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ズルい男(2)

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「うぅ……」


 ヘレナが時間をかけて組み立てた言い分を、レイはものの一瞬で崩していく。口では勝てない――――そう分かっていたからこそ、ヘレナはレイに見つからずに、屋敷を抜け出そうと思っていた。結果、彼の方が一枚も二枚も上手だったわけだけれども。

「でっ……でも…………」

「――――――何より私は、お嬢様と片時も離れたくないのです」


 そう言ってヘレナをふわりと抱き上げながら、レイは微笑みを浮かべる。その瞬間、ヘレナの心臓が恐ろしい程に早鐘を打った。


(そっ……そんな顔をするなんて、反則だわ!)


 レイの瞳は穏やかに細められ、唇は優しく弧を描いている。まるで幼子や仔猫を見るかのような慈愛に満ちた表情に、ヘレナの胸が騒めいた。


(変なの……今に始まったことじゃないのに)


 出会った頃から、レイはヘレナのことを大切にしてくれた。彼の特別であることは当たり前だった。

 ヘレナが雇用主の娘――――彼にとってのお嬢様だったから。

 けれど今、レイを縛るものは何もない。彼は未だに『お嬢様』と呼ぶけれど、ヘレナにはもう、レイにそう呼ばれる資格は無い。


(本当なら、優しくされる理由も、特別扱いされる理由も、もう存在しない筈なのに――――)


 そうと分かっているからこそ、ヘレナは酷く動揺してしまうのだ。


「――――お嬢様は私と出掛けるのが嫌なのですか?」


 レイはそう言ってヘレナのことを見上げる。ヘレナの方が高い位置にいるせいか、ひどく不安気な表情に見えた。ヘレナの胸がドキドキと鳴り響く。


「……そうやって感情論で攻めてくるのはズルいと思うの」


 答えながらヘレナはそっと俯いた。

 『嫌か?』と尋ねられて、ヘレナが嫌と言える筈がない。レイと一緒に居るのは楽しいし心地良い。促されるままに、ついつい甘えたくなってしまう。


「そうですね……お嬢様のおっしゃる通り、私はとてもズルい男です」


 そう言ってレイはヘレナの手を優しく握ると、悪戯っぽく目を細めた。ヘレナは唇を引き結びつつ、プイと顔を背ける。クスリと笑うレイの声を相図に、ヘレナを乗せた馬がゆっくりと街に向けて歩き始めた。
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