Oasis

楽川楽

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第1章

終話

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外に出た俺はそのまま黒塗りのデカい車に投げ入れられた。
よく見ればそれはいつも数馬さんが乗っている車で、普段なら運転手が居るはずのその位置に数馬さんが荒々しく腰を下ろす。
 
「か、数馬さんが運転してきたんスか?」
 
俺の問いかけは完全に流され、それからマンションに着くまで数馬さんは無言で車を走らせた。
 
 
 
 




 
 
 
 
「ヨシ、こいつを風呂に入れたら上がって来い」
 
店として使っている103号室に引きずる様にして俺を連れて行った数馬さんは、マネージャーに俺を投げつけると部屋から出て行った。
 
「シャワー、浴びるか」
 
俺を支えたマネージャーを振り向けば、右側の頬が変色して腫れ上がっている。
 
「マネージャー、その顔」
「お前が気にすることじゃない。ほら、さっさと風呂入れ」
 
背中を押されバスルームに入れられる。
シーツさえ外してしまえば全裸だった俺は、そのままノブを回して殆んど水に近いシャワーを浴びた。
八島にかけられた精液が顔や肩にこびり付いたまま固まっていて、これを数馬さんやマネージャー、まだ部屋に残っていた売り子達に見られたんだと思うと、珍しく本気で憂鬱になった。
 
 

 
 
用意してもらった適当な服に身を包みマネージャーと共に自身の部屋に戻れば、そこには無表情を張り付けた数馬さんがソファに座って待っていた。
俺とマネージャーはその数馬さんの足元…つまり床に正座して向き合ったが、正直怖すぎて数馬さんを見ることは出来ない。だって、周りを漂うオーラが黒すぎるのだ。
それはマネージャーも感じ取っているのか、俺の隣で冷や汗をかいている。
 
「で、何でテメェが客なんか取ってんだ?あ?」
「え…と、……」
 
難しい事を聞かれている訳では無いのに、質問が単刀直入過ぎて逆に言葉が出てこない。
俯いたまま俺がオロオロしていると、横からマネージャーが助け船を出してくれた。
 
「オーナー、こいつは悪くないんです。俺が頼んじまったから、だから糸は」
「俺は糸に聞いてんだ、お前は黙ってろ」
「す…すいません」
 
だがそんな船も直ぐに沈没し、再び突き刺さる視線が俺に戻って来た。
見なくたって分かる。今数馬さんはめちゃくちゃ怒ってる。
けど、考えてみれば何故怒っているのか俺にはイマイチよく分からない。
だって俺は店に貢献していたはずだ。あんなグダグダな電話番よりもずっと役に立ってたはずだ。
実際客であった八島は喜んでたじゃないか。
俺はゴクっとツバを飲み込み口を開いた。
 
「俺、そんなに悪い事、したんスか…?」
「…あ?」
「だって、人が足りねぇって言うから…。ユッキーみたいのじゃなくて、ブサイクが良いって言うから、俺、やっと役に立てると思ったんだ。実際あのオッサン、すっげぇ楽しんでたじゃん」
 
そこまで言った瞬間、俺の左側から何か固い物がぶち当たって来た。そのまま体が吹っ飛んで隣に座っていたマネージャーにぶつかる。
 
「糸ッ」
「いって…」
 
それが数馬さんの足だったのだと、体制を整えた時に漸く気付いた。左頬と肩が痛む。俺は数馬さんに蹴られたのだ。
 
「俺がいつ、お前に客を取れと言った?」
「でも…俺、」
「俺がッ、いつッ、お前に!客を取れと言った!?」
「うッ!!」
 
パァン、と頬を殴られた時の破裂音にも似た音が他人事みたいに耳に届いた。
痛みは俺を馬鹿にするみたいにじわじわと時間差でやって来る。
余りの力の強さに目を回してくらくらしていると、その俺の胸倉を数馬さんに掴まれた。
 
「テメェを電話番に置いた意味、分かってんのかぁ?」
「ッ、」
 
もう一度頬を殴られ、今度は反対方向へと顔が向く。
 
「ンな見れたもんじゃねぇツラしといて、店の売り物になるとでも思ってんのか?あ!?」
「でも、」
「黙れッ、俺が売り物にならねぇっつったらならねぇんだよ!」
 
何度も何度も殴ったあと俺を床に放り投げ、そのまま数馬さんの足で横っ面を踏みつけられた。
散々殴られた顔はどんどん腫れ上がってきているし、鼻血を垂れ流し酷い有様になっていることは見なくても分かる。
 
「テメェを拾ったのはヨシじゃねぇ、俺だ。テメェは俺のモンなんだよ分かるか?あ?俺が飯食えっつったら飯を食え。クソしろっつったらクソしてろ。テメェはただ黙って俺の言ったことに従ってりゃ良いんだよ。それが出来ねぇならテメェはもう「オーナーッ、もう止めて下さい!」
 
俺の顔を踏みにじっている数馬さんに、マネージャーが耐え切れず止めに入った。
 
「糸、血まみれですから…」
「…………」
 
誰にでも容赦のない数馬さんが柄にもなく、血まみれな俺の顔を見て足を退けようとする。けど…
 
「あ?」
「糸…?」
 
退けようとした数馬さんの足首を、俺は無意識に掴んでいた。
 
「……ねぇ、で」
「なに?」
「…捨てねぇで、かずまさん」
「ッ、」
 
腫れあがって視界の狭まった目でも、数馬さんとマネージャーが驚いた顔をしたのが分かった。
俺、そんな変な事言ったかな。
 
「間違えたら、殴って。言う事、聞くから。ちゃんと…守るから」
 
俺がカラダを売れば、それで恩返し出来ると思った。
褒めてもらえると思ったんだ。
でも、それがこんなに数馬さんを怒らせることになるなんて思わなかった。
そして何より、迎えに来た時の数馬さんは汚れた俺を見た瞬間、凄く…凄く悲しそうな顔をしたんだ。
 
それがどうしてかなんてあの時の俺には分かんなかったし、今だって正直分かんない。それでも、あんな顔は二度とさせちゃダメだって思った。
だからもう一度やり直させて欲しい。
俺は数馬さんを喜ばせたいし、俺は数馬さんに褒めてもらいたい。

母親に捨てられたって何とも思わなかったのに、死にそうになっても怖くなかったのに、俺はこの人に見捨てられることが…どうしても怖いんだ。
数馬さんの言う通りに動くだけで願いが叶うなら喜んでそうする。

だから、だから頼むから俺を…
 
「捨てねぇで…お願い」
 
俺は残った力を振り絞って数馬さんの足にしがみ付いた。
数馬さんはしがみ付く俺を振り払わなかった。けど、その代わりに…
 
「あでッ!?」
 
バシン!と良い音を立てて俺の頭を平手で叩いた。
音程痛くないそれは、先ほどまで与えられていた“暴力”とは違うのだと分かる。
驚いて足元から数馬さんの顔を見上げると、そこには片方だけ口角を上げて笑ってる数馬さんが居た。
そう、笑ってたんだ、あの数馬さんが…
 
「バァーカ、誰が捨てるっつったよ。俺はこう見えても責任感が強ぇ男なんだ、一度拾ったもん簡単に捨てたりしねぇよ」
「へぇ…」

良くわからず返事をすれば、数馬さんもマネージャーも変な顔をした。敢えて言うなら、残念そうな顔…か。

「兎に角、今度勝手に何かしてみろ。お前の首に縄付けて縛って自由に動けねぇ様に閉じ込めてやっからなぁ。覚えとけよこの駄犬」
 
数馬さんは今度こそ俺を足から振り落とした。
俺はそのまま床に転がる。
部屋を出て行く数馬さんをマネージャーが追いかけて行って、何か少しだけ話をしてから数馬さんだけが部屋を出て行った。そうして部屋に戻って来たマネージャーの顔は、何故か赤かった。
 
「どうかしたの、マネージャー」
 
寝転がったまま俺がそう聞くと、マネージャーは困ったように笑いながら俺の横にしゃがんだ。
 
「何でもない。それよりお前、立てるか?顔がひでぇことになってんぞ、早く洗って冷やせ」
 
俺は手伝って貰いながらなんとか起き上がりソファに移動すると、キッチンへと消えて行くマネージャーに声を掛けた。
 
「……ねぇ、マネージャー。結局俺って、捨てられずに済んだの?」
 
そしたらマネージャーは「当たり前だろ、明日からもしっかり働けよ」と言って俺に濡らした冷たいタオルを投げて寄こした。

俺はそれで顔を拭いながら、ウトウトと眠りの世界に誘われる。
八島の相手で心身ともに疲れていたし、その上数馬さんからの暴力で俺の体は限界を越していた様だ。
 
今日はもういいや。明日から頑張ろう…
 
そう思った途端、俺の意識は簡単に夢の世界に連れて行かれた。
だから俺は知らない。
 
「お前、とんでもねぇ人に捕まっちまったなぁ」
 
そう言って、眠る俺を見下ろしたマネージャーが苦笑していた事を…
 
 
 
 
 
end.

 
↓  ↓  ↓
 
 
☆おまけ☆
 
足にしがみ付いていた糸を振り落としたオーナーは、そのまま玄関へと向かって行った。
俺はそれを慌てて追いかけた、のだけど…
 
「おい、ヨシ」
「はいっ」
「アイツに関して“次”は無いからなぁ。お前も覚えとけ」
「は、はい、すみませんでした」
「あぁ、それと」
「はい?」
 
 
 
 
『そんなに男に股開きたきゃ、俺が嫌ってほど開かせてやるってあのバカに伝えとけ』




 見下ろした先の、パンパンに顔を腫れさせたまま無防備に眠る糸にほんの少しだけ憐れみを抱く。

糸が客を取ったと分かった途端店に乗り込んできたオーナーに、加減なく頬を殴られた。
そうして運転手を車から追い出し嵐の様に糸の元へと向かっていった彼の後ろ姿を、店の誰もが信じられない気持ちで見送った。

何にも執着し無いあのオーナーが、糸にだけは可笑しくなるのだから世の中不思議なものだ。

「お前、とんでもねぇ人に捕まっちまったなぁ」
 
オーナーに殴られた頬の痛みと共に、俺は新たな頭痛の種を抱え苦笑した。
 
 
 
 
end.
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