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【1章】夜会と秘密の共有者
16.磨けば光る
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「――――ソフィア」
アーネスト様の声が木霊する。身体の芯まで凍えるような冷たい声。けれどそこには、激しい感情が内包されている。ソフィア様は目を見開き、その場で静かに震えていた。
「妃同士に優劣はない――――皆等しく、俺の『所有物』だ。そのことはそなたも知っているだろう?」
アーネスト様はそう言ってソフィア様を冷たく見下ろす。その場にいる全員が静かに息を呑んだ。
(普段なら、アーネスト様は『所有物』なんて言い方は絶対にしない)
アーネスト様は平民出身のわたしを人として――――まるで対等かのように扱ってくださる。本当の妃じゃないわたしなんて、数ある道具の一つでしかないはずなのに。
(本気で怒っていらっしゃるんだ)
言わなければ、ソフィア様には事の重大さが分からないから――――アーネスト様のものである『妃』を貶めることは、アーネスト様自身を貶めることだって。それが例え、平民出身のわたしであったとしても。
ソフィア様はいつだって『自分が一番』だから。
「わっ……わたくしは、ただ――――陛下の評判を落とすような真似はするなと――――そう注意をしたかったのです! この場にいる誰よりも美しくあること、それが妃としてのわたくし達の責務でございましょう? この娘はその義務を果たしていない。金剛石とてわたくしが差し上げたものがございましたのに――――」
「そのことならば、そなたが案ずることはない。金剛石は今夜この場で、俺からミーナに授けるつもりだった。それに……そなたは知らないようだが、金剛石は決して醜い石ではない」
そう言ってアーネスト様は、チラリと後を振り返る。すると、すぐさまロキがこちらへとやって来た。彼はベロア生地の箱を大事に抱えて跪く。アーネスト様は箱の中身を手に、ゆっくりとわたしの方を向いた。
「ミーナ、ここへ」
「はっ……はい、陛下」
言われるがまま、わたしはアーネスト様の前で膝を折る。それからアーネスト様はそのままゆっくりとわたしの頭に触れた。
ズシリと重みのある何かが頭の上に載る。許可が出てから顔を上げると、周囲から感嘆の声が上がった。
「まぁ……! なんて美しい」
「こんな見事な宝石、見たことがありませんわ」
「素敵なティアラだこと――――ミーナ様にとても似合っていらっしゃるわ」
湧き上がる称賛の嵐。何が何だか分からないまま、わたしはアーネスト様を見上げる。
『ごめん。本当は二人きりの時にこっそり渡したかったんだけど』
さっき出来上がったばかりなんだ――――アーネスト様が小声でそう囁く。その途端、言葉で表せない感情が胸に広がって、目頭がツンと熱くなった。
「なっ……! これが……この石が『金剛石』だと仰るのですか⁉」
「そうだ。他のどの石よりも硬く、瑕のつけられない石。磨かずとも光る他の宝石の原石とは違う。
けれど、金剛石は己で己を磨くことが出来る。磨けば磨くほど、美しくなる。そうして、どの石よりも強く、眩い輝きを放つのだ」
そう言ってアーネスト様はわたしに向かって微笑む。その時唐突に、以前アーネスト様と金剛石について話をしたことを思い出した。
くすんだ金剛石を手に『こんな石でも磨けば光るだろうか』と――――ソフィア様に『お似合いだ』と言われたことを思い悩むわたしに、アーネスト様はこう言った。
『あまりにも言い得て妙だなぁと』
あの時は馬鹿にされたと思っていた。ちっとも輝かない石が似合っているって。けれど、本当は違ったんだ。
泣きたくなるのを必死で堪えながら、わたしは真っ直ぐ前を見据えた。
磨けば光ると――――そんな風に思ってくれたアーネスト様の期待に応えたい。誰よりも強く、美しくなりたいと思った。
「そっ……そんな…………わたくしは…………」
「分かったら、そなたはもう黙っていなさい。これ以上俺を怒らせるようなら、いくら宰相の娘とはいえ容赦はしない――――そう心得よ」
アーネスト様はそう言って踵を返した。固唾を飲んで事態を見守っていた会場の人々が一斉に頭を下げる。わたしもエスメラルダ様に倣って、ゆっくりと頭を下げた。胸が熱い。他の人が顔を上げたと分かっていても、しばらくそのまま上げることが出来なかった。
アーネスト様の声が木霊する。身体の芯まで凍えるような冷たい声。けれどそこには、激しい感情が内包されている。ソフィア様は目を見開き、その場で静かに震えていた。
「妃同士に優劣はない――――皆等しく、俺の『所有物』だ。そのことはそなたも知っているだろう?」
アーネスト様はそう言ってソフィア様を冷たく見下ろす。その場にいる全員が静かに息を呑んだ。
(普段なら、アーネスト様は『所有物』なんて言い方は絶対にしない)
アーネスト様は平民出身のわたしを人として――――まるで対等かのように扱ってくださる。本当の妃じゃないわたしなんて、数ある道具の一つでしかないはずなのに。
(本気で怒っていらっしゃるんだ)
言わなければ、ソフィア様には事の重大さが分からないから――――アーネスト様のものである『妃』を貶めることは、アーネスト様自身を貶めることだって。それが例え、平民出身のわたしであったとしても。
ソフィア様はいつだって『自分が一番』だから。
「わっ……わたくしは、ただ――――陛下の評判を落とすような真似はするなと――――そう注意をしたかったのです! この場にいる誰よりも美しくあること、それが妃としてのわたくし達の責務でございましょう? この娘はその義務を果たしていない。金剛石とてわたくしが差し上げたものがございましたのに――――」
「そのことならば、そなたが案ずることはない。金剛石は今夜この場で、俺からミーナに授けるつもりだった。それに……そなたは知らないようだが、金剛石は決して醜い石ではない」
そう言ってアーネスト様は、チラリと後を振り返る。すると、すぐさまロキがこちらへとやって来た。彼はベロア生地の箱を大事に抱えて跪く。アーネスト様は箱の中身を手に、ゆっくりとわたしの方を向いた。
「ミーナ、ここへ」
「はっ……はい、陛下」
言われるがまま、わたしはアーネスト様の前で膝を折る。それからアーネスト様はそのままゆっくりとわたしの頭に触れた。
ズシリと重みのある何かが頭の上に載る。許可が出てから顔を上げると、周囲から感嘆の声が上がった。
「まぁ……! なんて美しい」
「こんな見事な宝石、見たことがありませんわ」
「素敵なティアラだこと――――ミーナ様にとても似合っていらっしゃるわ」
湧き上がる称賛の嵐。何が何だか分からないまま、わたしはアーネスト様を見上げる。
『ごめん。本当は二人きりの時にこっそり渡したかったんだけど』
さっき出来上がったばかりなんだ――――アーネスト様が小声でそう囁く。その途端、言葉で表せない感情が胸に広がって、目頭がツンと熱くなった。
「なっ……! これが……この石が『金剛石』だと仰るのですか⁉」
「そうだ。他のどの石よりも硬く、瑕のつけられない石。磨かずとも光る他の宝石の原石とは違う。
けれど、金剛石は己で己を磨くことが出来る。磨けば磨くほど、美しくなる。そうして、どの石よりも強く、眩い輝きを放つのだ」
そう言ってアーネスト様はわたしに向かって微笑む。その時唐突に、以前アーネスト様と金剛石について話をしたことを思い出した。
くすんだ金剛石を手に『こんな石でも磨けば光るだろうか』と――――ソフィア様に『お似合いだ』と言われたことを思い悩むわたしに、アーネスト様はこう言った。
『あまりにも言い得て妙だなぁと』
あの時は馬鹿にされたと思っていた。ちっとも輝かない石が似合っているって。けれど、本当は違ったんだ。
泣きたくなるのを必死で堪えながら、わたしは真っ直ぐ前を見据えた。
磨けば光ると――――そんな風に思ってくれたアーネスト様の期待に応えたい。誰よりも強く、美しくなりたいと思った。
「そっ……そんな…………わたくしは…………」
「分かったら、そなたはもう黙っていなさい。これ以上俺を怒らせるようなら、いくら宰相の娘とはいえ容赦はしない――――そう心得よ」
アーネスト様はそう言って踵を返した。固唾を飲んで事態を見守っていた会場の人々が一斉に頭を下げる。わたしもエスメラルダ様に倣って、ゆっくりと頭を下げた。胸が熱い。他の人が顔を上げたと分かっていても、しばらくそのまま上げることが出来なかった。
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