ヘンリー

鳥井ネオン

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 目を閉じて想像する。覚醒したあなたの前に僕はいる。あなたはまだぼんやりとしていて、自分の状況がよく分からない。だけど僕の姿を見て頷く。あなたは僕を知っているから。

 どこにいたの?

 僕の問いかけにあなたは微笑む。あなたの胸には穴が開いている。抉り取られた空洞のなかは真っ暗で、宇宙の果てに繋がってる。

 撃たれたんだよ。
 知ってる。
 痛かった?
 さぁ。感覚なんてなかったと思う。

 あなたは自分の空洞を眺めて、少し困った顔をする。あなたはそれを埋めなければいけない。世界はまだあなたを手放さないから。

 大丈夫。

 僕はあなたの身体に触れる。陶器みたいに冷たい皮膚。空洞から熱が逃げてく。僕はあなたを助けなければいけない。

 おかえりなさい、ヘンリー。

 僕はあなたを縫合する。ラテックスをはめた手で、あなたの空洞をやさしく繕う。綻びた笑顔を修復して、あなたをもとの生贄に戻す。

 死ぬときは一緒だよ。

 あなたはまた消費される。あなたの姿は拡大されて、縮小されて、食い散らかされる。この危険でクソッタレな世界で。あなたは僕のために生きつづける。
 
 あなたの姿が載ったマガジン。あなたが歌い、喋る映像。あなたについての無数の文字。感嘆符と引用符。何度も何度も何度も何度もあなたは再生されつづける。壊れても壊れても壊れても壊れてもあなたはまたリビルドされる。

 かわいそうなヘンリー。美しいヘンリー。愛しい、愛しい、愛しいあなた。哀れな僕たち。救いようのない僕たち。バカで醜くてクソッタレな僕たち。

 あとどれくらい愛を捧げれば、みんなゼロに還れるんだろう。

                  〈了〉
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