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勿体ない(2)
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分厚い表紙を開きつつ、ヘレナがそう口にすると、レイはほんのりと目を丸くした。
実家に居る間は、屋敷も大きければ使用人も多いため、レイの能力を活かす機会が多かった。彼の統率力無くして、侯爵家は成り立たない――――父が何度もそう口にしていたことを知っているし、その度にヘレナは誇らしく思っていた。領地の管理に携わっていたこともあって、適材適所と言えなくもない。
けれど、今のレイは完全にヘレナのためだけに働いている。
ヘレナのために食事を作り、屋敷中の掃除をし、買い物や庭仕事、ヘレナの話し相手迄、全てを一人でこなしているのだ。
(本当に勿体ない)
唇を尖らせつつ、ヘレナは心の中でそう呟く。
当然、それらは誰にでも出来る仕事ではない。寧ろ、レイだからここまで出来るのだと分かっている。
けれど、レイにはもっと、日の当たる場所に出て欲しいと思ってしまう。皆にもレイの良さやすごさを分かって欲しいのだ。
(文官とか、騎士とか……レイにあった就職先は幾らでもあるんだけどな)
優秀な彼のことだ。上官や国王の目に留まり、出世することは間違いない。ヘレナが王太子妃になったら、口添えをしてレイに転職を促そうと思っていたぐらいだ。
「勿体ない……ですか。
しかし、困りましたね。私はお嬢様のお側に居たいのです。お嬢様が出て行けと仰った所で、お側を離れるつもりはございません。私は何があっても一生、お嬢様だけのレイで居続けますから」
そう言ってレイは穏やかに目を細める。ヘレナの心臓がドクンと跳ねた。
(そういう言い方は心臓に悪いと思うわ……!)
ヘレナの頬が真っ赤に染まる。けれど、当の本人は屈託のない笑みを浮かべているのだから始末が悪い。
つい先日まで婚約者がいたヘレナだが、カルロスからは『好き』だとか『可愛い』と言った言葉を貰ったことは一切ない。このため、好意や想いをぶつけられることへの耐性は殆ど無かった。
(だけど……きっとこれが、レイの本心なのね)
邪念の混ざっていない純粋な願いだからこそ、こんなセリフが平気で吐ける。これではまるで、照れるヘレナの方が間違っているかのようだ。
(だけど、わたしだけのレイって……)
彼の心や身体、全てを預けられたような心地に胸が高鳴る。主従だからこそ言える言葉だろうが、そこに恋慕の情や情愛を見出してしまいそうになる。
(いえ、レイのことだし、そういう意味は無いんでしょうけど)
ふぅ、とため息を吐きつつレイを振り返れば、彼は未だ、熱心にヘレナのことを見つめていた。
「――――出て行けなんて絶対言わないけれど」
「それは良かった。本当に安心致しました」
そう言ってレイはヘレナの手を握る。あまりにも嬉しそうな彼の表情に、ヘレナは苦笑を漏らした。
(……本当はレイの他にも人を雇えれば良いんだけどね)
そうすれば自ずとレイの負担は減る。外に出たり、交友関係を持ったり、自分の時間を楽しめるようになる。きっと、ヘレナ以外のことにも目を向けられるようになるだろう。
けれど、レイ以外の人間を雇うようなお金、ヘレナには無い。第一、ヘレナが今読んでいる本も、飲んでいるお茶も、資金の出所が何処かも分からないのだ。おいそれとそんな提案をすることは出来なかった。
(ううん……待って)
ヘレナはハタと目を丸くし、レイのことをまじまじと見つめる。
「如何しましたか、お嬢様?」
レイは首を傾げつつ、ヘレナの手をギュッと握りなおした。大きくて従順な犬のような表情に、ヘレナはふふ、と笑い声をあげる。
「いた……見つけたのよ、レイ」
「何を、でございますか?」
レイの表情は困惑していた。ヘレナはそっと身を乗り出し、笑みを浮かべる。
「レイと一緒に屋敷のことをする人間……わたしが居るじゃない!」
「……へ?」
その瞬間、レイが目を丸くして固まる。彼らしくない間の抜けた声に、ヘレナの唇は弧を描いた。
実家に居る間は、屋敷も大きければ使用人も多いため、レイの能力を活かす機会が多かった。彼の統率力無くして、侯爵家は成り立たない――――父が何度もそう口にしていたことを知っているし、その度にヘレナは誇らしく思っていた。領地の管理に携わっていたこともあって、適材適所と言えなくもない。
けれど、今のレイは完全にヘレナのためだけに働いている。
ヘレナのために食事を作り、屋敷中の掃除をし、買い物や庭仕事、ヘレナの話し相手迄、全てを一人でこなしているのだ。
(本当に勿体ない)
唇を尖らせつつ、ヘレナは心の中でそう呟く。
当然、それらは誰にでも出来る仕事ではない。寧ろ、レイだからここまで出来るのだと分かっている。
けれど、レイにはもっと、日の当たる場所に出て欲しいと思ってしまう。皆にもレイの良さやすごさを分かって欲しいのだ。
(文官とか、騎士とか……レイにあった就職先は幾らでもあるんだけどな)
優秀な彼のことだ。上官や国王の目に留まり、出世することは間違いない。ヘレナが王太子妃になったら、口添えをしてレイに転職を促そうと思っていたぐらいだ。
「勿体ない……ですか。
しかし、困りましたね。私はお嬢様のお側に居たいのです。お嬢様が出て行けと仰った所で、お側を離れるつもりはございません。私は何があっても一生、お嬢様だけのレイで居続けますから」
そう言ってレイは穏やかに目を細める。ヘレナの心臓がドクンと跳ねた。
(そういう言い方は心臓に悪いと思うわ……!)
ヘレナの頬が真っ赤に染まる。けれど、当の本人は屈託のない笑みを浮かべているのだから始末が悪い。
つい先日まで婚約者がいたヘレナだが、カルロスからは『好き』だとか『可愛い』と言った言葉を貰ったことは一切ない。このため、好意や想いをぶつけられることへの耐性は殆ど無かった。
(だけど……きっとこれが、レイの本心なのね)
邪念の混ざっていない純粋な願いだからこそ、こんなセリフが平気で吐ける。これではまるで、照れるヘレナの方が間違っているかのようだ。
(だけど、わたしだけのレイって……)
彼の心や身体、全てを預けられたような心地に胸が高鳴る。主従だからこそ言える言葉だろうが、そこに恋慕の情や情愛を見出してしまいそうになる。
(いえ、レイのことだし、そういう意味は無いんでしょうけど)
ふぅ、とため息を吐きつつレイを振り返れば、彼は未だ、熱心にヘレナのことを見つめていた。
「――――出て行けなんて絶対言わないけれど」
「それは良かった。本当に安心致しました」
そう言ってレイはヘレナの手を握る。あまりにも嬉しそうな彼の表情に、ヘレナは苦笑を漏らした。
(……本当はレイの他にも人を雇えれば良いんだけどね)
そうすれば自ずとレイの負担は減る。外に出たり、交友関係を持ったり、自分の時間を楽しめるようになる。きっと、ヘレナ以外のことにも目を向けられるようになるだろう。
けれど、レイ以外の人間を雇うようなお金、ヘレナには無い。第一、ヘレナが今読んでいる本も、飲んでいるお茶も、資金の出所が何処かも分からないのだ。おいそれとそんな提案をすることは出来なかった。
(ううん……待って)
ヘレナはハタと目を丸くし、レイのことをまじまじと見つめる。
「如何しましたか、お嬢様?」
レイは首を傾げつつ、ヘレナの手をギュッと握りなおした。大きくて従順な犬のような表情に、ヘレナはふふ、と笑い声をあげる。
「いた……見つけたのよ、レイ」
「何を、でございますか?」
レイの表情は困惑していた。ヘレナはそっと身を乗り出し、笑みを浮かべる。
「レイと一緒に屋敷のことをする人間……わたしが居るじゃない!」
「……へ?」
その瞬間、レイが目を丸くして固まる。彼らしくない間の抜けた声に、ヘレナの唇は弧を描いた。
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