魔女と王都と金色の猫

鈴宮(すずみや)

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【3章】王室専属魔女、ロイヤルウェディングへの道

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 瞼を擽る様な柔らかな太陽の光に、ミシェルは薄っすらと目を開けた。いつもとは異なる日の差し込み方だ。


(眩しい……でも、温かい)


 前日にアリソン達と夜通し喋り明かしたせいだろうか。心も体もまだ目覚めようとはしてくれない。


(確か、今日はお休みでしたね)


 長かった研修期間も終わり、休みが明けたらまた、王室専属魔女としての仕事が始まる。今日ぐらいはゆっくり過ごしても罰は当たらないだろう。
 目の前の温もりに擦り寄りながら、ミシェルの唇は弧を描く。素肌を柔らかく包み込む掛布が心地よい。


(良い香り)


 温かなお日様の光をしっかりと浴びたであろう掛布からは、上品で、刺激的な香りが染み込んでいた。ミシェルの腕に力がこもる。


(もっと)


 もっともっと、近くに感じたかった。ミシェルの大好きな香りだ。思わず手を伸ばして縋りたくなる、そんな香り。


(ルカ様の……)


 その時、ミシェルはハッと目を開けた。

 目の前にあるのは、見慣れた天上でも自室の景色でも、肌寒い日にミシェルを温めてくれるトネールでもない。ピタリと密着しているためによくは見えないものの、それは、白く滑らかで美しい男性の肌だ。
 ミシェルを抱き寄せる逞しい腕に、頭上で感じる息遣い、胸を焦がすような香り。何よりも身体全体を覆う温かな温もりが、ミシェルの意識を覚醒させていく。


(わっ、私……)


 昨夜、幾度も口づけられた肌が熱を持ち、熱く愛し気なルカの眼差しが思い出される。心と身体に鮮やかに刻まれた何かが、ミシェルの頬を真っ赤に染めた。
 ドキドキと高鳴る心臓は、これまで経験してきたものとは少し違う。嬉しくて、幸せで、それから少しもどかしい。トクン、トクンと規則的に聞こえてくるルカの心臓の音がミシェルの胸を焦がした。


(こんな幸せ、私に許されて良いのでしょうか)


 今、ルカに抱き締められていることも、ミシェルがルカを抱き締めていることも。あまりに恐れ多く、現実味がない。未だ夢の中にいるのではないか。そんな風に思った所で仕方がないことだろう。


(ルカ様が目を覚ます前に……)


 名残惜しさを感じながら、ミシェルはそっと腕を動かす。王子であるルカには侍女が付いていて、いつ部屋へ入ってくるとも分からない。不敬だと見咎められるわけにはいかなかった。


「止めてしまうのか?」


 その瞬間、ミシェルはヒュッと息を呑んだ。身体が軋むほどに抱きしめられ、心が悲鳴を上げる。


「ルカ様っ」
「ミシェルに抱き締めてもらえて、私は嬉しかったのだけど」


 頭上で響くルカの声は、寝起きのためか少し掠れていた。気恥ずかしさと嬉しさが綯交ぜになったまま、ミシェルはもう一度、ルカの背中に腕を伸ばす。


「うん……。幸せだ」


 ルカはそう言ってミシェルの髪に顔を埋めた。ミシェルの心がざわざわと騒ぐ。


(私の方が絶対幸せなのに)


 そんなことを思いながら、ミシェルがそっと顔を上げる。けれどその瞬間、ミシェルは後悔した。ルカがあまりにも幸せそうに微笑みながら、ミシェルを見つめていたからだ。


「そんな表情……ズルいです」


 大好きな人が幸せだと言ってくれる。笑ってくれる。それがどれほど幸せなことか。ミシェルは身を以て知った。
 ルカはクスクス笑いながら、ミシェルの額へと口づける。擽ったさに身を捩りながら、ミシェルはそっと目を瞑った。


「私よりも、ミシェルの方がずっとズルいよ」


 チュッと音を立てて唇を重ねながら、ルカがミシェルを組み敷く。途端、ミシェルの心臓が大きく跳ねた。朝日の中で見るルカの素肌はあまりにも刺激的だ。
 キラキラと輝く紫の瞳も、苦し気に寄せられる眉も、何もかもがあまりにも美しい。ミシェルは思わず手を伸ばし、ルカの頬に触れた。
 ルカは少し驚いたように目を見開くと、嬉しそうに頬擦りをした。


(あぁ、もうどうしようもない)


 どっちがズルいだとか、どっちが幸せだとか、そんなことはもう、どうでも良かった。
 ルカがミシェルの手のひらに唇を寄せる。擽ったい。温かい。けれど、それだけで終わらない。見えない何かを引き摺りだされるような感覚に、ミシェルは眩暈を覚える。


「あの……」


 後ろに見えるドアへ視線を遣りながら、ミシェルが躊躇いがちに尋ねると、ルカは目を細めて笑った。


「今日は私が呼ぶまで誰も来ないから」


 そう言ってルカは、ミシェルの腕を自身の背中へと導いた。思わず小さく笑いながら、ミシェルはルカを抱き締める。互いを見つめ合いながら、二人は愛おしさに笑った。
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