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聖女様

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◇◆◇


 学園に通う生徒の中に聖女の力を発現した娘が出たと聞いた。

 聖女様は世界を歪みから救う存在。伝説とさえ言われたおとぎ話の中だけの話だと思っていた。


 聖女様は祈りを捧げ、この歪《ひず》みを正されたそうだ。
 実際に何人もの人が目にしたらしい。


 聖女様は同い年だと聞いた。
 貴族ではない少女は私の目から見てもとても愛らしく、何人もの人が恋に落ちるのも分かる。


 世界に愛された人というのはこういう人をいうのだろう。
 キラキラと光るピンクがかったブロンドの髪の毛と、濃い海の様な瞳を見てそう思った。

 世界の歪みから人々を救った聖女様。
 美しく可憐な少女は貴族ではない。しがらみが無く手に入れられる最高のカードだ。


 国内の政治にも外交にも最も最適で圧倒的に力がある最強の手札。その上、かわいらしい姿とその真摯な言葉は国民からの支持もすさまじい。


 国内における貴族同士の駆け引きに使えるという人間よりもずっと、国にとって必要なものなのだろう。


 聖女様の近くに私の婚約者がいることも知っていた。
 まるで聖女様の騎士の様に近くに寄り添っている姿を、何度も何度も本当は見ていた。


 聖女様は素敵な人だ。
 一度も言葉を交わしたことのない私でも分かる。


 だからこれは仕方がない事なのだ。



 父が苦虫をかみつぶしたような顔で私を見ている。
 目の前には婚約破棄を申し出る書面。

「せめて、直接伝えて下されば」


 皆の前で、婚約破棄を宣言されても実際困るのだ。
 貴族には貴族の体面がある。


 けれど、せめて一度位話をしてくれても良かったのに。

 母が静かに泣いている。


 明日から、聖女様に八つ当たりだけはするまいと誓う。


 あの人にはあの人の都合があっただけなのだ。
 聖女様には何も関係のない事だ。

 
 アンリ様自身が望んだのか、それとも国としての決定なのかは私には分からない。
 けれど、婚約破棄自体を覆す力は私にも私の父にもない。

 これは決定してしまったことなのだろう。


 こんなことになる位なら。
 一瞬子供の頃の思い出が頭をよぎる。


 結婚する相手を選べるような立場にいないのは私が一番よく分かっている。
 家のために決められた人生を歩むしかないのだ。

 けれど、これはあんまりじゃないかしら。
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