ローレライに口付けを

渡辺 佐倉

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5(前)

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家に帰ってしばらくして家のインターフォンがなった。
友達なんてものはいないし、こんな時刻に訪ねてくる人間に心当たりはない。

明かりはついているので居留守だと分かり切っているだろうけど、無視してしまおうかと思う。
宅配便だったら、不在票が入るだろう。

ピンポーンという音がもう一度鳴る。

仕方が無く玄関のドアの前に立って、ドアスコープから外を覗く。

そこにいた人物に正直驚く。
家の場所を教えたことは勿論無いし、今日は学校を休んでもいない。

先ほどまで一緒にいた筈の赤羽がドアの前に普通に立っている。

どうやって家を調べたのだろうということはあまり気にならなかった。
歌のことを知っていたのだ。多分俺の事を調べぬいているのだろう。

仕方が無くドアを開ける。

「やあ、こんばんは。じゃあ行こうか。」

赤羽とは約束をした覚えはない。
そもそも、どこに何をしに行くのかすら、彼は言わない。

「ちょっと、待て。どこに行くんだよ。」

財布も何も持っていないのに、今すぐ行くぞとばかりに腕を引かれる。

「え? 俺の家だけど。」

赤羽は当たり前の様に言う。
何故俺が、赤羽の家に行かなければいけないのかも、彼が何故そうしようと思ったのかも分からない。

慌てて、鍵だけでもと思い下駄箱の上に置いてあった予備の鍵をつかむ。

「財布を……。」
「別にそんなものいらないよ。」

外に車を待たせてるから。
と言ってそのまま二人で外に出た。

待っていたのは普通のタクシーで少しばかりほっとする。
見るからに高級車という車で乗り付けられるよりはいくらかマシに思えた。

彼の家は思ったよりも郊外にあった。
けれど、玄関のドアを赤羽が開けて一歩入った瞬間理由が分かった気がした。

彼の家は、美術室と同じ香りがする。
塗りこめられた様な油絵具用の油の匂いが充満して一瞬ここがどこだか分からなくなる。
「ああ、こっちだよ。
俺だって、お茶位入れられるんだよ。」

にこやかに笑う赤羽は、友達を家に招いて嬉しそうと言われれば信じてしまいそうな笑みを浮かべている。

リビング、だったであろう部屋にはキャンバスが散乱していて床には固まった油絵具らしきものが何か所か落ちている。

それでも、革張りのソファーとローテーブルは綺麗に見えた。

腰をかけていいか聞こうにも筆談用のメモもペンも持っていない。
赤羽はそれらを用意してくれる気は無い様なので諦めて座る。

声を出すのは、何か赤羽の期待に応えてしまう様で恐ろしかった。

出されたものは洋風なティーカップに入った緑茶でそれがこだわりなのか、無頓着の結果なのかはよく分からなかった。


赤羽はここで一人暮らしをしている様だった。
油の匂いがたちこめる位ずっと一人でここで絵を描いているのか。それは俺の歌を聞く前から変わらない事なのか。
今の俺には聞くすべもない。

「ねえ、ずっと声も出さないつもりなのかい?」

目を細めて赤羽が聞く。

首を振る。彼が意図したのが、今日会話をするつもりが無いことを聞くものなのか、これからずっとという意味だったのかは知らない。

けれど、どちらにせよ今自分が選べることは声をなるべく出さない事だけだった。
もう誰も不幸に巻き込まない事だけだった。


せめて話を変えたいと、周りを見渡す。雑然とスケッチブックが積み上げられる中壁に紙が何枚も貼り付けられているのが見える。

それが自分をスケッチしたものだとすぐに気が付く。

はっ、と吐き出した息は音になる。
どこからが声で、どこからが吐息なのだろうか。

そんな事考えられない。
隅の壁に貼られているのはすべて、俺だ。
俺のスケッチが何枚も何枚も貼られている。

モデルでもするかい?と何度か聞かれたとことがある。
けれどすべて断っていたし、そもそも本気で聞いている様には思えなかった。

俺の声にはどの位の執着があるのかは分からなかったけれど、それ以外にはそれほど興味がありそうには見えなかった。

よろよろと立ち上がって、積み重なっているスケッチブックを手に取る。

その中に描かれていたものも俺だ。
制服を着たもの、私服らしきもの、中には裸のものも何枚も何枚もある。

「ああ。良く描けてるかな?」

赤羽が普通の事の様に言う。

「盗撮とか……。」

なぜ、こんなに自分のスケッチがあるのか分からなかった。
どこかで写真を撮られた記憶も無い。

「まさか。俺はただ見た通りに描いているだけさ。」

機械越しなんてもったいない事する訳が無い。そう赤羽は言う。

それにしたって尋常な量じゃない。
上から二冊目にも三冊目にも俺しか描かれていない。

「こうやって君を見ればいくらでも描けるもんだよ。」

そういうものなのか、絵の事は詳しくないからよく分からない。
けれど、少なくとも赤羽の俺への執着が声にとどまらない事はよく分かった。それを隠すつもりが全くない事も。

碌なものじゃない。
執着に至る理由も分かるし、運命とでもしないと彼のケロイドの付いた腕について割り切れないのだろうということも少しだけ分かる。

だけど、ここまで俺にこだわったところで何も意味は無いのだ。

せめてそれを伝えようとしたところで視界がぐにゃりと歪む。

「ようやく効いてきたみたいだね。こういうの使うこと初めてだから調整間違えたかと思った。」
「なに?」

思ったより簡単に言葉が出た。
けれど呂律がいまいち回らない。

トロリとした甘やかな笑顔を浮かべる赤羽だけが崩れ落ちた俺を見下ろしていた。
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