魔女と王都と金色の猫

鈴宮(すずみや)

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【2章】森を出た魔女、王都に生きる

試験会場受付にて

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 試験当日。ミシェルはディーナとともに、政務官志望者の試験会場にいた。
 クリスやアランは騎士志望者の会場に。そしてルカは別室で情報を集めながら、試験全体の統括をしている。

 中途採用で対象者の限られた魔女試験とは違い、各会場には1000を優に超える志望者が犇めき合っている。王都だけではなく、国中のあらゆる地域から人が集まった。
 ミシェルは事前に送られてきた申込書をもとに受付を行っていた。約1500人の政務官志望者の中、女性の志望者はわずか100人だった。


「仕方ないわよ。試験対策のために勉強しようにも、募集から試験まで期間が短かったし」


 元々定期的に門戸が開かれていた男性陣とは違い、女性の政務官志望者に与えられた時間は募集が掛けられてから、わずか1か月程度だ。対策を立てようにも情報がないし、尻込みしたものも多くいたのだろう。


「その代わり、侍女試験の方は、例年よりも賑わってるみたいよ?」
「そうなんですか。何か理由があるのでしょうか?」


 ミシェルが首を傾げると、ディーナはクスクス笑い声をあげた。


「それがね、ルカ様の美しさが口コミで広まってるらしいの。毎年侍女は必要数よりも多く採ってるらしいんだけど、その理由は、大体が1年もたずに辞めるか、辞めさせられてるからなんだって。まぁ、ルカ様はあんな性格だし? 勘違いして突っ走る娘だとか、物怖じして仕事にならない娘だとか色々、たくさんいるらしいのよね。それで、辞めた娘たちが、ルカ様の美しさを他の娘たちに伝え広めていくってわけ」


 ディーナの説明に、ミシェルはほぅと目を見開いた。前にクリスから、ルカの侍女の数が少ないとは聞いていたが、そんな事情があるとはミシェルは知らなかったのである。


「とはいえ、今だってそんなには困ってはないらしいわよ? ルカ様は王族の割に生活面も自立していらっしゃるし、あまり人に干渉されたいタイプじゃないから」
「なるほど……だったら、何故採用試験を?」


 確かに現時点でルカが生活に困っている様子はうかがえない。それに、ルカの父親である王の侍女は安定していて、足りていないということもなさそうだった。


「それはね、雇用創出だって大事な経済政策の一つだからよ。国がうまく公共事業なんかを打ち出して、定期的に働き場所を提供しないと。世の中職にあぶれたり、食べるに困っている人はたくさんいるからね。政務官や騎士なんかは貴族階級とか富裕層で、幼いころから目指す人が多いけど……侍女とか侍従とか、掃除係とかはまさにそういった目的で定期採用されてるってわけ」
「そっ……そうなのですね!」


 感動に目を輝かせるミシェルの傍らで、ディーナは次なる応募者の受付を始めた。トネールも何やら感じるところがあったらしく、そっとディーナの方を見つめている。


(ディーナは本当に、この国のために頑張っているのですね……)


 元々政務官志望だったとはいえ、つい先日、同時に採用されたということが嘘のように、ディーナは城内や国のあらゆることが見えているように思う。しかも、勉強だけではどうにもならない、人や物事の内情や本質を理解しているという点において、ディーナはとても優秀な人材だといえよう。


「私も頑張らねばなりませんね、トネール!」


 ミシェルがそう言うと、トネールはミャァと鳴き声を上げながら、頬擦りをした。


「ねぇ、さっさと受付、してほしいんだけど」
「あっ、はい! どう……ぞ」


 ミシェルが慌てて顔を上げる。すると、そこには先日ルカの執務室で会ったブルネットの少女――――アリソンが立っていた。まるで汚物でも見るような、大層不機嫌そうな表情だ。


「おっ……お名前をお願いいたします」
「そんなの、ルカに聞いて知ってるでしょ?」


 アリソンは吐き捨てるように言う。ミシェルは困ったように笑いながら、受付簿に目を通した。受付はファミリーネームをアルファベット順に並べ、記載されている。ミシェルの担当はP~Uだ。


「えぇっと、アリソンさんというお名前はお聞きしているのですが、ファミリーネームはまだ……」


 決して少なくない対象者リストの中から、ファーストネームだけでアリソンを特定するのは困難だった。ペコリと頭を下げたミシェルの上で、フンと鼻を鳴らす音が響いた。


「あなた魔女なのに、そんなことも何とかできないわけ? 魔法って案外使えないのね。……まぁ良いわ。私はアリソン・スペンサー。伝統あるスペンサー家の長女よ」


 アリソンはそう言って胸を張った。ミシェルはリストの中からアリソンの名前を見つけると、ほっと胸を撫でおろす。それからリストにチェックを入れると、試験に必要な書類を手渡した。


「受験番号順に席が決まっています。確認してから座ってください。あっ、あと……」
「説明は良いわ。あなた見てるとイライラするのよ」


 ミシェルから書類を奪い取ると、アリソンはフイと踵を返した。


(あぁ…………これは完璧に嫌われてしまってますね、私)


 会場へと入っていくアリソンを見送りながら、ミシェルは苦笑いを浮かべた。


「~~~~~~何よあれ! 誰なの、あの失礼な女は! ミシェルの知り合い?」


 すると、先に受付を終えていたディーナが憤慨した様子でまくし立てた。


「いえ~~~~。私ではなく、ルカ様とアランの幼馴染なんだそうです。先日書類を届けに行った際に来てらっしゃって」
「へぇーーーー。貴族のお嬢様が政務官、ね?」


 ディーナの表情は引き攣り、眉がピクピクと動いていた。ぎゅっと拳を握っているせいで手のひらに爪が食い込んでいる。どうやらかなり御立腹らしい。


「まったく、花嫁修業なら余所でやってもらいたいわ。貴族の令嬢のお遊びに付き合っていられるほど、こっちは暇じゃないっていうのに!」
「ディッ、ディーナ! もうその辺で……」
「だってムカつくじゃない! 友達を悪く言われるのって」


 ディーナはそっと頬を染めながら、プイと顔を背けた。


(そうか……ディーナは私のために怒ってくださっていたのですね)


 思わぬことに、ミシェルの唇が綻ぶ。


「私はへっちゃらですよ。でも……ありがとう、ディーナ」
「……うん」


 ミシェルがディーナの顔を覗き込む。恥ずかしそうに眉間に皺を寄せながらも、ディーナは小さく笑った。
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