一から百まで

渡辺 佐倉

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いつもの朝。夏休みの朝。ランニングに向かう。

いつもの場所に百目鬼がいる。

「おはよう。」
「体は大丈夫か?」

別に初めてだった訳じゃないし、大丈夫だ。

川沿いの土手は朝方は心地よい気温だ。
二人で並んで、いつもの日課をいつもの様に過ごす。

毎日の習慣であるこの時間がこんなに大切なものになるとは思っていなかった。

首には何か所も、絆創膏を貼った。

家族は見て見ぬふりをしてくれているらしい。

母さんが「今度、その百目鬼君って子、うちに呼びなさい。」と言った。
夕飯を振舞いたいそうだ。

この話はいいタイミングで百目鬼に伝えるつもりだ。

「宿題はやったか?」

走りながら百目鬼が聞く。
その質問はあまりされたくないやつだ。

「……まだだ。」

答えを言いたくなくて少し間が空く。

「じゃあ、俺の家でやるか?」

百目鬼はまるで長年の友達に言うように話しかける。

「もしかして、百目鬼宿題終わってるのか?」
「信夫《しのぶ》さんっていうのは?」

質問に答えず百目鬼はそんな事を逆に聞いてくる。

「信夫さん家か。」

パーカーも返したいし、百目鬼ばかり俺の家を知ってるのもなんか癪だ。
丁度いいのかもしれない。

「母さんが、一之瀬の事見てみたいって言ってるんだ。」

当たり前の様に百目鬼が言う。

「……もしかして、俺たちの事言った?」

うちの父に『大切な人』だって伝えた百目鬼だ。
まさかと思って聞くと「まあ、そうだな。伝えた。」と百目鬼に事後報告された。

「それ、俺滅茶苦茶居た堪れないやつじゃないのか?」
「そうか?」
「少なくともご両親の前では、変なこと絶対に言うなよ。」

泣かれる。間違いなく普段のやり取りを聞かれたら両親に泣かれる。

「もう、言わないよ。」

走りながらだけれど、百目鬼は確かにそう言った。
けれど、その後は何度聞き返してもその件は話してはくれなかった。
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