Oasis

楽川楽

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第1章

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「目ぇ覚めたか?」
「マ、ネージャー…」

 目を覚ましたらベッドに寝かされていた。
 そこは例の店や、客を取る部屋なんかも有るマンションの一室で、数馬さんに拾われて以来俺の部屋として充てがわれた部屋だった。
 偶にマネージャーや数馬さんが仮眠を取るために来たりもする。

「腹、一応冷やしたけど多分痣になる。暫く痛むぞ」
「……へい」

 腹が痛んで起き上がれない。寝たまま返事をすれば、マネージャーに大きな溜め息を吐かれた。
 確かに働かない俺が悪いのだが、俺だって溜め息を吐きたい。だって、働かないんじゃない、働けないんだ。

 電話に出てしゃべれば苦情。黙っても苦情。考えた上での敬語にも苦情。
 メモにマニュアル的なものを全部書いてもらい、それを丸々読んだのに怒られるし、この仕事も俺には向いてないのだ。
 いや、最早俺に出来る仕事なんかありゃしない。

 同じ部屋に詰め込まれた売り子達からは「タダ飯ぐい」「役立たず」と毎日言われてばかりで、挙げ句の果てには「ブサイク死ね」と来たもんだ。
 また自分で自覚があるから言い返せないのも辛いところ。だからこそ俺は、

「マネージャー、俺、辞めます」

 こうして何度も何度も辞めると言っているにも関わらず、マネージャーの答えは決まって、

「……糸、ダメだって言ってるだろ?」
「何で? 俺、無理だよ。本当に頭悪いし、なんも出来ねぇし。単なるお荷物じゃないスか」
「ダメだ」
「どうして?」
「どうしても! ダメなもんはダメ! 何と言おうとダメなんだ!」
「オーナーがそう言ったから? 俺がオーナーに飼われてるから?」

 俺がそう言えば、マネージャーはまるで子供を諭すように声のトーンを下げた。

「出来ない出来ないって言うけど、まだたったのひと月じゃないか。糸、お前は数馬さんに助けて貰ったんだろ? だったら数馬さんに恩返ししたいとは思わないのか? 感謝してんだろ?」
「……………」

 だからここに居ろって言うのかよ。
 何も出来ない役立たずと罵られ、吐いて気を失う程強く殴られて。
 それでも俺は、ここに居なきゃダメなのかよ……。

 雨の中で野垂れ死しそうな時、突然差し出された手を俺は思わず掴んだ。
 暖かい風呂と食事、清潔な服と部屋を与えられ死ぬほど嬉しかった1ヶ月前。でも……

「も、分かんね」
「糸……」

 何故あの人は俺を助けたのか。
 あの手を掴んだ事は正解なのか。
 どうすれば恩返しになるのか。
 そもそも、何故俺は生きてんのか。

 それすら今の俺にはよく分からなかった。

「糸、もう一回受付の練習やり直すぞ」






「すいませんがレイは予約で埋まってます。リュウキ、アカリでしたら同じ様に楽しめると思いますがどうでしょう。はい、リュウキで20時にこちらで。はい、お待ちしてます」

 あれから3ヶ月。
 まだまだ敬語はなってないが、前よりも格段に苦情は減ったし予約も取り付ける事が出来る様になった。

「リュウキさん、20時に205で」
「糸、205は入ってるから301にして」
「じゃあ301で」
「…………」

 こういった細かいミスはまだまだ多い。
 売り子からも無視されることが普通だ。
 それでもまだ、前みたいに働いてない訳ではないからマシだと思えた。

「糸くん大分慣れてきたね、仕事出来てるじゃん!」

 ユッキーが支度をしながら話しかけてきた。今日はナース服を手に持ってる。

「まぁ、少しは」
「相変わらず愛想はないね~」

 そう言いながら何故かユッキーが抱きついて来た。前からそうだが、やたらコイツは俺に構ってくるしスキンシップも多い。

「離れろ。早く行けよ」
「酷~い! コレから変なオッサンにあんな事やこんな事されちゃうのに、そんな僕を労ってくんないの!?」
「じゃあ辞めれば」
「もうっ!!」

 そうこうしている間に、マネージャーに急用の電話が入った。様子からして苦情の様だ。

「はいっ、はい……え!? 申し訳ありません!はい……只今皆予約で埋まっておりまして……」

 何やら大きく揉め始めた様子に部屋の中に緊張が走る。

「直ぐ掛け直しますので、お待ち頂けますか? はい、失礼致します」

 電話を切ったマネージャーが、部屋に残っている売り子達に振り返った。

「誰か、マサキの携帯以外の連絡先知らないか?」

 名前が上がったのは、少々残念な容姿の売り子だった。

「マサキがどうかしたんですか?」

 すかさずユッキーが問うと、マネージャーの顔が苦しげに歪んだ。

「客の所へ行ってないらしい。予定からもう1時間過ぎてお怒りだ」

 マサキの相手はこの店の常連客であり、オーナーの仕事繋がりの相手らしく、怒らせると少々厄介な相手だった。

「でも、マサキは大分前に出て……」
「逃げたんだ」

 誰からともなく言われた言葉にマネージャーが頭を抱える。

「不味いな、今日の相手は美形嫌いだから……今は誰も回せない」

 オーナーに連絡するしかないか、とマネージャーが携帯を手に取る。しかし……

「俺、行きますよ」

 マネージャーの手から携帯を奪った。

「糸……?」
「数馬さん、今日は忙しいって言ってたから。取り敢えず俺でどうか相手に聞いてみて下さい。ブス専なら俺でもイケるでしょ」

 マネージャーはポカンと俺を見ていた。

「処女でも良いか、聞いてくださいね。ほら、マネージャー早く」

 俺がそっちに側に行くとは思わなかったのだろう。売り子達もみなポカンとしていた。
 マネージャーは魂が抜けたように相手に連絡している。その内話しながら此方を振り向いて、俺にGOサインを出した。




「糸くんッ」

 只でさえ1時間遅れているのだ。
 慌てて目的地のホテルまでの地図を片手に部屋を出ようとすれば、後ろからユッキーが俺の腕を掴んだ。

「相手はネコじゃなくてタチだよ!? 本気で行くの!?」
「穴使うなら勃たなくても良いし、丁度良いだろ」
「糸くん!!」

 もう一度引かれた腕に振り返る。
 ユッキーの後ろで、マネージャーが心配そうに佇んでいた。

 見知らぬ男にカラダを好きにされるなんて、怖くない訳がない。でも、あの店にいて、衣食住を与えられて、それが電話番だけで釣り合うとは思っていなかった。

「これで少しは恩返し出来んのかな、俺」

 そう言えば、何故かマネージャーもユッキーも泣きそうな顔をして俺を見ていた。
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