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【終章】王都に戻った魔女、幸せの意味を知る
月夜の誓い
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「いよいよ、明日か」
時は流れ、延びに延びた結婚式が明日へと迫っていた。
ルカはバルコニーで風を浴びながら、ついつい感慨に耽ってしまう。初めてミシェルに想いを打ち明けたのも、この場所だった。
「そんなところに居たら風邪を引いてしまいますよ」
振り向くと上着を手にした、ミシェルが後ろに立っていた。ルカは上着を受け取ると、ふわりとミシェルに被せた。
「~~~~ルカ様に着てもらうためにお持ちしたのにっ」
「私より、ミシェルが風を引くことの方が問題だからね」
大事な花嫁が風邪を引くわけにはいかないからと口にし、ルカはミシェルを抱き締める。こうしていると、上着を着るよりも余程温かい。ルカはミシェルのうなじにウットリと口付けながら、感嘆のため息を吐いた。
「本当にいよいよだ。ずっとずっと、待ち望んでいた日がようやく来る」
今夜ぐらい、独身最後の夜を楽しむべきではないか。そうクリスやアランに問われたが、ルカは首を横に振った。
結婚はあくまで手段であって目的ではない。ルカにとってはミシェルと共にずっとあること、それを公に示すこと、認められることが大事なのだ。だから、今夜一晩だってミシェルと離れる気は微塵もなかった。
「ルカ様」
「うん?」
「明日、私はあなたの妻に――――王太子妃になります。その前に是非、聴いていただきたいことがあるんです」
ミシェルは改まった様子でそう口にすると、ルカに向き直った。
「どうしたの? そんなに改まって」
ルカは少しだけ、心臓がドキドキし始めた。
互いの想いは毎日確認し合っている。決して結婚を反故にするなどということは無いだろう。けれど、こんな夜に改まって話をとなると、やっぱり少しだけ身構えてしまう。
「初めてここで、ルカ様に想いを告げられたあの夜、私はとても嬉しかった。だけど、自分に自信が無くて、身分だとか、ルカ様を支えることができないとか、母のこととか――――あれこれと言い訳をして逃げてしまいました」
あの夜のことはルカもよく覚えている。一世一代の告白だった。
自分は誰のことも一生、本気で好きにはなれないのではないかと思っていた。
そんな中、唐突にルカの人生に現れたミシェル。太陽のような輝きに猛烈に惹かれた。
どうしても側に置いておきたくて、時期尚早だと分かっていても想いを告げずにはいられなかった。クリスや他の男たちに取られたくなかった。
けれど、ミシェルはその夜、想いを受け入れてくれることは無かった。
「けれど、ルカ様は私を諦めませんでした。役割など気にせず、ただ側にいるだけで良いのだと仰ってくださって……それじゃダメだと駄々を捏ねる私を『ここまでおいで』ってずっと導いてくれて。私が追い付くのを待ってくれました」
そんなこと、ルカにとっては当たり前だった。どうしてもミシェルが良かった。ミシェルじゃなければダメだった。
だから、ミシェルには他人より過酷な道を歩かせてしまった。本当ならばゆっくりで良い道を、全速力で駆けさせてしまった。
それなのにミシェルは、ルカにありがとうと言ってくれる。気持ちを思い遣ってくれる。そのことにルカは、どれ程救われただろう。
「私達の血が繋がっていると――――そう信じていた時ですら、ルカ様は私を望んでくださいました。絶対に批判を浴びると分かっていて、行方不明の私を待つと。子が為せなくても良いと、そう仰ってくださいました。必死に私を捜して、そして見つけ出してくださいました。私はずっと、別の道を見ていたというのに、ルカ様はただ一つ、私と生きる道を示してくださいました」
ミシェルの瞳は真っすぐにルカを見つめている。ルカは目を細めて首を横に振った。
ルカだって不安が無かったわけではない。それでもミシェルが良かった。ミシェルと一緒ならば、どんなことでも乗り越えられる。そう信じられたから。
だからそれらは全てルカのエゴであって、ミシェルのためかと問われれば答えは否だ。
「ルカ様は全て、自分のためだと、そう仰るかもしれません。けれど私は、幸せです。ルカ様と一緒に居られて、あなたに求めていただけて、とてもとても幸せなんです」
まるでルカの想いに答えるように、ミシェルはそう口にする。そっと頬に触れたミシェルの指先が冷たい。ルカはミシェルの手を包み込むようにしながら優しく口づけた。
「私も幸せだよ。――――この上なく、幸せだ」
少し気を抜くだけで涙が流れ落ちそうだった。
愛する人が自分を愛してくれる。幸せだと言ってくれる。それを幸せと呼ばずして、何と呼べば良いのだろう。
「私、気づいたんです。私の幸せはルカ様の幸せで――――ルカ様の幸せは私の幸せだって。だから、これから先ずっとずっと、意地でも幸せでいよう、ルカ様を幸せにしたいって思ってるんです」
ミシェルはそう言って満面の笑みを浮かべる。
ミシェルはもう、ただルカに引き上げられるのを待っているだけの少女ではない。幸せにしてほしいとただ願うだけの女性でもない。ルカと一緒に、二人で幸せになりたいと、そのための道を歩いて行こうと決意してくれているのだ。
「それに、ルカ様の痛みも苦しみも、悔しさや遣る瀬無さも全部全部、私のものなんです」
ルカはミシェルの言葉に、困ったように笑った。
先日の城の襲撃の件ではきっと、かなりミシェルを心配させたのだろう。気丈なミシェルはその姿をあまり見せなかったけれど、ルカと同じように苦しみ、そっと寄り添ってくれていたのだ。
「この国の王を継ぐ者は、公にはルカ様ただ一人です。民の期待、政務官や騎士たち、近隣諸国の期待。それらを一身に背負うその重圧は、本当に重くて、苦しい。いつか王政という鎖から解き放たれる時が来るのかもしれない。でも、それは何時になるか分かりません。けれどルカ様、あなたには」
ミシェルはそこで大きく息を吸うと、力強い眼差しでルカを見つめた。
「――――ルカには、私がいます。私が、ルカの背負っているものを半分引き受けます。私は……私たちは二人で一人の王を継ぐものです。そう思って私は、これから先の人生をルカと生きていきたい。ルカと同じ立場に立って、この国を守っていきたい。……そう思うことを許していただきたいのです」
ルカは溢れかえった気持ちをもう、押さえることができなかった。力いっぱいミシェルを抱き締めながら、声を上げて笑う。ミシェルもルカを愛し気に抱き返す。星が瞬き、月が二人を優しく照らす。
「本当に、ミシェルには敵わないな」
ルカがそう口にすると、どちらともなく唇が重なる。ミシェルはふふ、と笑いながら、再びルカの胸に顔を埋めたのだった。
時は流れ、延びに延びた結婚式が明日へと迫っていた。
ルカはバルコニーで風を浴びながら、ついつい感慨に耽ってしまう。初めてミシェルに想いを打ち明けたのも、この場所だった。
「そんなところに居たら風邪を引いてしまいますよ」
振り向くと上着を手にした、ミシェルが後ろに立っていた。ルカは上着を受け取ると、ふわりとミシェルに被せた。
「~~~~ルカ様に着てもらうためにお持ちしたのにっ」
「私より、ミシェルが風を引くことの方が問題だからね」
大事な花嫁が風邪を引くわけにはいかないからと口にし、ルカはミシェルを抱き締める。こうしていると、上着を着るよりも余程温かい。ルカはミシェルのうなじにウットリと口付けながら、感嘆のため息を吐いた。
「本当にいよいよだ。ずっとずっと、待ち望んでいた日がようやく来る」
今夜ぐらい、独身最後の夜を楽しむべきではないか。そうクリスやアランに問われたが、ルカは首を横に振った。
結婚はあくまで手段であって目的ではない。ルカにとってはミシェルと共にずっとあること、それを公に示すこと、認められることが大事なのだ。だから、今夜一晩だってミシェルと離れる気は微塵もなかった。
「ルカ様」
「うん?」
「明日、私はあなたの妻に――――王太子妃になります。その前に是非、聴いていただきたいことがあるんです」
ミシェルは改まった様子でそう口にすると、ルカに向き直った。
「どうしたの? そんなに改まって」
ルカは少しだけ、心臓がドキドキし始めた。
互いの想いは毎日確認し合っている。決して結婚を反故にするなどということは無いだろう。けれど、こんな夜に改まって話をとなると、やっぱり少しだけ身構えてしまう。
「初めてここで、ルカ様に想いを告げられたあの夜、私はとても嬉しかった。だけど、自分に自信が無くて、身分だとか、ルカ様を支えることができないとか、母のこととか――――あれこれと言い訳をして逃げてしまいました」
あの夜のことはルカもよく覚えている。一世一代の告白だった。
自分は誰のことも一生、本気で好きにはなれないのではないかと思っていた。
そんな中、唐突にルカの人生に現れたミシェル。太陽のような輝きに猛烈に惹かれた。
どうしても側に置いておきたくて、時期尚早だと分かっていても想いを告げずにはいられなかった。クリスや他の男たちに取られたくなかった。
けれど、ミシェルはその夜、想いを受け入れてくれることは無かった。
「けれど、ルカ様は私を諦めませんでした。役割など気にせず、ただ側にいるだけで良いのだと仰ってくださって……それじゃダメだと駄々を捏ねる私を『ここまでおいで』ってずっと導いてくれて。私が追い付くのを待ってくれました」
そんなこと、ルカにとっては当たり前だった。どうしてもミシェルが良かった。ミシェルじゃなければダメだった。
だから、ミシェルには他人より過酷な道を歩かせてしまった。本当ならばゆっくりで良い道を、全速力で駆けさせてしまった。
それなのにミシェルは、ルカにありがとうと言ってくれる。気持ちを思い遣ってくれる。そのことにルカは、どれ程救われただろう。
「私達の血が繋がっていると――――そう信じていた時ですら、ルカ様は私を望んでくださいました。絶対に批判を浴びると分かっていて、行方不明の私を待つと。子が為せなくても良いと、そう仰ってくださいました。必死に私を捜して、そして見つけ出してくださいました。私はずっと、別の道を見ていたというのに、ルカ様はただ一つ、私と生きる道を示してくださいました」
ミシェルの瞳は真っすぐにルカを見つめている。ルカは目を細めて首を横に振った。
ルカだって不安が無かったわけではない。それでもミシェルが良かった。ミシェルと一緒ならば、どんなことでも乗り越えられる。そう信じられたから。
だからそれらは全てルカのエゴであって、ミシェルのためかと問われれば答えは否だ。
「ルカ様は全て、自分のためだと、そう仰るかもしれません。けれど私は、幸せです。ルカ様と一緒に居られて、あなたに求めていただけて、とてもとても幸せなんです」
まるでルカの想いに答えるように、ミシェルはそう口にする。そっと頬に触れたミシェルの指先が冷たい。ルカはミシェルの手を包み込むようにしながら優しく口づけた。
「私も幸せだよ。――――この上なく、幸せだ」
少し気を抜くだけで涙が流れ落ちそうだった。
愛する人が自分を愛してくれる。幸せだと言ってくれる。それを幸せと呼ばずして、何と呼べば良いのだろう。
「私、気づいたんです。私の幸せはルカ様の幸せで――――ルカ様の幸せは私の幸せだって。だから、これから先ずっとずっと、意地でも幸せでいよう、ルカ様を幸せにしたいって思ってるんです」
ミシェルはそう言って満面の笑みを浮かべる。
ミシェルはもう、ただルカに引き上げられるのを待っているだけの少女ではない。幸せにしてほしいとただ願うだけの女性でもない。ルカと一緒に、二人で幸せになりたいと、そのための道を歩いて行こうと決意してくれているのだ。
「それに、ルカ様の痛みも苦しみも、悔しさや遣る瀬無さも全部全部、私のものなんです」
ルカはミシェルの言葉に、困ったように笑った。
先日の城の襲撃の件ではきっと、かなりミシェルを心配させたのだろう。気丈なミシェルはその姿をあまり見せなかったけれど、ルカと同じように苦しみ、そっと寄り添ってくれていたのだ。
「この国の王を継ぐ者は、公にはルカ様ただ一人です。民の期待、政務官や騎士たち、近隣諸国の期待。それらを一身に背負うその重圧は、本当に重くて、苦しい。いつか王政という鎖から解き放たれる時が来るのかもしれない。でも、それは何時になるか分かりません。けれどルカ様、あなたには」
ミシェルはそこで大きく息を吸うと、力強い眼差しでルカを見つめた。
「――――ルカには、私がいます。私が、ルカの背負っているものを半分引き受けます。私は……私たちは二人で一人の王を継ぐものです。そう思って私は、これから先の人生をルカと生きていきたい。ルカと同じ立場に立って、この国を守っていきたい。……そう思うことを許していただきたいのです」
ルカは溢れかえった気持ちをもう、押さえることができなかった。力いっぱいミシェルを抱き締めながら、声を上げて笑う。ミシェルもルカを愛し気に抱き返す。星が瞬き、月が二人を優しく照らす。
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