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【終章】本当に大事なもの
43.分かたれた道
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トゥバルトの馬車で城まで帰り着いたロゼッタはホッと大きく息をついた。
(わたくしが資産家の妻になる選択肢を自ら捨てることになるなんて……)
ほんの少し前のロゼッタなら、考えられないことだった。トゥバルトは金銭的な魅力もさることながら、身分も権力もすべてを持っていて、一番理想的な結婚相手だったはずだ。けれど、ロゼッタは彼を選ばなかった。――いや、選べなかったのだ。
(だけど、これでいい)
きっと何度同じ状況に陥っても、ロゼッタは今日と同じ選択をしただろう。だから、寂しさは感じるけれど後悔はない。なんだか晴れやかな気持ちだった。
「ロゼッタ嬢」
と、城門の前で誰かに声をかけられる。返事をしながら振り返ると、そこには思わぬ人物がいた。
「ウィルバート様……」
どうしてここに?という質問は愚問だろう。ロゼッタはウィルバートからの手紙に返事をしてこなかったし、彼がロゼッタに会いにここへ来たのは明白だった。
「先日はすまなかった」
ウィルバートはそう言って大きく頭を下げる。「いえ」と返事をしたものの、ロゼッタは胸がモヤモヤした。
「別に、謝っていただくようなことじゃございませんわ」
「だけど俺は、パートナーである君を守られなかったし……追いかけることもできなくて」
(まあ、そういう自覚はあったのですね)
本当は声に出して嫌味を言いたい。けれど、そうすることすら面倒くさくて、ロゼッタはほんのりと視線を逸らした。
「怒っているだろう?」
「いいえ」
そんな次元は疾うの昔に通り過ぎた。ロゼッタはふわりと微笑みを浮かべる。
「むしろ感謝をしております。ウィルバート様には色々と大事なことに気づかせていただきましたから」
それじゃあ、と踵を返そうとするが、ウィルバートがロゼッタの腕を引く。それから、ロゼッタのことを抱きしめてきた。
「な、にを……」
「好きなんだ、ロゼッタ嬢のことが」
その瞬間、ロゼッタは思わず噴き出しそうになってしまった。けれど、すんでのところで耐えロゼッタはウィルバートの腕を強く押す。
「ウィルバート様が? まさか」
「本当だよ。あの日は……動揺してあんな対応をしてしまったけど、今後は――」
「わたくしと関わると、アバルディアのひんしゅくを買いますわよ。取引が打ち切られて、事業に大きな影響がでるかもしれません――いいえ、あの女ならほぼ間違いなくそうするでしょう。アバルディアはわたくしのことが大嫌いですもの。それでもウィルバート様は耐えられますの?」
ロゼッタがじっとウィルバートを見つめる。ウィルバートは「それは……」と言いながら視線を逸らした。
「いいですか、ウィルバート様。恋愛などという一時の情に流されて、大事なものを見誤ってはいけません。あなたにとって大事なものはお金なのです」
「いや、俺はそんなつもりは」
「謙遜をなさらないで。あなたがわたくしに教えてくださったことですわ」
ロゼッタがそう言い放つと、ウィルバートは悔しげに眉間にシワを寄せる。ロゼッタはふっと目元を和らげた。
「それに、ウィルバート様と一緒にいても、わたくしにメリットがございませんもの。もしもアバルディアから手を回されてウィルバート様が事業に失敗したとしたら、お金がなくなってしまうでしょう? わたくし、お金のないあなたには興味がないのですわ」
「なっ……」
ウィルバートはショックを受けたらしく、あんぐりと口を開けながらロゼッタを凝視している。
「だけど、ロゼッタ嬢は俺のことを好いてくれていただろう?」
「なにをおっしゃいますやら。わたくしが好きなのは――愛しているのはお金だけですわ」
――嘘だ。
本当はロゼッタはウィルバートのことが好きだった。
けれどそれは、完全に過去の出来事になっていて、今ではなんの感情も抱いてない。
(だけど)
もしもあの夜にライノアがいてくれなかったら――ロゼッタは今、こんな気持ちでウィルバートに向き合えていなかったかもしれない。ロゼッタはゆっくりとウィルバートを見上げた。
「男性の価値はお金で決まりますの。わたくしはウィルバート様のお金に惹かれてあなたに近づいただけなのです」
「つまり、今の俺はロゼッタ嬢にとって価値がない、と?」
「有り体に言えばそういうことですわ」
ロゼッタの返事に、ウィルバートは傷ついた表情を浮かべる。
もしも――もしもあの夜、ウィルバートがアバルディアではなくロゼッタを優先してくれていたら、ロゼッタのこたえは全く違うものになっていただろう。けれど、時間を戻すことは誰にもできない。二人の道は完全に分かたれたのだ。
「だけど――」
「遅いじゃないか、ロゼッタ嬢」
と、誰かがロゼッタの肩を叩く。
「クローヴィス殿下」
ロゼッタが返事をすると、ウィルバートが驚いた表情で数歩後ずさった。
「今日はこれから俺とデートの約束だろう?」
クローヴィスがそう言ってウィルバートをちらりと見る。お金は持っていれども、王族と顔を合わせる機会など当然なかったウィルバートは恐縮した様子で、クローヴィスに向かって頭を下げた。
(クローヴィス殿下とデートの約束なんて、当然していないけれど)
クローヴィスなりにロゼッタを助けようとしているのだろう。ロゼッタは小さく笑ってから、クローヴィスの腕を取った。
「申し訳ございません、殿下。知り合いに声をかけられたものですから」
「知り合い……ね」
クローヴィスの視線を感じたウィルバートはゴクリと息を呑む。
「ねえ、今後は俺のロゼッタ嬢に声をかけるのは控えてもらえるかな?」
「え? と、それは……」
ウィルバートはちらりと顔を上げ、縋るような瞳でロゼッタのことを見つめてきた。
(あんなに好きだったはずなのに)
今となってはとても情けなく、哀れにすら思えてくる。
「さようなら、ウィルバート様」
もう二度と、彼に会うことはないだろう。
ロゼッタは最後に満面の笑みを浮かべると、クローヴィスと一緒に城の方角へ歩き始める。
「――これでよかった?」
と、クローヴィスが尋ねてきた。ロゼッタは少しだけ目を見開いてから、大きくうなずく。
「ええ、清々しましたわ。ありがとうございます、クローヴィス殿下」
とびきりの笑顔を浮かべるロゼッタに、クローヴィスが目を細める。
「うん。俺はずっと、君のそういう表情が見たかったんだ」
「え?」
トクン、とロゼッタの心臓が小さく跳ねる。それから、とても幸せそうな顔で笑うクローヴィスを見上げつつ、そっと胸に手を当てるのだった。
(わたくしが資産家の妻になる選択肢を自ら捨てることになるなんて……)
ほんの少し前のロゼッタなら、考えられないことだった。トゥバルトは金銭的な魅力もさることながら、身分も権力もすべてを持っていて、一番理想的な結婚相手だったはずだ。けれど、ロゼッタは彼を選ばなかった。――いや、選べなかったのだ。
(だけど、これでいい)
きっと何度同じ状況に陥っても、ロゼッタは今日と同じ選択をしただろう。だから、寂しさは感じるけれど後悔はない。なんだか晴れやかな気持ちだった。
「ロゼッタ嬢」
と、城門の前で誰かに声をかけられる。返事をしながら振り返ると、そこには思わぬ人物がいた。
「ウィルバート様……」
どうしてここに?という質問は愚問だろう。ロゼッタはウィルバートからの手紙に返事をしてこなかったし、彼がロゼッタに会いにここへ来たのは明白だった。
「先日はすまなかった」
ウィルバートはそう言って大きく頭を下げる。「いえ」と返事をしたものの、ロゼッタは胸がモヤモヤした。
「別に、謝っていただくようなことじゃございませんわ」
「だけど俺は、パートナーである君を守られなかったし……追いかけることもできなくて」
(まあ、そういう自覚はあったのですね)
本当は声に出して嫌味を言いたい。けれど、そうすることすら面倒くさくて、ロゼッタはほんのりと視線を逸らした。
「怒っているだろう?」
「いいえ」
そんな次元は疾うの昔に通り過ぎた。ロゼッタはふわりと微笑みを浮かべる。
「むしろ感謝をしております。ウィルバート様には色々と大事なことに気づかせていただきましたから」
それじゃあ、と踵を返そうとするが、ウィルバートがロゼッタの腕を引く。それから、ロゼッタのことを抱きしめてきた。
「な、にを……」
「好きなんだ、ロゼッタ嬢のことが」
その瞬間、ロゼッタは思わず噴き出しそうになってしまった。けれど、すんでのところで耐えロゼッタはウィルバートの腕を強く押す。
「ウィルバート様が? まさか」
「本当だよ。あの日は……動揺してあんな対応をしてしまったけど、今後は――」
「わたくしと関わると、アバルディアのひんしゅくを買いますわよ。取引が打ち切られて、事業に大きな影響がでるかもしれません――いいえ、あの女ならほぼ間違いなくそうするでしょう。アバルディアはわたくしのことが大嫌いですもの。それでもウィルバート様は耐えられますの?」
ロゼッタがじっとウィルバートを見つめる。ウィルバートは「それは……」と言いながら視線を逸らした。
「いいですか、ウィルバート様。恋愛などという一時の情に流されて、大事なものを見誤ってはいけません。あなたにとって大事なものはお金なのです」
「いや、俺はそんなつもりは」
「謙遜をなさらないで。あなたがわたくしに教えてくださったことですわ」
ロゼッタがそう言い放つと、ウィルバートは悔しげに眉間にシワを寄せる。ロゼッタはふっと目元を和らげた。
「それに、ウィルバート様と一緒にいても、わたくしにメリットがございませんもの。もしもアバルディアから手を回されてウィルバート様が事業に失敗したとしたら、お金がなくなってしまうでしょう? わたくし、お金のないあなたには興味がないのですわ」
「なっ……」
ウィルバートはショックを受けたらしく、あんぐりと口を開けながらロゼッタを凝視している。
「だけど、ロゼッタ嬢は俺のことを好いてくれていただろう?」
「なにをおっしゃいますやら。わたくしが好きなのは――愛しているのはお金だけですわ」
――嘘だ。
本当はロゼッタはウィルバートのことが好きだった。
けれどそれは、完全に過去の出来事になっていて、今ではなんの感情も抱いてない。
(だけど)
もしもあの夜にライノアがいてくれなかったら――ロゼッタは今、こんな気持ちでウィルバートに向き合えていなかったかもしれない。ロゼッタはゆっくりとウィルバートを見上げた。
「男性の価値はお金で決まりますの。わたくしはウィルバート様のお金に惹かれてあなたに近づいただけなのです」
「つまり、今の俺はロゼッタ嬢にとって価値がない、と?」
「有り体に言えばそういうことですわ」
ロゼッタの返事に、ウィルバートは傷ついた表情を浮かべる。
もしも――もしもあの夜、ウィルバートがアバルディアではなくロゼッタを優先してくれていたら、ロゼッタのこたえは全く違うものになっていただろう。けれど、時間を戻すことは誰にもできない。二人の道は完全に分かたれたのだ。
「だけど――」
「遅いじゃないか、ロゼッタ嬢」
と、誰かがロゼッタの肩を叩く。
「クローヴィス殿下」
ロゼッタが返事をすると、ウィルバートが驚いた表情で数歩後ずさった。
「今日はこれから俺とデートの約束だろう?」
クローヴィスがそう言ってウィルバートをちらりと見る。お金は持っていれども、王族と顔を合わせる機会など当然なかったウィルバートは恐縮した様子で、クローヴィスに向かって頭を下げた。
(クローヴィス殿下とデートの約束なんて、当然していないけれど)
クローヴィスなりにロゼッタを助けようとしているのだろう。ロゼッタは小さく笑ってから、クローヴィスの腕を取った。
「申し訳ございません、殿下。知り合いに声をかけられたものですから」
「知り合い……ね」
クローヴィスの視線を感じたウィルバートはゴクリと息を呑む。
「ねえ、今後は俺のロゼッタ嬢に声をかけるのは控えてもらえるかな?」
「え? と、それは……」
ウィルバートはちらりと顔を上げ、縋るような瞳でロゼッタのことを見つめてきた。
(あんなに好きだったはずなのに)
今となってはとても情けなく、哀れにすら思えてくる。
「さようなら、ウィルバート様」
もう二度と、彼に会うことはないだろう。
ロゼッタは最後に満面の笑みを浮かべると、クローヴィスと一緒に城の方角へ歩き始める。
「――これでよかった?」
と、クローヴィスが尋ねてきた。ロゼッタは少しだけ目を見開いてから、大きくうなずく。
「ええ、清々しましたわ。ありがとうございます、クローヴィス殿下」
とびきりの笑顔を浮かべるロゼッタに、クローヴィスが目を細める。
「うん。俺はずっと、君のそういう表情が見たかったんだ」
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トクン、とロゼッタの心臓が小さく跳ねる。それから、とても幸せそうな顔で笑うクローヴィスを見上げつつ、そっと胸に手を当てるのだった。
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