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165 暇なものは暇である

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…‥‥服屋入店、3時間経過。

「んー、これも良いけど、やっぱりこっちの柄も良いニャ」
「これはちょっと背中の方が合いている分、翼を出しやすそうでござるなぁ」
「グゲェグ」
「おお、これは中々肌触りが良いのじゃ」
「んー、やはり鎧みたいなのが良いな‥‥‥ひらひらすると、ちょっと落ち着かん」


「‥‥‥長いなぁ」

 それぞれが衣服に夢中になっている中、ディーは思いっきり溜息を吐きつつ、店内に設置されていたベンチに腰を掛けて、その場で待っていた。

 うん、ちょっと失敗したというべきか、召喚獣たちも女の子であったというべきか…‥‥衣服選びに相当な時間を掛けている。

 最初のうちはファッションショーとかで全員の衣服を変えていくのは良かったのだが、時間を掛け過ぎているような気がしなくもない。女性客なら当たり前かもしれないけどな…‥‥ベンチがあるのはこういう理由なのだろうか。

 まぁ、皆が楽しめているのであれば良いのだが…‥‥思いのほか、衣服が似合いすぎるがゆえに、どれがいいのか分からなくなったという問題が起きたのだ。

 というか、普段そこまで着飾らない分、こういう場所で衣服を選ぶと美しさなどは良いのだが、時間を掛け過ぎてしまうようである。

「ご主人様、退屈でしょうカ?」
「うーん、しているといえばしているけど‥‥‥他の皆が選んだのを待った方が良いからな」

 ノインが服ではなく布地を購入して会計を済ませ、袋に入れて地面に置きそう問いかけてきたので、俺は返答する。

 切りの良いところで引き上げたいが、中々見極めが難しいところ。

 できれば全員大事だし、満足いくまでやってあげたいという思いもあるが、さっさと買った分待つ時間も長い。

「んー‥‥‥召喚獣である身ですので、ご主人様が退屈ならすぐさま全員終わらせたいのですガ」
「いや、無理にやらなくていいよ。召喚士であっても、召喚獣を束縛しすぎるわけにもいかないしね」

 それに、こういう機会もそうないし、普段何かと騒動に巻き込まれ、働いてくれていた分好きにさせてあげたい。

 それに召喚獣じゃなくてきちんとした獣人のルナティアもいるから、急にやめさせるのもちょっと無理がある気がしたのだ。

「そう言うものですカ」
「そう言うものだ」

 ノインも腰を掛け、俺の隣に座り込む。

 彼女は布地だけを購入していたが‥‥‥あとで店内で見た衣服を再現して繕う気らしい。

 普通に既製品を買えばいいような気もするのだが、ノインいわくちょっとサイズ合わせなどで調整をするのであれば、既製品を直すよりも最初から想定してやったほうが楽なのだとか。

「まぁ、穴をあけたり、開閉するようになど、色々必要ですからネ。変型時に巻き込みかねない部分もありますし、その調整が大変なんデス」
「言われてみれば、ノインのそのメイド服も変形しているような…‥‥」

 袖まできちんと着ている時もあるのに、腕を変形させることが多いけれども衣服が巻き込まれまくっているのは見たことがない。

 後は足のジェットとかもスカートの中だし、変型機構に対応したメイド服ってのも、考えて見れば色々と凄いような‥‥‥違うな、色々と変な様なといった方が正しいか。

「そう考えると、その衣服ってどうなっているんだろうか…‥‥他に何か仕込んでいるのか?」
「そうですね、防水、防火、防爆なども施しているほかに、最近実験中の防斬、遮光などをやってますネ」

 色々厳重すぎないだろうか、そのメイド服‥‥‥というか、それはもはや服なのか?

「あとはロケットパンチ時の分離システムに、背面ブースター用の耐熱、ガーターベルトに仕込みナイフとお手軽手持ち爆弾、谷間にちょっと道具を仕込み‥‥‥‥」
「いやいやちょっと待て、お前本当に何を仕込んでいるの」

 まずメイドなのか、という部分が怪しかった。なんだその重装備というか、メイド服も関係なくなっているというか…‥‥

「ん?背面ブースターってのは聞いた覚えがないんだが?」

 胸元から道具を出したり、ロケットパンチをするのは見たことがあるからまだいいとして、背面ブースターとは何だ?

「緊急加速用、外付け装備デス。ご主人様専用装備の開発ついでに、作って見た物デス」

 そう言いながら、彼女は俺の腕時計に触れた。

「その1の文字盤にあるホバーブーツ(改)にある装備デス。緊急時用の急加速として、空気ではなく固形燃料の短時間燃焼装備システムを採用しているのデス」
「そう加速することはないと思うのだが」



…‥‥この腕時計、ノイン御手製の装備入れだからなぁ。

 対応した文字盤に各種装備があるのは理解しているのだが、前に聞いたことがないものも混じっている気がする。

 というか、あのホバーブーツにそんなものが仕込まれていたとは知らなかったんだが。空を飛ぶのには便利だけど、急加速する意味が特にない気がするんだが。

 できれば使用する機会もそうそうなければいいなと思いつつも、そんなトンデモ装備を持っているのもどうかと自分で思ってしまうが…‥気にしたら負けと言うやつであろう。

「ディー!!これとかどうかニャ!」
「主殿!こういうのも着てみたでござるよー!」

 っと、考えこんでいる間に、衣服を変えたルナティアたちの声に引き戻され、買い物している現状を思い出す。

「へぇ、明るい色合いのシャツに、背中の空いたタンクトップとか色々と似合っているなぁ」

 何にしても、適当に返事しないようにだけは気を遣いつつ、暇を彼女達を見てなんとか乗り切ろうと思うのであった‥‥‥‥

「そう言えばご主人様、細かいコメントはしっかりされますネ」
「ああ、適当に返事したら不味いって前にバルンから聞いてな。あいつ、彼女ができて服屋に行って、やらかしたという話をしていたからな…‥‥それが原因でこっぴどくフラれてしまったらしいけれど」
「‥‥‥それはまぁ、何と言うべきか、ご愁傷様と声を掛ければいいのでしょうカ?」

 友人のフラれ話から、きちんとそう言う点は聞いているんだよなぁ。いや、付き合っている彼女という訳でもないけれども、きちんと気を遣わないといけないことぐらいは心掛けないとね。






 


…‥‥ディーが手抜きなコメントをせずに皆の買い物に付き合っている丁度その頃。

 都市内の各工事現場では、王子たちが休みの日ながらも見回りを行っていた。

「うーん、今のところ何処の地下も仮面組織フェイスマスクの侵入形跡はなし、か‥‥‥」
「より深い所へ潜った可能性もあるが、現状はまだ大丈夫そうか」

 グラディ第2王子ゼノバース第1王子はそう話しつつ、現場を見回っていく。

 将来の国王の座を争う者同士ではあるが、その国王となった時に守るべき民への街になりそうな組織を潰すという意見は一致しており、こういう時は協力し合う。

 それでも互に虎視眈々と王位継承権争いは仕掛け合っており、血みどろにならないのはある意味奇跡のようなものである。

「この様子だと、他国の方に流れた可能性もあるかもね」
「森林国及び神聖国の方は現状は何の動きもなしだったか‥‥‥帝国の方も、確か既に捕まえた情報とかもあったか」
「まぁ、利権がらみで欲望を出す輩がいたりする分、そこから見つけやすかったりするしねぇ」

 いつの世も、どこの世界も、怪しい組織は権力に接近したりする。

 そのおかげで癒着しようとしている馬鹿がいた場合、そこから見つけることができたり、腐敗の種になる前に排除できたりするので、それはそれで便利ではあるが…‥‥フェイスマスクだと怪物を作り出しているので、シャレにならない。

 なんとかとらえようにもトカゲのしっぽ切りのごとく逃げられることが多く、もどかしい現状が続いていた。


「あとはガランドゥ王国のほうだと‥‥‥こっちは発見もないし、現状は問題なしのように見えるけど‥‥‥」
「あの国は芸術を重視するからなぁ‥‥‥そこに潜り込まれている可能性も考えられるよな」

 各国でのチェックや報告内容を聞きつつ、彼らはそう口にする。


 ガランドゥ王国はこのヴィステルダム王国の友好国でもあり、他の国々に比べ領土がやや大きい。

 そして色彩豊かでもあり、多くの芸術家を輩出しやすく、適正学園でも芸術家関連の者が多くいるようで、各国に芸術家たちが出向いて人々を楽しませているのだ。

「芸術は爆発にあると見て爆破しまくった問題児や、形はいずれなくなるから全て壊してしまえと言う芸術家とか、それなりに問題が多い国でもあるからな‥‥‥下手すれば怪物が芸術だとか言って、潜り込んでいる可能性も否定できない」
「と言っても、諜報機関を潜り込ませても、見つけにくいからねぇ‥‥‥ああ、ディー君がさっさと卒業して、この国の諜報となって潜り込めば、速攻で見つけられそうな気もするのにね」
「時間もかかるからなぁ‥‥‥かと言って、一国が一人に対して力を入れすぎるのも不味いしな」

 森林国での騒動時には出向いてもらったことがあるが、あれは例外に近いところがある。

 第一発見者ともいえるし、怪物にすぐに対応できたのがディーたちぐらいしかおらず、普通はそうそう派遣しにくかったりするのだ。

 国の情勢を見るためにという名目で諜報を向ける事もあるが…‥‥それでもまだ彼は学生であり、学園の方を優先してもらうべきだろう。


「あっちから仕掛けてくれればその分やりやすいが…‥‥最近息をひそめているところを見ると、そこを分かっているのだろう」
「案外、僕らが見つけられないような場所から一気に攻めようと画策してたりして」
「そうかもな」

 グラディのつぶやきに肯定するゼノバース。

 相手がどの様な手を取ってくるのかはわからないが、あらゆる手段を講じてくる可能性があるだろう。

「最悪なのは、彼の召喚獣たちが暴走させられるような事を引き起こされるぐらいだろうが‥‥‥相手も馬鹿ではないから、流石にそう言う事もするまい」
「そもそも、彼の召喚獣を暴走させる手段ってあるのかな?」
「色々あるだろ。夏の時のゲイザーを覚えているか?」
「‥‥‥あ」

 ゼノバースの言葉に、グラディは思い出す。

 夏の海での合宿時に襲撃してきた巨大なゲイザー。

 あれにディーが食べられた瞬間に、召喚獣たちが一気に激怒して襲っていたあの光景は、全校生徒のトラウマものレベルの恐怖があったが…‥‥あのような真似をしてくる可能性が無きにしも非ずなのだ。

「‥‥‥できれば自衛してもらって、そうならないようにして欲しいけれどね」
「やれるかどうかという話にもなるだろうが‥‥‥嫌な予感がしなくもないからな」

 はははははっと軽く笑いつつ、シャレにならない事態を想定するとどこか悪寒が走る二人。



‥‥‥そしてその予感は、的中していた。

 それを知るのは騒動が起きた時なのだが、今はまだ彼らは知らないのであった‥‥‥‥


「あ、ディー君発見!‥‥‥なんか服屋の店内で、疲れた顔になってないかな?」
「ああ、あれは衣服を買いに来て、暇になった感じだな‥‥‥婚約者に付き合って、同じ目に遭ったからこそわかる顔だ」
「なるほど…‥あれ?召喚獣以外にも、獣人の…‥ああ、ルナティアさんだったか」
「森林国からの留学生…‥‥あれもあれで要注意かもしれんな。あの国も彼の重要性を見ぬいていたからなぁ…‥」

‥‥‥道中でディーを見つけたが、自分達も巻き添えにはなりたくないので、そっと静かに二人は去るのであった。


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