6 / 31
1-6
しおりを挟む
* * *
スーパーとスマートフォンのマップアプリに表示されていた店は、思っていたスーパーよりもずっと小さくて個人商店という言葉の方が近い佇まいだった。
コンビニと店の広さは大して変わらないように見える薄暗い店内は肉だの魚だのが極端に少ない。
ネット通販の方がいいのではないかと思うが、レジの奥にいたおばあさんと目が合うと思わず会釈をしてしまう。
「あんた、どこのもんさね」
おばあさんに話しかけられて、思わずギクリとしてしまう。
初対面の人間と話すのは苦手だ。
「えっと、あっちの門脇の家の……」
あっちの方角があってるかさえもよく分からないけれど、とりあえず指さす。
「ああ、あの空き家の家に越してきたのかい」
方言の強い言い方でおばあさんが言う。
空き家だと思われてることで、彦三郎が本当の座敷童なのかもしれないという気持ちが強まる。
「あそこはいつから空き家かご存じですか?」
いつあの家に妖怪が来たのだろうか。それが気になる。
「あの家は、ずっと空き家だったじゃろうに。
あの家さ建てたときだって自分の親戚さ呼んだって話だ」
金持ちのやるこたあわかんね。おばあさんはそう言ってから、俺が門脇の人間かもしれないと思い立ったのだろう。口をもごもごとさせて視線をそらした。
仕方が無く、カレールーだの野菜だの、インスタントラーメンだのを籠に入れていく。
ニンニクのチューブには埃がかかっていて、諦めて棚に戻す。
それから最後に霜がびっしりとこびりついたアイス用のショーケースから、いくつかアイスを放り込む。
籠をレジに出した瞬間、この店は袋をくれるのか不安になったけれど白いビニール袋に入れてくれた。
「……でも、あの屋敷を建てる前も小さな家があったなあ。
幸子さんっていう女中さんが務めてた筈でなあ」
袋に入れながら、おばあさんが言う。
「それっていつ頃のことですか?」
「さて……、50年ほど前ののような」
歯切れが悪いものの、あの家はそこまで古いようには見えない。
けれど、初めて来た店のおばあさんにそれ以上聞く様な話ではないし、座敷童って知ってます? なんて口が裂けても言えない。
それに、今日も大分暑い。アイスが溶けてしまうんじゃないかという方を優先することにした。
帰りの道でようやく少し屋敷に向う道が坂道だったことに気が付く。
運動不足の足が引きつりそうになりながらペダルを踏む。
けれど、まだ帰った先にいる事もが人間ではないということが信じられずにいた。
屋敷に戻ると、彦三郎は最初の部屋でゲームをしていた。
ゲームがあるということはインターネットへの接続もあるのだろう。
「どれにする?」
アイスを三つだして確認をする。
彦三郎は不思議そうな顔をしてアイスを見た後、チョコレートのかかった棒アイスを選んだ。
そのまま台所に行って、自分用のアイス以外のものを冷蔵庫にしまう。
それから、アイスを持って彦三郎のいる部屋に戻った。
「一緒に食べていいか?」
もう包を開けてアイスをかじっている彦三郎にきくと「ああどうぞ」と何もない畳をトントンと叩かれる。
並んで座る。
視界いっぱいに広がるお札が居心地の悪さを何倍にもしていた。
「彦三郎さんはいつからここにいるんだ?」
子供をさん呼びするは微妙な気がしたけれど、呼び捨てにできるほどの度胸は無い。
「ざっと、二百年位ってとこだ」
彦三郎は溶けてたれてきたアイスを舐めながら、テレビで見たことはあったけどこんな味なんだなと呟いた。
二百年前が具体的にどんな事があったかは分からないが、多分江戸時代だ。
彦三郎は嘘を付いている様に見えない。
「それ、溶けるんじゃねーのか?」
俺のアイスのカップを指さして彦三郎は言う。
慌てて紙のふたを開けると半ば溶けている様に見える。
仕方なく、木のスプーンですくって食べ始める。
「二百年ここで何をしてるんだ?」
「座敷童が何をするか知ってるか?」
質問に質問で返されてしまう。
座敷童は子供の頃漫画か何かで読んだことがある。
たしか、座敷童がいる家には福が訪れるとかなんとか。
そこまで考えたところでその先が分からなかった。
座敷童はなんで家にいるのか、座敷童は家で何をしているんだったか。考えたことも無かった。
「家にいる事“だけ”が重要らしい」
ニヤリと彦三郎は笑った。
それは子供らしからぬ笑顔だった。けれど、彼の話しが本当だとするともう彼は子供ではないのか?
それとも妖怪の世界では二百歳はまだ子供なのだろうか。
「だから、立派なNEET様として二百年ここで暮らしてる」
自嘲なのだろうか、それとも俺に対する嫌味なのだろうか。
そこが分からない。
「ずっとこの家の中で……?」
「俺が、座敷童になった時からはずっとここにいるな」
さっき見た通り門脇には札で外に出ることを封じられてるからな。
彦三郎は言う。
「別にあれが無ければ、俺にとって壁なんてもんは関係ないんだ」
アイスを食べ終わった彦三郎は立ち上がると、障子へ向かって歩く。
そのまま障子をすり抜けた彦三郎を見て、ひゅっという音が自分の喉の奥から聞こえる。
嘘だと思ってしまいたい気持ちが消え去って、どうにもならない生き物との同居生活だという事実だけが残る。
「大丈夫だ。
俺にできることっていやあ、お供えもんを食う事と憑いた家に繁栄をもたらすこと位しかない」
そもそも、アンタ門脇の人間なんだろ? 危害をくわえることなんざできやしない。
俺がアンタに与えられるものは繁栄だけだ。
はっきりとした口調で彦三郎は言った。
スーパーとスマートフォンのマップアプリに表示されていた店は、思っていたスーパーよりもずっと小さくて個人商店という言葉の方が近い佇まいだった。
コンビニと店の広さは大して変わらないように見える薄暗い店内は肉だの魚だのが極端に少ない。
ネット通販の方がいいのではないかと思うが、レジの奥にいたおばあさんと目が合うと思わず会釈をしてしまう。
「あんた、どこのもんさね」
おばあさんに話しかけられて、思わずギクリとしてしまう。
初対面の人間と話すのは苦手だ。
「えっと、あっちの門脇の家の……」
あっちの方角があってるかさえもよく分からないけれど、とりあえず指さす。
「ああ、あの空き家の家に越してきたのかい」
方言の強い言い方でおばあさんが言う。
空き家だと思われてることで、彦三郎が本当の座敷童なのかもしれないという気持ちが強まる。
「あそこはいつから空き家かご存じですか?」
いつあの家に妖怪が来たのだろうか。それが気になる。
「あの家は、ずっと空き家だったじゃろうに。
あの家さ建てたときだって自分の親戚さ呼んだって話だ」
金持ちのやるこたあわかんね。おばあさんはそう言ってから、俺が門脇の人間かもしれないと思い立ったのだろう。口をもごもごとさせて視線をそらした。
仕方が無く、カレールーだの野菜だの、インスタントラーメンだのを籠に入れていく。
ニンニクのチューブには埃がかかっていて、諦めて棚に戻す。
それから最後に霜がびっしりとこびりついたアイス用のショーケースから、いくつかアイスを放り込む。
籠をレジに出した瞬間、この店は袋をくれるのか不安になったけれど白いビニール袋に入れてくれた。
「……でも、あの屋敷を建てる前も小さな家があったなあ。
幸子さんっていう女中さんが務めてた筈でなあ」
袋に入れながら、おばあさんが言う。
「それっていつ頃のことですか?」
「さて……、50年ほど前ののような」
歯切れが悪いものの、あの家はそこまで古いようには見えない。
けれど、初めて来た店のおばあさんにそれ以上聞く様な話ではないし、座敷童って知ってます? なんて口が裂けても言えない。
それに、今日も大分暑い。アイスが溶けてしまうんじゃないかという方を優先することにした。
帰りの道でようやく少し屋敷に向う道が坂道だったことに気が付く。
運動不足の足が引きつりそうになりながらペダルを踏む。
けれど、まだ帰った先にいる事もが人間ではないということが信じられずにいた。
屋敷に戻ると、彦三郎は最初の部屋でゲームをしていた。
ゲームがあるということはインターネットへの接続もあるのだろう。
「どれにする?」
アイスを三つだして確認をする。
彦三郎は不思議そうな顔をしてアイスを見た後、チョコレートのかかった棒アイスを選んだ。
そのまま台所に行って、自分用のアイス以外のものを冷蔵庫にしまう。
それから、アイスを持って彦三郎のいる部屋に戻った。
「一緒に食べていいか?」
もう包を開けてアイスをかじっている彦三郎にきくと「ああどうぞ」と何もない畳をトントンと叩かれる。
並んで座る。
視界いっぱいに広がるお札が居心地の悪さを何倍にもしていた。
「彦三郎さんはいつからここにいるんだ?」
子供をさん呼びするは微妙な気がしたけれど、呼び捨てにできるほどの度胸は無い。
「ざっと、二百年位ってとこだ」
彦三郎は溶けてたれてきたアイスを舐めながら、テレビで見たことはあったけどこんな味なんだなと呟いた。
二百年前が具体的にどんな事があったかは分からないが、多分江戸時代だ。
彦三郎は嘘を付いている様に見えない。
「それ、溶けるんじゃねーのか?」
俺のアイスのカップを指さして彦三郎は言う。
慌てて紙のふたを開けると半ば溶けている様に見える。
仕方なく、木のスプーンですくって食べ始める。
「二百年ここで何をしてるんだ?」
「座敷童が何をするか知ってるか?」
質問に質問で返されてしまう。
座敷童は子供の頃漫画か何かで読んだことがある。
たしか、座敷童がいる家には福が訪れるとかなんとか。
そこまで考えたところでその先が分からなかった。
座敷童はなんで家にいるのか、座敷童は家で何をしているんだったか。考えたことも無かった。
「家にいる事“だけ”が重要らしい」
ニヤリと彦三郎は笑った。
それは子供らしからぬ笑顔だった。けれど、彼の話しが本当だとするともう彼は子供ではないのか?
それとも妖怪の世界では二百歳はまだ子供なのだろうか。
「だから、立派なNEET様として二百年ここで暮らしてる」
自嘲なのだろうか、それとも俺に対する嫌味なのだろうか。
そこが分からない。
「ずっとこの家の中で……?」
「俺が、座敷童になった時からはずっとここにいるな」
さっき見た通り門脇には札で外に出ることを封じられてるからな。
彦三郎は言う。
「別にあれが無ければ、俺にとって壁なんてもんは関係ないんだ」
アイスを食べ終わった彦三郎は立ち上がると、障子へ向かって歩く。
そのまま障子をすり抜けた彦三郎を見て、ひゅっという音が自分の喉の奥から聞こえる。
嘘だと思ってしまいたい気持ちが消え去って、どうにもならない生き物との同居生活だという事実だけが残る。
「大丈夫だ。
俺にできることっていやあ、お供えもんを食う事と憑いた家に繁栄をもたらすこと位しかない」
そもそも、アンタ門脇の人間なんだろ? 危害をくわえることなんざできやしない。
俺がアンタに与えられるものは繁栄だけだ。
はっきりとした口調で彦三郎は言った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる