断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)

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15.断罪と糾弾、それから後悔

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 厳かな雰囲気の中、手足を縛られた三人の貴族が膝を突く。

 見目麗しい若い女性が一人と、恰幅のいい年配の男性が一人、それから長身の若い男性が一人だ。

 彼らは今、国家を揺るがしかねない重大な嫌疑がかけられている。


 すなわち、王太子妃モニカを妃の座から排除せんとする陰謀だ。


 見目麗しい若い女性――――コゼットは王太子エルネストの寝室に侵入し、妃に成り上がろうとした。
 長身の若い男性――――ヴィクトルは王太子妃モニカの寝室に侵入し、彼女を襲うことで、不貞事実を作り上げようとした。

 この時点で紛うことなき立派な陰謀である。

 しかし、彼等の陰謀はそれだけでは終わらなかった。

 コゼットとヴィクトルの二人を捕まえたあと、彼等の身辺調査が徹底的に行われた。
 その結果、モニカが毎朝飲んでいるお茶には、子ができにくくなる効果があることが判明したのである。

 一般にはまだ流通していない茶葉な上、毒見役は未婚の女性が主。口に含んだ程度では目に見える健康被害がないことから、今日まで露呈することはなかった。

 茶葉の仕入ルート――――コゼットの父親であるカステルノー伯爵が本件に関与していることは明白である。 


「まさか、このようなことをしでかすとは……」


 エルネストの父親、国王陛下が盛大なため息を吐く。


 手口は大胆にして稚拙。
 けれど、仮に成功していれば、彼らの目論見通り、モニカは全てを失っていただろう。

 とはいえ、陰謀とは実に紙一重なもの。
 彼らは今、手に入れたかった未来と引き換えに、全てを失おうとしているのだが。
 

「カステルノーよ、お前は何故、こんなことを?」


 分かりきったことではあるが、動機はハッキリとさせなければならない。
 モニカの父親である宰相が、彼らに向かって尋ねる。

 カステルノー伯爵はカッと目を見開き、己の政敵を睨みつけた。


「知れたことを!
お前のせいで……! お前たち父娘のせいで、私は全てを失った!
本当ならば我が娘が――――コゼットが正妃になる筈だったのに!
それだけじゃない! 宰相の地位もそうだ! 私のものになる筈だった!
それなのにお前は『地位にも名誉にも興味ありません』という顔をして、何も知らずに笑っている! 私は奪われたものを奪い返そうとしただけだ! ただそれだけだ!」


 怒りと興奮で真っ赤に染まった顔。あまりの剣幕に、モニカは思わず震えてしまう。


「大体、娘を危険に晒したのはお前自身だろう⁉ 中途半端に情けをかけ、我が娘、コゼットを侍女に据えたのだから。
何が『権力が一極に集中するのを避けたい』だ! 『あらゆる派閥の意見を取り入れたい』だ! 宰相が聞いて呆れる! 
理想ばかりを語り、無闇に他人を信じるなど、愚か者のすることだ。騙される方が悪いのだ!
私は――――私の娘は何も悪くない!」 


 狂気に満ちた高笑いが虚しく響き渡り、やがて慟哭へと変わっていく。

 醜い嫉妬と権力欲に塗れた愚行。
 情状酌量の余地は当然ない。

 
 モニカはエルネストと護衛騎士を伴い、コゼットとヴィクトルの元へ向かった。
 コゼットは不貞腐れたような、悔しげな顔を浮かべながら、モニカとエルネストを交互に見ている。
 モニカは彼女の傍に屈み、静かにこう問いかけた。


「コゼット……貴女は、貴女のお父様のために、こんなことをしたのよね?」


 寧ろそうだと言ってほしい――――そうすれば、彼女の命ぐらいは助けられるかもしれない。
 祈るような気持ちで、モニカは彼女の返答を待つ。


「――――いいえ、妃殿下。全て、私自身の意思ですわ。
貴女を騙したことも、毎朝あのお茶を飲ませたことも、エルネスト殿下の寝室に向かったことも、ヴィクトルを差し向けたことも、全て私がやりたくてやったことです」


 コゼットは潔かった。
 弁明も、命乞いも、全くする気がないらしい。

 モニカは大きく息を呑み、それから悲しげに顔を歪める。
 コゼットはクックっと喉を鳴らし、それから嘲るような笑みを浮かべた。


「妃殿下、私は貴女のそういう偽善的なところが大嫌いでした。
この期に及んで私に情けをかけようだなんて、愚かにもほどがありますわ! 三年も不妊に悩んでいた癖に――――それなのに私に対して情状酌量の余地があると思うなんて、お人好しが過ぎます!
私は私の全てを賭けて、貴女を陥れようとしたのです! 妃の座から蹴落とそうとしたのです! 裁かれて当然の存在です!
そんな甘い考えでは、またいずれ、別の誰かに足を掬われてしまいますわよ!」


 辛辣な言葉。
 モニカの瞳に涙が溜まる。


(コゼットの言うとおりだわ)


 人の上に立つものは、時に残酷な決定をもしなければならない。
 コゼットの方が、余程妃として生きる覚悟があるように感じられる。
 肩を落とすモニカを庇うようにして、エルネストが前に躍り出た。


「モニカを責めるのはやめろ。彼女は君を救おうとしたのに……」

「『モニカを責めるのはやめろ』ですって? ふふ……笑わせないでください。エルネスト殿下にだけは、そんなこと、言われたくありませんわ!
いつもいつも妃殿下に冷たい言葉を浴びせていたくせに! 憎しみのこもった瞳で睨んでいたくせに! 周りは当然、殿下が妃殿下を嫌っていると思って当然ですわ。
それなのに『僕はモニカを愛している』ですって⁉ そんなの、信じられる筈がないでしょう? 
成人した良い大人が相手が好きすぎて素直になれない? 馬鹿じゃありませんの⁉」

「貴様、口を慎め! 殿下に対して不敬だぞ!」


 コゼットの首筋に刃を当て、騎士たちが喚き立てる。
 けれど彼女は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。


「お断りいたしますわ。どうせ私の命はここまでなのですから、最後に言いたいことを言わせていただきます。
大体、貴方方だって同罪でしょう? 殿下が妃殿下に冷たく接しているのを知っていて、皆が放置していたんですもの。
だからこそ、私のような人間につけいられるのです。成り代われると思わせるのです。
私、何か間違ったことを言っておりますでしょうか?」


 コゼットの言葉に、集まっていた皆が息を呑む。

 彼女の言う通り、この場にいる誰もが、エルネストのモニカへの態度を諌めはしなかった。窘めもしなかった。
 『エルネストがモニカを嫌っている』ように見えていたという部分も含め、コゼットの主張にはなんら誤りはない。エルネストは嫌でもそう思い知った。


「――――君の言う通り、元を辿れば悪いのは僕だ。これから僕の一生をかけて、モニカに償いをするつもりだ。二度とこんなことが起こらないよう、僕が必ずモニカを守る――――そう誓うよ」


 もしもエルネストがモニカを大切にしていたら――――その感情の一部だけでも表に出せていたなら、コゼットはこんなことをしなかったかもしれない。野心に燃える父親を宥め、侍女として真摯にモニカに仕え、側妃として成り上がろうなんて考えなかったかもしれない。


 コゼットは一瞬だけ悲しげな表情を浮かべ、俯いた。
 きっと、彼女がエルネストに恋していたのは本当だったのだろう。モニカはとても複雑な心境だった。


「ヴィクトルは? 貴方はどうしてこんなことを?」


 気を取り直し、モニカはヴィクトルにそう尋ねる。彼は無表情のまま、ゆっくりと静かに頭を垂れた。


「――――主家の意志を実行するのは当然のことです」

「主家……貴方がカステルノー家の分家筋だから、ということ?」


 普段饒舌なヴィクトルらしくない、短くて簡潔な返答。モニカが内容を補足するべく尋ねれば、彼は小さく頷いた。


「そんな……自分の命を投げ出してまで主家の命令に従うの? 本当に、そんなことのためにわたくしを襲おうとしたの?」


 彼が作り上げようとしたのは、王太子妃の不貞の証拠。
 謀反の全容が露見しても、しなくても、ヴィクトルは命の危機に晒される必要があった。

 成功すれば無罪放免だったカステルノー父娘とは根本的に異なっている。モニカはどうしても納得がいかない。


「当然のことですよ……だって、愛する女性の願いを叶えるためですから」


 ヴィクトルはそう言って穏やかに微笑む。
 彼の言葉にコゼットがハッと顔を上げ、それから瞳を潤ませた。


「そう……」


 モニカの返答とともに、すすり泣きの声が響き渡る。
 それは怒りでも、悲しみでも、憎しみでもない、複雑な感情の入り乱れた涙だった。


「ごめんなさい、ヴィクトル……ごめんなさい」


 コゼットが呟く。今にも消え入りそうなか細い声音だが、ヴィクトルにはちゃんと聞こえているらしい。彼は至極優しい表情で彼女のことを見つめていた。


 ヴィクトルの愛情を信じて疑うことのなかったコゼットは、モニカからすれば、少し羨ましくもあり、それから気の毒にも思える。もしも彼に愛情がなかったら、ここまでの事態には陥っていなかっただろう――――そんなふうに思うからだ。


 恐らくはエルネストも似たような気持ちなのだろう。とても複雑な表情を浮かべている。
 二人は手を繋ぎ、寄り添いながら、コゼットたちのことを見つめていた。 
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