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第二章

かりそめ妻になりまして。

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「……よし、できた」
 早朝、五時。私の一日はお弁当のおかず作りから始まる。
 今日のお弁当は、豚肉と茄子の味噌炒めにひじき煮にほんのり甘い卵焼きとニンジンのナムル、いんげんとしらすの胡麻和えだ。
 朝食は、家で焼いたカンパーニュにクリームチーズを乗せてレタスなどのサラダにスクランブルエッグに焼いたベーコンのプレート。そして、マーマレードのヨーグルト。テーブルに盛りつけたプレートとヨーグルト、フォークとスプーンを置いた。
「おはよ~……今日も美味しそうだ」
 日が登ってきた六時半ごろ、寝室から音がして扉が開くとあくびをしながらリビングに入ってきたのは伊織さんだ。
「あっ、伊織さん。おはようございます」
「おはよ、彩葉」
 かりそめ妻になり、三ヶ月が経った。最初は苗字で呼び合っていたが、かりそめでも夫婦なんだから名前で呼び合おうと決めた。
 初めは慣れなくて、呼ぶだけで照れていたが今は普通に呼べるようになった。
「食べましょう、冷めちゃいます」
「そうだね。じゃあいただきます」
 私たちは、お互い食事の時は黙って食べるタイプらしく黙々と静かに食べる。お互いの声が聞こえるのは「ごちそうさま」と言ったらだ。
「今日は老健の方だから少し遅くなるから先に食べていて」
「新しい人まだ入ってないんですか?」
「そうなんだよね、人も足らないけど戦力を失ったから」
「本当に申し訳ない」
 私が去った後、ケアセンター内にある老人保健施設はものすごい大変らしい。幸田さんに聞いた話では、リーダー業務は二人で回していてしかも夜勤も交代でやっていて入浴準備も人が足らないからギリギリだ。それに加えて、排泄介助や食事介助も死にそうなくらい大変で使用済みのエプロンは溢れかえっている……らしい。
「彩葉がそんなふうに思う必要はない。切り捨てたのはあっちなんだ」
「そうなんですけどね……私のいた時も介護さんは残業が大量にあったのにそれよりも大変なのは可哀想で」
「彩葉は優しいな。今日は俺が回診という名のお手伝いに行くから大丈夫だ」
 医師の伊織さんが現場を手伝うなんてあり得ないんだけど、でも非常事態だし仕方ないのかな……まあ、医療行為だけだって言っていたしいいのかな。
「無理はしないでね、倒れないように」
「うん、ありがとう」
 伊織さんは立ち上がると、スーツのジャケットを羽織りカバンを持った。私はお弁当箱と箸を袋に入れて渡す。
「じゃあ行ってらっしゃい」
「行ってくるよ」
 お弁当を受け取ると伊織さんは出かけていった。彼を見送ると、私はまず掃除に取り掛かる。これは家政婦業だ。
 洗濯機を回してからお風呂を洗うと洗面所の掃除をして、部屋の床掃除をする。部屋の窓も掃除をしていく。その後洗濯機が終了の音が聞こえたのでそれを干す。 
 初めは伊織さんの下着を干すのは少しだけ恥ずかしかったが、今は普通に洗える。慣れってすごい。
「ん~……夕食の食材でも買いに行こう」
 背伸びをして、エプロンを外すとカードキーとスマホに買う物リストを肩掛けショルダーバックに入れて部屋を出た。 
 エレベーターに乗り込み、地下一階に降りるとスーパーに入りカゴを持って中に入った。
「玉ねぎに合い挽き肉……それから、ナツメグっと」
 カゴに今日の夕食作りの材料をポンポン入れていくといつの間にか大量になってしまった。でも作り置きもついでに作るしいいよね。
「いらっしゃいませ、こんにちわ。あっ、葛木さんの奥さん! 今日もありがとうございます」
「こんにちわ!」
 この人はスーパーの店員の柏木さんだ。ほぼ毎日来ている私とよく話してくれる。話し相手がいない私には、この数分が楽しみだったりする。
「今日はハンバーグか何かですか?」
「はい、今日残業あるらしくて……お肉食べたいかなって」
「新婚さんは良いわね~ふふ、じゃあ後でお届けするわね」
 カードキーを渡して会計は終了。私は、柏木さんに挨拶をしてから部屋に戻った。部屋に戻るとすぐにやってきた食材の中の合い挽き肉を冷蔵庫に入れた。手を洗い、皮を剥いた玉ねぎ二個とピーラーで皮を剥いたにんじんをみじん切りにする。トントントンとリズム良く聞こえる音がとても心地よい。
 みじん切りが終わった玉ねぎを熱したフライパンで飴色になるまで炒め、人参は電子レンジで火を通し皿に乗せて冷ます。その間にボウルに合い挽き肉を入れて粘りが出るまで捏ねる。冷めた人参と玉ねぎを入れ再び捏ねると、そこに卵やパン粉ナツメグを入れさらに良く混ぜる。
「ふう~……」
 捏ね終えてそのままラップをして冷蔵庫に入れた。
 今から三十分くらい寝かせている間に、今日のデザートの材料を取り出した。卵一個と牛乳、砂糖にバニラエッセンスを小さなボウルに材料を混ぜ合わせる。それをココットに注ぎ入れてオーブントースターで十五分加熱をし、ほんのり焼き色がついたら取り出して冷ましてから冷蔵庫に入れた。
 美味しそう……食べたいけど、これは伊織さんが帰ってきてから一緒にたべる物だから我慢我慢。
 すると、セットしていたタイマーが鳴ったのでハンバーグの種を取り出すとキャッチボールをするように空気を抜きながら八個に形成するとフライパンに並べて焼いていく。強火で二分、焼き色がついたら裏返しにして蓋をする。その間に今日は煮込みハンバーグのためのソースの材料を鍋に入れる。
「白ワインとケチャップ、ソースに砂糖を入れて~弱火で三分加熱っと」
 タイマー機能を使い三分をセットして焦げないように見ながら、ハンバーグを見ると焼き色が付いていたのを見てソースの鍋に入れた。
 ハンバーグを十五分、蓋をして火加減に気をつけて煮込む。その間に冷凍するためのジッパーを用意して保存分の煮込んだハンバーグを冷ましその中に入れて冷凍庫に入れた。
「もう、こんな時間……早いな」
 時計を見るともう十三時。作り置き分も作ったし仕方ないか……
 私はエプロンを外して伊織さんとお揃いのお弁当箱を取り出して蓋を開けた。お弁当箱に詰める理由は、伊織さんが一緒に食べてる感が欲しいと言われたからだ。
「いただきます」
 一人、手を合わせると食べた。でもやっぱり一人は寂しい。
 ホテル生活の時はいつも一人だったのに誰かと一緒に食べることを知ってしまったから寂しさに包まれる。
「少しお昼寝でもしようかな」
 お昼寝から覚めると、もう夜で伊織さんが帰ってくるのを待つことにした。
「ただいま……」
 伊織さんが帰ってくると一緒にご飯を食べ始めた。
 
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