめる。……口は笑っていても、目は笑っていない。それが恐ろしい。
しかし、神獣の問い掛けに対して、いつまでも黙っているわけにはいかない。正直に話すことにした。
「魚人族との交渉のためです。……獣王国は、彼らの助力を得たいと考えています」
獣王国の現状。帝国側の今後の動き。そして、エクレール教の教祖の危険性。……それらの事情を伝えて、戦力を確保するためにラルゴ島へ向かっていると話した。
「つまり――あの子らを戦に巻き込むと、そう言っておるのじゃな?」
「!」
「ぐ……っ!」
瞬間。強い圧迫感が、俺達を襲う。
レヴィアタンを中心に、まるで暴風のように威圧が広がっていく。後ろでも獣人達の苦し気な声が聞こえた。そっちが心配だが、立っているのがやっとで振り向けない……!
ついに耐えきれず、後退りしようとした俺の背を、横から伸びてきた手が支えた。アドルフの手だ。
彼女から目を離すことができず、アドルフがどんな顔をしているのかは分からないが……その手で、軽く爪を立てられたことを感じ取った時。こいつが、何を言いたいのかが分かった。
(『呑まれるな』ってか。……あぁ、分かってるよ!)
礼は後で言おう。今はその代わりに、俺も同じ行動を取ることで応える。
俺が横を見ずに、片手を伸ばしてアドルフの背を支えると、小さな笑い声が聞こえた。俺よりは余裕なんだな、この野郎。
その頼もしさを少しだけ羨ましく思いながら、ゆっくりと口を開く。
「……その通りです。我々は、魚人族を戦いに巻き込むことになるでしょう」
「ほう……開き直りか?」
「そうですね。そう取ってもらっても結構ですよ。我ながら身勝手ですが、私は例え魚人族の皆様に断られても、余程の理由が無い限りは、何度でも足を運ぶつもりです。彼らの協力を得られるまでは」
「……傲慢じゃな」
「大切なものを守るためなら、いくらでも傲慢になります」
この世界は、日本のように平和ではない。誰かの死が、身近に存在している。そんな世界で大切なものを守りたいのであれば、手段なんて選んでいられないのだ。
「もちろん、彼らをただ巻き込むのではなく、私も獣人達も命を掛けて戦います。協力してくれるのであれば、我々が彼らを守ります。それが、平和に暮らしていた彼らを巻き込もうとしている者の、責任ですから」
「…………」
「私は自分なりのやり方で、自分の友を、同胞達を――俺の大事な居場所である、獣王国を守ろうとしているだけだ。……その邪魔をしないでくれ」
場合によっては、レヴィアタンと戦う覚悟を持って、彼女を睨む。……すると、彼女よりも先にアドルフが口を開いた。
「俺も、こいつと同意見だ。レイが進む道に立ち塞がり、その邪魔をしようとする奴は、絶対に許さない。もしもこいつに手を出そうとすれば、この俺が相手になってやるぜ」
「…………」
「……まぁ、そもそもあんたには、本気で俺達の邪魔をする気が無いんだろうけどな」
「えっ?」
アドルフの言葉に、俺が驚きの声を上げた途端。この場を支配していた威圧感が消えた。その代わりに、笑い声が響く。
「ふふ……はっはっはっは! 何故分かったのじゃ?」
「俺達が立っていられるのが、その証拠だろ? あんたが本気になれば、こんなもんじゃ済まねぇはずだ。それぐらいの力量差があることは、分かっている」
「ほぉ? 分かっておるのに、妾が邪魔をしたら戦うつもりか?」
「あぁ。例え負け戦でも、レイが本気で戦うと言うのであれば……それに応えてやりたくなるんだよ。なんせ俺は、こいつの心の友だからな!」
「ふははははっ! 愉快、愉快じゃ。面白い男がおる。そしてお主ほどの男が、そこまで信頼を寄せる人間もまた、面白い! ……さすがは、獣神様に特に注目されている者達じゃな」
つまり、レヴィアタンには俺達と敵対するつもりが無い……と思っていいのか? 機嫌も良さそうだし、少なくとも最悪の事態は避けられたかな?
「許せ、獣神様の加護を持つ者達。そしてその仲間達よ。妾はお主らを試したのじゃ。そこな二人は、本当に加護を持つに相応しい者達なのか。それから、共におる仲間達にはどれ程の度胸が備わっておるのかを、な」
「……なるほど。そういうことでしたか」
ほっと、安堵のため息をついた。……神獣から試練を与えられたわけか。それなら納得できる。
「我々は、あなたのお眼鏡に適いましたか?」
「あ、あぁ……合格じゃよ」
「それは良かった。ありがとうございます」
「……妾を責めないのか? 我ながら理不尽だと、理解しておるのじゃが……」
「本来、神の加護というのは、そう簡単に得られる物ではありません。ですからそのうち、加護を持っているが故の試練のようなものが与えられるだろうと、以前から予測していたのです。そう考えれば、あなたが私とアドルフを試したことには、正当性があります」
「……なんと」
「しかし、加護を持たない者達は、私とアドルフに巻き込まれたことになりますかね? それは確かに理不尽、か。……皆、巻き込んですまなかった」
「そうだな……悪かったな、お前ら」
俺とアドルフが仲間達に謝ると、むしろ恐縮されてしまった。自分達は何もできなかったから、俺達に任せ切りで申し訳なかった……とのこと。気の良い奴らである。
「何ともはや、お主らは揃いも揃って器が大きいな。誰一人として、妾から逃げ出そうとしなかったしのう……うむうむ。良きかな。お主らであれば、ここを通ることを許す。行くがいい」
「分かりました。ありがとうございます、レヴィアタン様」
「うむ。……おお、そうじゃった。人の子と狼の獣人よ。お主らの名は?」
「獣王軍第一旅団所属、レイモンドと申します」
「同じく第一旅団所属。副団長兼、戦闘部隊隊長……アドルフだ」
「レイモンドに、アドルフか。覚えておく。……島に着けば分かるが、目的の交渉が失敗に終わることは無いじゃろう」
「あ? それはどういうことだ?」
アドルフの問いに答えることなく、レヴィアタンは元の姿に戻り、海の中へと去って行く。
「……とりあえず、先に進むか。あの方の言う通りなら、島に着けば分かるんだろう」
「そうだな。……行くか」
俺達は諸々の疑問を呑み込み、ラルゴ島を目指すことにした。
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