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【終章】本当に大事なもの
46.ロゼッタの夜明け
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「ライノア様……」
ライノアがアバルディアの腕を掴んでいる。アバルディアは「誰よ、あなた!」と喚きながら、ライノアを睨みつけた。
「ロゼッタ嬢に暴力を振るうのはやめてください」
「なっ、あなたに関係ないでしょう? ……もしかして、この子が誑かしていた資産家の一人かしら?」
その途端、アバルディアは水を得た魚のごとく瞳を輝かせ、ライノアに向かって詰め寄った。
「だとしたら、あなたは真実を知るべきだわ! ロゼッタはね、金持ちの男性と見れば擦り寄り、玉の輿に乗ることだけを考えて生きてきた下品な女なのよ! 男の価値を金にしか見いだせない哀れで醜い女。そんな女の肩なんて、持つべきじゃないわ! これは必要な躾なの。私の話を聞いたら、あなただってロゼッタに制裁を加えたいと思ったでしょう?」
「いいえ、まったく」
ライノアはアバルディアを冷たく見下ろすと、ロゼッタを自身の背中に隠す。ロゼッタは目頭が熱くなった。
「僕はロゼッタ嬢がどういう女性なのかを知っています。お金が大好きなことも、そのためにたくさんの努力をしてきたことも。ロゼッタ嬢は貪欲で、自分の気持ちに正直な女性です。僕はロゼッタ嬢にたくさんの大事なことを教わってきました。……教えてください。確固たる価値観を持つこと、幸せになりたいと思うことの何が悪いんですか?」
「そ、れは……」
ライノアの返事があまりに予想外だったのだろう。アバルディアは返す言葉が見つからないらしく、ウロウロと視線を彷徨わせている。
「そもそも、ロゼッタ嬢がお金にこだわるようになったのはあなたが原因でしょう? それなのに、自分という原因にはまったく目を向けず、ロゼッタ嬢を責めるだなんて、普通の感覚の人間ならできませんよ」
「なっ……! 失礼ね! あなた、どこの家の人間なの!? 私を誰だと思って……!」
「キーガン家の人間ですが、なにか?」
「キーガン家?」
アバルディアがウッと言葉を飲み込む。成り金実業家のウィルバートとは違い、キーガン家は由緒正しき貴族であり、庶民上がりのアバルディアがどうこうできる相手ではない。
ライノア自身は分家の人間で、これまで彼は家名を利用したことなど一度もなかった。けれど、ロゼッタのために使えるものはすべて使う――ライノアにはもう迷いはなかった。
「そうです。あなたがどれだけの資産を持っていようと、経済界に影響力を持っていようと、我が家はそれぐらいで揺らがないとおわかりいただけますか?」
「そ、れは……けれど――」
「まだ続けますか? だとしたら、黙っていないのは僕だけじゃありませんよ?」
「え?」
ライノアの言葉にロゼッタが振り返る。するとそこには、クローヴィスとトゥバルトが立っていた。
「こんばんは、クロフォード伯爵夫人。俺達のことは当然知っているよね?」
そう言って、クローヴィスが微笑む。満面の笑みを浮かべているが、瞳がまったく笑っていない。アバルディアは「あ……」とつぶやきながら、数歩後ずさった。
「それにしても、先程は俺の大事なロゼッタ嬢に、随分ひどいことを言っていらっしゃいましたね」
「え? あ、いえ、そんなことは……」
「あるから言っているのだよ? ねえ、トゥバルト」
クローヴィスが目配せをすると、トゥバルトは大きくうなずき、アバルディアを睨みつける。騎士団長であるトゥバルトの威圧感は凄まじく、ロゼッタまでアバルディアに対する闘志と敵意をビリビリ感じて身がすくんだ。
「わ、私は――殿下たちがこの女に騙されていると。殿下のことを思って――」
「ライノアも言っていたけれど、俺達はロゼッタ嬢がお金が大好きなことを知っているんだ。知っていて、それでも彼女が好きなんだ。それを他人にとやかく言われるいわれはない。不愉快だ。第一、陛下もいるこのような席で、騒動を起こした責任はどうとってくれる?」
クローヴィスがそう言った瞬間、アバルディアがヒッと息を呑む。クローヴィスやトゥバルトが加わったことで、周囲の視線は間違いなくロゼッタたちへと集まっていた。
「わかったら、金輪際ロゼッタ嬢に関わるのはやめるように――いいね」
「はっ、はい」
アバルディアは義妹を連れて、急いでその場から駆けていく。そのとき、ロゼッタはそれまで空気のように押し黙っていた父親と目があった。
「ロゼッタ……」
「謝罪の言葉なら聞きたくありませんわ。言って、あなたが楽になりたいだけでしょう?」
ロゼッタはそう言って、ニコリと微笑む。父親は「そうだな」とつぶやくと、すごすごとアバルディアのもとへと戻っていった。
「――勝手に話に割って入ってすみません」
と、ライノアが口にする。ロゼッタはきょとんと目を丸くすると、クスクスと笑い声をあげた。
「謝る必要なんてないでしょう? 助けてくれてありがとうございます。おかげで心がスカッとしましたわ」
ロゼッタはそう言って満面の笑みを浮かべる。ライノアはバツの悪そうな顔をした。
「けれど、ロゼッタ嬢は今回、ひとりでもあの女に立ち向かえていましたし」
「わたくしはタフだけど、一人でなんでもこなせるほど強くないとおっしゃったのはあなたでしょう? 確かに、今夜のわたくしはアバルディアから逃げませんでした。だけどそれは、あなたのあの言葉があったからこそなのですわ。それに、きっと来てくださると思っていましたし」
ロゼッタはライノアとクローヴィス、トゥバルトに向き直ると、深々と頭を下げる。
「皆様のおかげで、わたくしはひとりではないと思えました。本当に、ありがとうございます」
三人は顔を見合わせつつ、目を細めてロゼッタを見つめた。
とても長かったロゼッタの夜が明ける。
ロゼッタはグッと拳を握り、前を向くのだった。
ライノアがアバルディアの腕を掴んでいる。アバルディアは「誰よ、あなた!」と喚きながら、ライノアを睨みつけた。
「ロゼッタ嬢に暴力を振るうのはやめてください」
「なっ、あなたに関係ないでしょう? ……もしかして、この子が誑かしていた資産家の一人かしら?」
その途端、アバルディアは水を得た魚のごとく瞳を輝かせ、ライノアに向かって詰め寄った。
「だとしたら、あなたは真実を知るべきだわ! ロゼッタはね、金持ちの男性と見れば擦り寄り、玉の輿に乗ることだけを考えて生きてきた下品な女なのよ! 男の価値を金にしか見いだせない哀れで醜い女。そんな女の肩なんて、持つべきじゃないわ! これは必要な躾なの。私の話を聞いたら、あなただってロゼッタに制裁を加えたいと思ったでしょう?」
「いいえ、まったく」
ライノアはアバルディアを冷たく見下ろすと、ロゼッタを自身の背中に隠す。ロゼッタは目頭が熱くなった。
「僕はロゼッタ嬢がどういう女性なのかを知っています。お金が大好きなことも、そのためにたくさんの努力をしてきたことも。ロゼッタ嬢は貪欲で、自分の気持ちに正直な女性です。僕はロゼッタ嬢にたくさんの大事なことを教わってきました。……教えてください。確固たる価値観を持つこと、幸せになりたいと思うことの何が悪いんですか?」
「そ、れは……」
ライノアの返事があまりに予想外だったのだろう。アバルディアは返す言葉が見つからないらしく、ウロウロと視線を彷徨わせている。
「そもそも、ロゼッタ嬢がお金にこだわるようになったのはあなたが原因でしょう? それなのに、自分という原因にはまったく目を向けず、ロゼッタ嬢を責めるだなんて、普通の感覚の人間ならできませんよ」
「なっ……! 失礼ね! あなた、どこの家の人間なの!? 私を誰だと思って……!」
「キーガン家の人間ですが、なにか?」
「キーガン家?」
アバルディアがウッと言葉を飲み込む。成り金実業家のウィルバートとは違い、キーガン家は由緒正しき貴族であり、庶民上がりのアバルディアがどうこうできる相手ではない。
ライノア自身は分家の人間で、これまで彼は家名を利用したことなど一度もなかった。けれど、ロゼッタのために使えるものはすべて使う――ライノアにはもう迷いはなかった。
「そうです。あなたがどれだけの資産を持っていようと、経済界に影響力を持っていようと、我が家はそれぐらいで揺らがないとおわかりいただけますか?」
「そ、れは……けれど――」
「まだ続けますか? だとしたら、黙っていないのは僕だけじゃありませんよ?」
「え?」
ライノアの言葉にロゼッタが振り返る。するとそこには、クローヴィスとトゥバルトが立っていた。
「こんばんは、クロフォード伯爵夫人。俺達のことは当然知っているよね?」
そう言って、クローヴィスが微笑む。満面の笑みを浮かべているが、瞳がまったく笑っていない。アバルディアは「あ……」とつぶやきながら、数歩後ずさった。
「それにしても、先程は俺の大事なロゼッタ嬢に、随分ひどいことを言っていらっしゃいましたね」
「え? あ、いえ、そんなことは……」
「あるから言っているのだよ? ねえ、トゥバルト」
クローヴィスが目配せをすると、トゥバルトは大きくうなずき、アバルディアを睨みつける。騎士団長であるトゥバルトの威圧感は凄まじく、ロゼッタまでアバルディアに対する闘志と敵意をビリビリ感じて身がすくんだ。
「わ、私は――殿下たちがこの女に騙されていると。殿下のことを思って――」
「ライノアも言っていたけれど、俺達はロゼッタ嬢がお金が大好きなことを知っているんだ。知っていて、それでも彼女が好きなんだ。それを他人にとやかく言われるいわれはない。不愉快だ。第一、陛下もいるこのような席で、騒動を起こした責任はどうとってくれる?」
クローヴィスがそう言った瞬間、アバルディアがヒッと息を呑む。クローヴィスやトゥバルトが加わったことで、周囲の視線は間違いなくロゼッタたちへと集まっていた。
「わかったら、金輪際ロゼッタ嬢に関わるのはやめるように――いいね」
「はっ、はい」
アバルディアは義妹を連れて、急いでその場から駆けていく。そのとき、ロゼッタはそれまで空気のように押し黙っていた父親と目があった。
「ロゼッタ……」
「謝罪の言葉なら聞きたくありませんわ。言って、あなたが楽になりたいだけでしょう?」
ロゼッタはそう言って、ニコリと微笑む。父親は「そうだな」とつぶやくと、すごすごとアバルディアのもとへと戻っていった。
「――勝手に話に割って入ってすみません」
と、ライノアが口にする。ロゼッタはきょとんと目を丸くすると、クスクスと笑い声をあげた。
「謝る必要なんてないでしょう? 助けてくれてありがとうございます。おかげで心がスカッとしましたわ」
ロゼッタはそう言って満面の笑みを浮かべる。ライノアはバツの悪そうな顔をした。
「けれど、ロゼッタ嬢は今回、ひとりでもあの女に立ち向かえていましたし」
「わたくしはタフだけど、一人でなんでもこなせるほど強くないとおっしゃったのはあなたでしょう? 確かに、今夜のわたくしはアバルディアから逃げませんでした。だけどそれは、あなたのあの言葉があったからこそなのですわ。それに、きっと来てくださると思っていましたし」
ロゼッタはライノアとクローヴィス、トゥバルトに向き直ると、深々と頭を下げる。
「皆様のおかげで、わたくしはひとりではないと思えました。本当に、ありがとうございます」
三人は顔を見合わせつつ、目を細めてロゼッタを見つめた。
とても長かったロゼッタの夜が明ける。
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