間違い探し

渡辺 佐倉

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夏目視点

自分の顔がそれなりに整っているという自覚はある。
別にセックスをする相手に困ってなどいなかったのだ。

それなのに、態々脅すという手段を使ってあいつに近づいた。

昨日の状況でどういうことだったかはなんとなく分かった。
けれど、怒りよりも何よりも感じているのが喪失感で自分でも愕然とする。

都合のいい道具として選んだ以上でも以下でもない。

そもそも、名前すら知らないのだ。


それで喪失感があるなんて、自分のことを笑ってしまいそうになる。

馬鹿だ。
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。



「なーつめ君。ちょっといいかな?」

教室で一人ぼんやりと外を眺めていると入り口から声をかけられる。
俺のことを呼ぶやつなんて、喧嘩とそれから学校で必要な用事か、それ位だ。
それ以外はこんな風に教室で大声をかけられることは無い。

そこに立っていたのは、昨日までセフレだった人間と良く似た顔の男だった。
けれど、すぐに別人だと分かる。

それは俺だからという訳では無い事くらい理解できている。
その位同じ制服を着ていても雰囲気は違っている。

あいつが昨日言った言葉が脳内でまだ反響している様だ。
最初から俺の勘違い以外ではありえない関係だったという事を見せ付けられている様だ。

「ねえ、ちょっといいかな?」

人懐っこい笑顔を向けられるが、呼び出されるような覚えは一つしかない。
別にもう、こいつは関係の無い話なのだ。無視をしても良かった。

けれど、あいつの顔と似ているというだけで、何故かもう駄目だった。

「……分かった。」

少し離れた席の女子がこちらを驚いた表情で見ている。そりゃあそうだ。
親しい友人もいないし、誰かとつるむ事もない。

自分でも珍しいなんてことは分かっていた。


あいつの兄弟はどんどん人気の無い特別棟の方へと進んでいく。
サボる時もこの辺は人があまりいない。

社会科の準備室に地図が山積みになっていたりと、教師もあまり近寄らない様に見えた。

「ねえ、空音とはセフレなんだって?」

恐らくあいつが伝えたのだろう。思わず舌打ちしてしまうと、前を歩いていた足をぴたりと止めた。
くるりとこちらを向いたそいつの顔は全く笑っていない。

次の瞬間、そいつのかかとでスネを強か蹴られた。

思わず息をつめる。反対の足に力を入れて反動を逃がした。

「何あっさり認めてるんだよ。」

舌打ちとともにそう言われてようやく、最初の質問自体が当てずっぽうだったことに気が付く。

「そもそも、お前には関係ないだろ?」

苦やし紛れに出た言葉は、本当に負け犬の様で思わず自分も舌打ちをしてしまう。

俺が勝手に勘違いをして、あいつがそれを訂正しなかった。ある意味こいつこそが当事者なのかもしれないけれど、俺にとってはもう関係の無い人間でしかない。

自分勝手で都合のいい話しだと自分自身でも良く分かっている。

「……じゃあ、俺にしたら?」

俺を蹴った時のまま目の前にいた男に言われる。
一歩踏み込まれて、顔が至近距離に見える。

あいつと似たような顔なのに、それでもキスをしたいとは思わなかった。
思わず振り払うと、あいつの兄弟は一瞬よろめく。

それでも、転ぶ事も無くこちらを見ると、ニヤリと笑った。
それは、あいつが絶対にしないであろう表情だという事だけは分かった。

「ふーん。」

面白そうに、あいつの兄弟は言った。

「じゃあ、いいものを見せてやろう。」

こっちだよ。とそのまま人気のない廊下を進んでいった。

仕方がなく後を追いかけた。


あいつの兄弟は無言のままずんずん進んでいって、入ったのは特別棟の一番奥図書室のある場所だった。


「ウチの学校の司書、月水金しかこないから。」

図書館の横にある図書準備室のたて付けの悪い扉を開けながら言われる。

「ここからが一番良く見える。」
「なにが?」
「俺の片割れが。」

お昼休みは大体図書室にいるから。
まるでそんな事も知らないだろ?と言っている様で思わず舌打ちをする。

準備室には図書室の貸し出しカウンターの横にある窓があった。
そこを覗き込むと大机に向かって本を開いているあいつが居た。

真剣に本を読んでいるというよりぼんやりと本を眺めているように見える。
後ろを通る図書委員らしき生徒とぶつかって顔を上げて頭を下げてた。

「ほんと、無表情だろ?」


そういわれ、あいつの表情が先ほどまで本に視線を向けているときとまるで変わらない事に気が付く。

横で「空音はほとんど何も表情に出さないから心配なんだよ。」と言われた。

セックスの最中、酷い事を言ったときに、ぐしゃぐしゃにゆがんだあいつの顔が脳裏に浮かぶ。


最初呼び出した時はこいつの言ったとおりまるで無表情で状況が分かってないのか、さもなければ緊張と後悔で表情が無くなっているのだと思っていた。

けれど、それ以降も基本的にあまり動かない表情にそういうやつなのだと思っていた。

それが感極まったみたいに溶けていくのに堪らなく優越感を刺激された。

少なくとも、俺の前ではもっと表情が変わっていた様に思える。
そのほとんどすべてが表情を歪める様であったとしても、ここまで無表情ではない。

「でも綺麗だろ?」

自慢げに言われ思わず頷きそうになる。

喉の奥のほうで笑う音が聞こえる。
こんなしぐさも、あいつは絶対にしないと思った。


「昨日さ、出くわしちゃったときあいつ、アンタのことばかり気にしているし。それにかなり、感情が表情に出てたから。」

そうだったのだろうか。
昨日泣いていた顔を思い出す。

「俺、空音が泣いてるの見たことがないんだ。」

だから泣かせたら絶対に許さない。そう言われた。
もう既に泣かせてしまっているし、ああ、あいつの名前はくおんというのかという感想しかもてなかった。

事実を伝えれば間違いなく絶対に許されないだろう。俺とあいつはそういう関係だ。

「まあ、正直俺としては別の優しい人と幸せになって欲しいんだけど。」

こればっかりは多分どうしようもないから教えてやったんだ。
ふて腐れた様にあいつの兄弟に言われ、今度こそ思わず「誰にも渡してやるつもりはない。」と言ってしまった。

あいつの兄弟はにやりと笑って「なら、俺の口出しできる範囲じゃねーな。」と言った。
ここで出て行っても、碌な結果にはならないだろう。人前でできる様な話しでもない。
それでももう少しあいつの顔を見ていたい様な気さえしてしまって、自分自身ありえないだろうと思った。
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