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3章
進むデザインと招待券
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星川さんとの突然の食事から、数日が経った。
調整を終えた俺たちは、香水を入れる瓶のデザインに取り掛かっていた。
「瓶ってどんなのがいいんですか?俺が持っているやつは、シンプルな形なので、デザインって言われてもいまいちピンと来なくて……」
「まあ、大量生産型の香水だったらシンプルな方が受けがいいからな」
「プレゼントでも自分用でも、飽きが来ないデザインの方が売れやすいからな」
星川さんは辟易とした様子で肩をすくめながら、大きくため息をついた。
「だが、今回みたいに特別感のある香水を作るとなると話は別だ。中身ももちろんだが、外側もこだわってこそ、購入意欲を高めることになる」
「じゃあペンギンがテーマならペンギンがモチーフに入ってた方がいいんですか?」
「単純なお前らしい考え方だな。だが、今回は正解だ」
「へえ、柳瀬君の意見が通るなんて珍しい」
「八代さん、俺の事馬鹿にしてません?」
「そんなことないよ~あはは……」
(やっぱり俺の事、センスないとか思ってたんだな)
慌てる八代さんをじとりと見ていると、星川さんはリビングのソファに深く座り直した。
「確かに八代の言う通り、お前にはセンスがない」
「うっ」
「だが、裏を返せば固定概念にとらわれない自由な発想が出来るということだ。つまり、今回の瓶のデザインも、ありきたりなペンギンのモチーフを使ったとしてもなにかしら良い物が出来るのではないかと俺は思っている。お前の才能が開花される時が来たな」
「それ、絶対に褒めてませんよね……」
「まあな」
「モチーフかぁ……。あっ、例えば瓶の中心にペンギンの形を彫るとかどうかな?」
「確かに良いアイディアだが、それだと目を引かないな。それに彫るとなるとコストがかかりすぎる」
「そっかぁ。柳瀬君は何かない?」
「そうですね……」
(細かな装飾をつけるとコストがかかりすぎるし、かといってシンプルになりすぎても良くないよな)
俺が頭を悩ませていると、ふとテーブルの上に置いてある菓子折りが目についた。
「それは?」
「ああこれ?今日お客さんにもらったんだよ。なんでも新婚旅行にマリブに行ってきたらしいんだけど、そのお土産だってね」
「へえ、新婚旅行にマリブに行くとはけっこう渋いチョイスだな。あの辺には海しかないぞ」
「え、そうなの?あっでも、前にマリンスポーツが好きだって言ってたからかも……」
八代さんと星川さんが話しているのを聞きながら、俺はその箱を手に取った。箱にはブルーのドット柄の包装紙に包まれており、青地のサテンリボンと少し薄めのリボンが重なって結ばれている。結び目には小さな白い花飾りがついており、シンプルな装飾ながら豪華に見せていた。
「これ、いいですね」
「柳瀬君?」
「香水瓶に何かを彫るというのもいいですが、そうするとコストがかかりすぎるんですよね?それならいっそ、ボトルはシンプルにしてキャップにペンギンを持ってくるのはどうですか?」
「キャップと言うと、ポンプ部分から気化しないように塞いでいるあのキャップか?」
「はい。キャップ部分にペンギンが立っているような細工をするんです。そうすれば、瓶全体のコストは下がりますし、キャップを外した時に氷の上に立っているペンギンのように見えると思うんです」
俺は2人に説明しながら、近くにあった紙に分かりやすいようにイラストを描いた。
「へぇ……これ可愛いね。キャップ部分に装飾を持ってこれば、香水を振る時に邪魔にならないし、男女関係なく使えそうだ」
「確かに良い案だが、肝心の本体はどうするんだ?」
「それにはこれを使います」
「それってさっきの箱についていたリボンだよね?」
「はい。これを瓶のネックの所に巻くと可愛いと思います。瓶の形を氷のようなダイヤカットにすれば、男性でもリボンを取ってしまえば十分に使えますし」
「あー確かに、リボンがあると俺たちみたいな男だと手が出しずらいけど、外して使えば問題ないね。外してもペンギンはキャップに残ってるから、コラボ感はなくならないし」
「ど、どうですか?」
「……」
俺はずっと黙り込んでいる星川さんに、おずおずと問いかけた。
(やっぱり俺が考えた程度じゃ、この人のOKなんてもらえないよな)
「あ、あの」
「……と思う」
「え?」
「だから、いいと思うって言ったんだ!」
「ちょっと教えただけでこんなに良いアイディアを出してくるとは思わないだろうが!おまえあれか?鼻だけセンスがないのか?だから、あんな変な香水つけてても平気なのか?」
星川さんは俺が描いた図面を力強く握りしめながら、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょ、ちょっと星川君?」
「くっそ、俺だって職人さんたちから「星川さんはデザインのセンスもありますね」って言われてたんだ!だからお前に、「教えてください星川様」って言わせてから俺が教えれるチャンスだと思ってたのに!」
「あ、そこは上から教えるの前提だったんだね」
「なのに一発でいい案出してきやがった!これじゃあお前を馬鹿に出来ないじゃないか」
(馬鹿にする前提かよ)
そう言うと、星川さんはフラリと立ち上りリビングを出ていった。
頭上からドスドスと階段を上がる音と力強く扉を閉める音が聞こえ、残された俺たちは顔を見合わせて困惑していた。
「な、なにやってるんですかね?」
「星川君ってプライド高いから、柳瀬君に教えれなくて悔しいんだろうなぁ。今頃ベッドで泣いてたりして」
「幼稚園児じゃあるまいし、そんなわけ……」
ドスドス
バンッ
「あ、おかえり。って、その手に持ってるの何?」
「チッ」
星川さんは八代さんの言葉には答えないままリビングを突っ切り、俺の目の前に仁王立ちをすると、手に持っていたものを俺に差し出した。八代さんと覗き込むと、そこには厚手の高級そうな封筒に入った招待状が入っていた。
「「パヒューム・コレクション2025」?」
「今度ここで俺の香水を展示することになった」
「え!これって国内外から有名な香水メーカーが集まるって言うやつじゃん。芸能人とか著名人がこぞって行きたがる、いわゆる香水版パリコレみたいなやつ!」
「そんなのに星川さんが出るんですか?すごいですね」
「まあな。それ2枚あるから、八代とお前とで来いよ。俺の実力ってやつを見せてやる」
「いいの⁉よかったね柳瀬君。これ、なかなか手に入らないプレミアムチケットだよ」
「あ、ありがとうございます」
「フンッ。精々俺の凄さに驚くといい」
(別に星川さんが凄くないって言ってるわけじゃないのに……)
ボソッ
「本当に天邪鬼だよな、この人」
「ん?何か言ったか?」
「いや別に何でもないですよ」
「ならいいけど」
「ねえねえ、柳瀬君は何着ていく?やっぱりお洒落していかないとだよね!あ、当日のヘアセットは俺に任せてよ」
「お、お願いします」
俺はルンルンでチケットを持ちながら小躍りしている八代さんを見ながら、当日出掛けるまでの大変さを考えて苦笑いするしかなかった。
《皆様、本日は「パヒューム・コレクション2025」にご来場いただき、誠にありがとうございます。本会場では、皆様の安全のためエントランスにて手荷物検査をさせていただきます。そのため……》
「うわぁ、どこを見渡してもテレビで見たことある顔ばっかりだ」
「あ、あそこにいるの月9の看板女優だ!」
「へぇそうなんすか」
「柳瀬君リビングでもテレビ見てないもんね。興味なさそうだし」
「綺麗だとは思うんすけどね、顔と名前が一致しないんですよ」
「なるほどね~」
(確かに綺麗だとは思うけど……まあ、向こうも眼中にないだろうしな)
そうこう言っているうちに、入口にたどり着くとチェックを受け、ようやく会場に入ることが出来た。
会場にはいたるところにガラスケースに入れられた宝石のような香水が展示されており、さながら香水の美術館といった様子だ。その周りを、メディアや芸能人たちが一緒に写真を撮ったり、テスターを嗅いだりしている。
「なんか……場違い感が凄いっすね」
「俺たち庶民にはあの輪の中に入る勇気はないね……」
俺たちは会場の端で芸能人たちを見ながら、手に持ったウェルカムドリンクを飲んだ。
「これ、シャンパンだ。うえぇ、俺酒苦手なんだよね」
「そうなんですか?結構飲めそうなのに」
「あー顔に似合わないってよく言われる。顔で飲めるとか飲めないとか判断されるの嫌だよね」
「なら俺が代わりに飲みますよ。シャンパンとかあんまり飲まないですけど、たぶん飲めると思うんで」
「本当?無理しなくていいからね」
俺は八代さんからシャンパンを受け取ると、一気に飲み干した
(うわ、結構回るな)
口の中のアルコールに渋い顔をしていると、会場の中央で歓声が上がった。
「なんの声だろう?著名人でも来たのかな?」
「フラッシュもめっちゃたかれてますしね。そうなんじゃ……あ」
俺はそう言って歓声の上がった方を見た。そこには店の時に着ている制服を脱ぎ、シルバーのスーツを着こなした星川さんが立っていた。遠目からでも目立つ金髪は、ライトやスポットが当ってキラキラと煌めいている。にこやかに笑みを浮かべる姿は、周りにいる芸能人よりも目を引いていた。
「もしかしてあそこが星川君のブースかな?」
「……そうみたいですね」
(絶対行きたくねえ)
「あ、こっちに気づいた」
「え」
八代さんの言葉にそっと目をやると、星川さんがこちらを見ていた。
(来い)
「あちゃー……行かなきゃいけないみたいだ」
「八代さんだけ行って来てくださいよ」
「うーん、それは無理かな」
「ハァ・・分かりましたよ」
俺は覚悟を決めると、八代さんと一緒にひと際輝いている輪に向かって歩き出した。
「柳瀬、それに八代も来たのか」
「来たのかじゃないですよ、自分で招待状渡しておいて」
「そうそう」
「チッ……ああ、すみません。私が招待した方々が来たのでこれで失礼します」
星川さんはまだ話したそうにしていた客たちに微笑むと、俺たちを連れてその場から離れた。
「いやぁ、星川君は人気者だね」
「まあ、うちの香水を御贔屓にしていただいている方は多いからな。修行中の時から、島原さんのように声をかけてくれていたマダムもいたし」
「島原さん?」
「ああ、うちの水族館の館長ですよ。今回のコラボも館長の発案なので」
「へぇそうなんだ~」
「それで、一通り回って見てみたんだろ?少しは勉強になったか?」
首をかしげる八代さんに説明していると、星川さんが俺に聞いてきた。
「それは……」
(確かに色んな香水があって目を引かれるものもあるけど……)
「俺は星川さんの香水が一番だと思います」
「え……」
「へえぇ……それはどうして?」
俺の言葉に目を見開く星川さんと、顎を撫でながらニヤリと笑う八代さんを見ながら俺は言葉を続けた。
「なんて言ったらいいか分からないんですけど、初めて星川さんの香水を嗅いだ時のようなこう、惹かれるものがないというか……目を引かないんですよね」
(どれも良い香りだとは思うけど、どれもあの時みたいな衝撃はないんだよな)
「そうなんだ~。よかったね、星川君」
「……別に。俺はちょっと褒められたからってお前のことを見直したりいい奴だなとか思ったりしないんだからな!」
「え、あっはい……」
「俺はまだ挨拶回りがあるから!じゃあな!」
星川さんは俺を指差して叫ぶと、足音荒く立ち去った。
「俺、何か星川さんの気に障ること言いました……?」
「うーん、今回は星川君は君に怒ったわけじゃないよ」
「そう、なんですか?ならいいんですけど……」
(なんで急に怒ったんだ?星川さんって相変わらずよく分かんねぇな)
ボソッ
「星川君があんなに照れるなんて……この二人、面白いなぁ」
「もしかしたら、なんてこともあるかもなぁ」
隣で八代さんがそう言いながらほくそ笑んでいることも知らず、俺は小さくなっていく星川さんの後ろ姿を見ていた。
調整を終えた俺たちは、香水を入れる瓶のデザインに取り掛かっていた。
「瓶ってどんなのがいいんですか?俺が持っているやつは、シンプルな形なので、デザインって言われてもいまいちピンと来なくて……」
「まあ、大量生産型の香水だったらシンプルな方が受けがいいからな」
「プレゼントでも自分用でも、飽きが来ないデザインの方が売れやすいからな」
星川さんは辟易とした様子で肩をすくめながら、大きくため息をついた。
「だが、今回みたいに特別感のある香水を作るとなると話は別だ。中身ももちろんだが、外側もこだわってこそ、購入意欲を高めることになる」
「じゃあペンギンがテーマならペンギンがモチーフに入ってた方がいいんですか?」
「単純なお前らしい考え方だな。だが、今回は正解だ」
「へえ、柳瀬君の意見が通るなんて珍しい」
「八代さん、俺の事馬鹿にしてません?」
「そんなことないよ~あはは……」
(やっぱり俺の事、センスないとか思ってたんだな)
慌てる八代さんをじとりと見ていると、星川さんはリビングのソファに深く座り直した。
「確かに八代の言う通り、お前にはセンスがない」
「うっ」
「だが、裏を返せば固定概念にとらわれない自由な発想が出来るということだ。つまり、今回の瓶のデザインも、ありきたりなペンギンのモチーフを使ったとしてもなにかしら良い物が出来るのではないかと俺は思っている。お前の才能が開花される時が来たな」
「それ、絶対に褒めてませんよね……」
「まあな」
「モチーフかぁ……。あっ、例えば瓶の中心にペンギンの形を彫るとかどうかな?」
「確かに良いアイディアだが、それだと目を引かないな。それに彫るとなるとコストがかかりすぎる」
「そっかぁ。柳瀬君は何かない?」
「そうですね……」
(細かな装飾をつけるとコストがかかりすぎるし、かといってシンプルになりすぎても良くないよな)
俺が頭を悩ませていると、ふとテーブルの上に置いてある菓子折りが目についた。
「それは?」
「ああこれ?今日お客さんにもらったんだよ。なんでも新婚旅行にマリブに行ってきたらしいんだけど、そのお土産だってね」
「へえ、新婚旅行にマリブに行くとはけっこう渋いチョイスだな。あの辺には海しかないぞ」
「え、そうなの?あっでも、前にマリンスポーツが好きだって言ってたからかも……」
八代さんと星川さんが話しているのを聞きながら、俺はその箱を手に取った。箱にはブルーのドット柄の包装紙に包まれており、青地のサテンリボンと少し薄めのリボンが重なって結ばれている。結び目には小さな白い花飾りがついており、シンプルな装飾ながら豪華に見せていた。
「これ、いいですね」
「柳瀬君?」
「香水瓶に何かを彫るというのもいいですが、そうするとコストがかかりすぎるんですよね?それならいっそ、ボトルはシンプルにしてキャップにペンギンを持ってくるのはどうですか?」
「キャップと言うと、ポンプ部分から気化しないように塞いでいるあのキャップか?」
「はい。キャップ部分にペンギンが立っているような細工をするんです。そうすれば、瓶全体のコストは下がりますし、キャップを外した時に氷の上に立っているペンギンのように見えると思うんです」
俺は2人に説明しながら、近くにあった紙に分かりやすいようにイラストを描いた。
「へぇ……これ可愛いね。キャップ部分に装飾を持ってこれば、香水を振る時に邪魔にならないし、男女関係なく使えそうだ」
「確かに良い案だが、肝心の本体はどうするんだ?」
「それにはこれを使います」
「それってさっきの箱についていたリボンだよね?」
「はい。これを瓶のネックの所に巻くと可愛いと思います。瓶の形を氷のようなダイヤカットにすれば、男性でもリボンを取ってしまえば十分に使えますし」
「あー確かに、リボンがあると俺たちみたいな男だと手が出しずらいけど、外して使えば問題ないね。外してもペンギンはキャップに残ってるから、コラボ感はなくならないし」
「ど、どうですか?」
「……」
俺はずっと黙り込んでいる星川さんに、おずおずと問いかけた。
(やっぱり俺が考えた程度じゃ、この人のOKなんてもらえないよな)
「あ、あの」
「……と思う」
「え?」
「だから、いいと思うって言ったんだ!」
「ちょっと教えただけでこんなに良いアイディアを出してくるとは思わないだろうが!おまえあれか?鼻だけセンスがないのか?だから、あんな変な香水つけてても平気なのか?」
星川さんは俺が描いた図面を力強く握りしめながら、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょ、ちょっと星川君?」
「くっそ、俺だって職人さんたちから「星川さんはデザインのセンスもありますね」って言われてたんだ!だからお前に、「教えてください星川様」って言わせてから俺が教えれるチャンスだと思ってたのに!」
「あ、そこは上から教えるの前提だったんだね」
「なのに一発でいい案出してきやがった!これじゃあお前を馬鹿に出来ないじゃないか」
(馬鹿にする前提かよ)
そう言うと、星川さんはフラリと立ち上りリビングを出ていった。
頭上からドスドスと階段を上がる音と力強く扉を閉める音が聞こえ、残された俺たちは顔を見合わせて困惑していた。
「な、なにやってるんですかね?」
「星川君ってプライド高いから、柳瀬君に教えれなくて悔しいんだろうなぁ。今頃ベッドで泣いてたりして」
「幼稚園児じゃあるまいし、そんなわけ……」
ドスドス
バンッ
「あ、おかえり。って、その手に持ってるの何?」
「チッ」
星川さんは八代さんの言葉には答えないままリビングを突っ切り、俺の目の前に仁王立ちをすると、手に持っていたものを俺に差し出した。八代さんと覗き込むと、そこには厚手の高級そうな封筒に入った招待状が入っていた。
「「パヒューム・コレクション2025」?」
「今度ここで俺の香水を展示することになった」
「え!これって国内外から有名な香水メーカーが集まるって言うやつじゃん。芸能人とか著名人がこぞって行きたがる、いわゆる香水版パリコレみたいなやつ!」
「そんなのに星川さんが出るんですか?すごいですね」
「まあな。それ2枚あるから、八代とお前とで来いよ。俺の実力ってやつを見せてやる」
「いいの⁉よかったね柳瀬君。これ、なかなか手に入らないプレミアムチケットだよ」
「あ、ありがとうございます」
「フンッ。精々俺の凄さに驚くといい」
(別に星川さんが凄くないって言ってるわけじゃないのに……)
ボソッ
「本当に天邪鬼だよな、この人」
「ん?何か言ったか?」
「いや別に何でもないですよ」
「ならいいけど」
「ねえねえ、柳瀬君は何着ていく?やっぱりお洒落していかないとだよね!あ、当日のヘアセットは俺に任せてよ」
「お、お願いします」
俺はルンルンでチケットを持ちながら小躍りしている八代さんを見ながら、当日出掛けるまでの大変さを考えて苦笑いするしかなかった。
《皆様、本日は「パヒューム・コレクション2025」にご来場いただき、誠にありがとうございます。本会場では、皆様の安全のためエントランスにて手荷物検査をさせていただきます。そのため……》
「うわぁ、どこを見渡してもテレビで見たことある顔ばっかりだ」
「あ、あそこにいるの月9の看板女優だ!」
「へぇそうなんすか」
「柳瀬君リビングでもテレビ見てないもんね。興味なさそうだし」
「綺麗だとは思うんすけどね、顔と名前が一致しないんですよ」
「なるほどね~」
(確かに綺麗だとは思うけど……まあ、向こうも眼中にないだろうしな)
そうこう言っているうちに、入口にたどり着くとチェックを受け、ようやく会場に入ることが出来た。
会場にはいたるところにガラスケースに入れられた宝石のような香水が展示されており、さながら香水の美術館といった様子だ。その周りを、メディアや芸能人たちが一緒に写真を撮ったり、テスターを嗅いだりしている。
「なんか……場違い感が凄いっすね」
「俺たち庶民にはあの輪の中に入る勇気はないね……」
俺たちは会場の端で芸能人たちを見ながら、手に持ったウェルカムドリンクを飲んだ。
「これ、シャンパンだ。うえぇ、俺酒苦手なんだよね」
「そうなんですか?結構飲めそうなのに」
「あー顔に似合わないってよく言われる。顔で飲めるとか飲めないとか判断されるの嫌だよね」
「なら俺が代わりに飲みますよ。シャンパンとかあんまり飲まないですけど、たぶん飲めると思うんで」
「本当?無理しなくていいからね」
俺は八代さんからシャンパンを受け取ると、一気に飲み干した
(うわ、結構回るな)
口の中のアルコールに渋い顔をしていると、会場の中央で歓声が上がった。
「なんの声だろう?著名人でも来たのかな?」
「フラッシュもめっちゃたかれてますしね。そうなんじゃ……あ」
俺はそう言って歓声の上がった方を見た。そこには店の時に着ている制服を脱ぎ、シルバーのスーツを着こなした星川さんが立っていた。遠目からでも目立つ金髪は、ライトやスポットが当ってキラキラと煌めいている。にこやかに笑みを浮かべる姿は、周りにいる芸能人よりも目を引いていた。
「もしかしてあそこが星川君のブースかな?」
「……そうみたいですね」
(絶対行きたくねえ)
「あ、こっちに気づいた」
「え」
八代さんの言葉にそっと目をやると、星川さんがこちらを見ていた。
(来い)
「あちゃー……行かなきゃいけないみたいだ」
「八代さんだけ行って来てくださいよ」
「うーん、それは無理かな」
「ハァ・・分かりましたよ」
俺は覚悟を決めると、八代さんと一緒にひと際輝いている輪に向かって歩き出した。
「柳瀬、それに八代も来たのか」
「来たのかじゃないですよ、自分で招待状渡しておいて」
「そうそう」
「チッ……ああ、すみません。私が招待した方々が来たのでこれで失礼します」
星川さんはまだ話したそうにしていた客たちに微笑むと、俺たちを連れてその場から離れた。
「いやぁ、星川君は人気者だね」
「まあ、うちの香水を御贔屓にしていただいている方は多いからな。修行中の時から、島原さんのように声をかけてくれていたマダムもいたし」
「島原さん?」
「ああ、うちの水族館の館長ですよ。今回のコラボも館長の発案なので」
「へぇそうなんだ~」
「それで、一通り回って見てみたんだろ?少しは勉強になったか?」
首をかしげる八代さんに説明していると、星川さんが俺に聞いてきた。
「それは……」
(確かに色んな香水があって目を引かれるものもあるけど……)
「俺は星川さんの香水が一番だと思います」
「え……」
「へえぇ……それはどうして?」
俺の言葉に目を見開く星川さんと、顎を撫でながらニヤリと笑う八代さんを見ながら俺は言葉を続けた。
「なんて言ったらいいか分からないんですけど、初めて星川さんの香水を嗅いだ時のようなこう、惹かれるものがないというか……目を引かないんですよね」
(どれも良い香りだとは思うけど、どれもあの時みたいな衝撃はないんだよな)
「そうなんだ~。よかったね、星川君」
「……別に。俺はちょっと褒められたからってお前のことを見直したりいい奴だなとか思ったりしないんだからな!」
「え、あっはい……」
「俺はまだ挨拶回りがあるから!じゃあな!」
星川さんは俺を指差して叫ぶと、足音荒く立ち去った。
「俺、何か星川さんの気に障ること言いました……?」
「うーん、今回は星川君は君に怒ったわけじゃないよ」
「そう、なんですか?ならいいんですけど……」
(なんで急に怒ったんだ?星川さんって相変わらずよく分かんねぇな)
ボソッ
「星川君があんなに照れるなんて……この二人、面白いなぁ」
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中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
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