ヘンリー

鳥井ネオン

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『いらっしゃいませいらっしゃいませ! 本日もお忙しいなか当店にお越しいただき誠にありがとうございます! 本日は十二月の十五日。もうすぐクリスマスでございますね! いかがでしょう、お客様。昨今はどこも物騒でして、連日テロやデモのニュースで持ちきりでございますよね。当店はお客様に安心してお買い物をしていただくために、出入り口に金属探知機を設置いたしました。ちょっとですね、お客様。買い物に来ただけなのにいやだわ、なんてお思いになられるかもしれませんがね、そこはどうか大目にみて、当店に協力していただけたらと思います。その分当店はですね、どこよりもお安く、たしかな品質の商品を提供いたしますからね!』

 異様なテンションで店内放送をしてるのは店長で、僕はラックにタマゴのパックを並べながらそれを聞く。聞きたくなくても強制的に耳に入ってくる。お客さんにも従業員にもめちゃくちゃ評判が悪いのに、本人はそれに気づいてない。

『いかがでしょうお客様。こんな物騒な時代は外出などせずに、安心安全なご自宅でクリスマスを楽しむというのは? 当店はおうちクリスマス特集といたしまして、ご家族で楽しめるホームメイドのクリスマス商材を多数ご用意いたしました! お子さまとご一緒に、ご夫婦で、おじいちゃまおばあちゃまもご一緒に、簡単な手作りケーキや手巻き寿司などはいかがでしょうか!』

 ヘンリー、あなたはいまどこにいるんだろう? 意識不明ってよく聞く言葉だけど、不明な意識ってどこにあるんだろう? 

 ねぇヘンリー、聞こえる? 僕がずっとあなたに話しかけてるのは知ってるよね? 最初にあなたの歌を聴いたときからずっと、僕たちは一緒にいるんだよ。僕は魂にあなたをダウンロードしたんだ。あなたは僕の中にいて、僕を好きにしていいんだよ。不明なあなたの意識はどこにでも行けて、だからそれはいまここにあるのかもしれないね。だったら教えて。なにか合図をちょうだい。どんなに小さなことでも絶対、僕はそれに気づくから。

『うちの子どもたちもですね、ケーキを作るのが大好きでして! 作ると申しましてもね、お客様。もう完成しているスポンジにクリームやフルーツなどをデコレーションするだけでして! とても簡単でそして楽しいのでございます! 昨年はワタクシも家族で作りまして。とてもね、大切な、かけがえのない思い出が出来まして!』

 ヘンリー、一緒に笑ってよ。僕はこの店内放送の男とファックしてるんだよ。元お坊ちゃまで、心から愛してる男と駆け落ちして、魂はずっとあなたといるのに。店長が僕に手を出したと思う? 違うんだ。誘ったのは僕。誘惑したのは僕なんだよ。あなたが爆笑してくれたら嬉しい。もしくは殺して。連れてってよヘンリー、あなたの場所まで。
 
「うるっさいよね」

 ベーカリー担当のマツイさんが通りがかりに言う。タマゴのパックを持ったままで僕は笑う。そして頷く。

「よく喋るわ。勘弁してほしい」
「お客さんから苦情もきてるのにね」
「家でもあんな喋るのかな、私だったらブチキレる」

 だよね。笑って同意しながら、僕は店長に同情する。店長はいい奴なんだよヘンリー。家族とこの店を愛してて、みんなが幸せでいられればいいって本気で思ってるんだ。お客様の笑顔と地域への貢献のために、なんて心の底から思ってるんだよ。ばかみたいだよね。ばかみたいに単純でいい奴だよね。

「娘、可愛いんだって」

 マツイさんは笑う。店長の小学生の娘のことだ。

「こないだ写真見せてたみたい。奥さんに似たのかな」

 持ち場に急ぐマツイさんを見送りながら、店長の奥さんについて考えた。奥さんにとっては僕は敵で、許せない存在なんだよなって。

 ヘンリー、それってすごく変な感じだよ。だって僕は店長のことなんかまったく好きじゃないし、店長だって僕のことなんか全然好きじゃないし、僕は脅威でもなんでもないしむしろ奥さんのこと好きだし尊敬してるんだから。会ったこともないけどさ。あんなに単純でいい奴と結婚して子どもを作れる女って、僕なんかよりずっとステキで上等な人間なんだよね。確実に。
 
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