【短編集】あなたのためを思って言っているのよ?

鈴宮(すずみや)

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2.期待はずれの女と言われましたので

3.(END)

「…………え?」


 ラーベルが大きく目を見開く。それから、彼の体にゾクゾクと悪寒が走った。


「アダリーシア?」

「ええ、そうですよ。あなたの婚約者のアダリーシアです」


 嘘だろう、と呟くラーベルに、アダリーシアが微笑む。いつもとは違った柔らかい笑顔だ。けれど、瞳の奥にはラーベルに対する軽蔑と怒りの感情が見え隠れしており、ラーベルはブルリと身震いする。


「一体どういうことだ?」

「どうもこうも……私に『理想の女性になるように』とおっしゃったのはラーベル様ですよ? ですから、私は全力で、あなたの期待にこたえただけなのです」


 いつもと違った、おっとりとした話し口調。声だって普段よりずっと高いし、ラーベルには目の前の女性とアダリーシアが同一人物だなんて、とてもじゃないが信じられない。信じたくなかった。


「だけど、髪が! 瞳の色が違うじゃないか!」

「髪は染めて、ふわふわに巻いてもらいました。瞳も、別の色に変えるための特殊な品がございますの。ツリ目は化粧でごまかせますし」

「身長だって、アダリーシアはもっと高いはずだ!」

「少し屈んでいるだけです。こうすれば――ほら、いつもと同じ高さでしょう?」


 そう言われてアダリーシアを見ると、先程よりもずっと身長が高くなる。ラーベルはグッと歯噛みした。


「なんだよそれ。……なんなんだよ!」


 ラーベルが大きく地団駄を踏む。ようやく自分の理想が叶ったはずなのに――いや、叶ったからこそ腹が立った。ラーベルはアダリーシアを睨みつけ、掴みかかった。


「できるなら、最初からそうすればよかっただろう!? どうして最初からそうしなかった!? そうすれば僕は君を……」

「しませんよ。なんで私がラーベル様のために、自分を殺さなきゃいけないんですか?」


 アダリーシアはいつもの口調、いつもの声音に戻ると、肩をポキポキと鳴らす。


「いいですか、ラーベル様。事前にこたえさえわかっていれば、他人の期待にこたえることはそう難しいことではありません。私はこれまで、多少なりともあなたの期待にこたえる努力をしてきました。……まあ、あなたには満足していただけませんでしたけどね。だけど、私は今後、あなたの期待にこたえるつもりはないんです」

「期待にこたえるつもりがない?」


 今や会場中の視線が二人に注がれていた。
 イディアも二人のそばまでやってきて、オロオロと視線を彷徨わせている。


「なんでだ? 僕たちはもうすぐ結婚するんだから、そのまま僕の理想どおりでいればいいだろう?」

「お断りです。というか、ラーベル様と私が結婚することはなくなりましたし」

「どういう意味だ?」


 アダリーシアはラーベルの耳元に口を近づけると、声を潜めた。


「――先日我が家から婚約破棄を申し入れたんです。ご存知なかったのですか?」

「婚約破棄!? なんだそれ、聞いてないぞ」


 せっかく小声で説明してやったというのに、ラーベルのせいで台無しだ。周囲がざわざわするのを見ながら、アダリーシアはため息をついた。


「アダリーシア、僕は君との婚約を解消する気はない! 僕は君と結婚して、次期侯爵になるんだ」

「嫌ですよ。ラーベル様は私に『期待はずれ』だとおっしゃいました。だけどそれは、こちらのセリフなのです」


 アダリーシアはラーベルの手を振り払い、彼を冷たく見下ろす。


「婚約者がいるのに恋人を作り、勉学や自己研鑽を怠り、私にばかり理想を求める。あなたと結婚したところで、私にとってのメリットはないし、領民たちに迷惑をかけてしまいかねません。そんな『期待はずれの』男性は願い下げですから、両親と相談の上、慰謝料を払って破棄させていただくことにしたんです」

「な……」


 ラーベルは顔を真っ赤に染めつつ、わなわなと体を震わせる。


「期待はずれ? この僕が?」

「ええ。あなたにあるのは家柄と顔だけでしょう? 私や両親が求める次期侯爵としての素養はなにもありませんし、正直言って期待はずれです」


 アダリーシアがニコリと笑う。ラーベルはキッと瞳を吊り上げた。


(嘘だろう? この僕が婚約を破棄された?)


 信じられない。……信じたくない。言葉では言い表せないほど屈辱的だった。
 しかし、このままでは次期侯爵という地位も、貴族としての富や名誉も、手に入れるはずだったすべてを失ってしまうことになる。なんとかしてアダリーシアに考え直してもらわないと――


「待ってくれ、アダリーシア! 一度婚約を破棄したら、次の結婚相手なんて見つからないだろう? 僕にもたしかに悪いところがあった。これからは君の期待にこたえるための努力をする。だから……」

「その心配はないよ」


 と、誰かがラーベルの言葉を遮る。第二王子のジェルバだ。
 ジェルバはアダリーシアの肩を抱き、ラーベルをそっと睨んでいる。ラーベルはビクリと体を震わせた。


「殿下、今のは……」

「俺はずっと、アダリーシアに片思いをしていてね。君との婚約を破棄したことを聞きつけてすぐに、アダリーシアに自分の想いを告げたんだ。時期尚早かもしれないけど、ライバルがたくさんいると知っていたからね」


 ジェルバはそう言って、周囲をゆっくりと見回す。嘘だろう、という気持ちでラーベルも周囲を見回すと、残念なことに数人の男性と目があってしまった。


(本当なのか?)


 にわかには信じられない状況に、ラーベルは唇をぐっと引き結んだ。


「まあ、現状は結婚に承諾してもらえたわけじゃないけど、アダリーシアに次の結婚相手が見つからないなんてありえないよ」

「そんな……それじゃあ僕は――僕はどうなるんだ?」


 自分の手のひらを呆然と見つめつつ、ラーベルが言う。アダリーシアが小さくため息をついた。


「ありのままの自分でいられる人と一緒になればいいんじゃないですか? 誰かの期待にこたえるために、偽りの自分でいる人生なんてつまらないでしょう?」


 アダリーシアはそう言うと、自分の髪をくしゃくしゃと掻き乱す。それからピンと背筋を伸ばして微笑んだ。


「最後に一度だけ、あなたの期待にこたえてみようとこういう格好をしてみましたが――やっぱり駄目ね。たとえ期待はずれだとしても、私は私らしく生きるのが好きだと気づきました。ありがとう、ラーベル様。さようなら」

「あ……あぁ……」


 颯爽と去りゆくアダリーシアの後ろ姿をラーベルがじっと見つめる。それから、ガックリと膝をつくのだった。
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